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第45話 巨躯の武人

その時、ホブゴブリンの鼻がひくりと動いた。

三人の空気が、一瞬で凍る。


寝返り。

重い体がわずかに動き、床の石がごりっと鳴った。


しずくは咄嗟に息を止める。

ほのかの目も鋭くなる。

ミコトの杖を握る手にも力が入る。


ホブゴブリンは、まだ目を開けない。


けれど、鼻先がゆっくりとこちらへ向いた。

匂いを嗅いでいる。


「…バレる」


ほのかが、ほとんど声にならない声で言った。

しずくは小さく頷く。


逃げるか。

先に仕掛けるか。


その間にも、ホブゴブリンの太い指が、足元のハンマーの柄にかかった。


ほのかが機弩を持ち上げる。

ホブゴブリンの片目が、ぬるりと開くのと同時にほのかが動いた。


「先手必勝!」


ほのかの機弩が火を吹いた。

乾いた銃声。

同時に、しずくの杖先から三本の魔力矢が走る。


【マジックアロー3連】


ミコトも続く。


【光輪】


三方向からの先制。

普通のゴブリンなら、それだけで崩れてもおかしくない。

けれど、ホブゴブリンは違った。


起き上がる途中で、足元のハンマーを片手で掴む。

そのまま、それを盾みたいに頭上へ振り上げた。


ほのかの弾丸が、ハンマーの鉄塊に弾かれる。

続けて飛び込んだマジックアローが、肩、脇腹、太腿へ突き刺さる。

光輪も胸元を浅く裂いた。


当たっている。

確かに当たっている。


でも、受け方がうまい。

ホブゴブリンは、咄嗟に急所を外していた。


頭はハンマーで守る。

心臓はわずかに身を捻って逸らす。

喉元へ来る軌道は、肩を前に出して潰す。

多少の被弾は問題ないと分かっている動きだった。


ほのかが思わず声を漏らす。


「こいつ、受け方わかってる」


ホブゴブリンは低く唸った。

痛みはあるはずなのに、歩みが止まらない。

いや、むしろ。


一歩、また一歩。

こちらの攻撃を受けながら、最短で間合いを詰めてくる。


その目は、もう完全に三人を捉えていた。


「ギ、グゥ!」


人語じゃない。

でも、笑ったように見えた。


「来る!」


ほのかが叫ぶ。


しずくが銀のバックラーを上げ、前にでる。


今日はマジシャン型。

この距離ならもう、中衛ではいられない。


しずくが前に出るのを見て、ミコトが即座に次の詠唱に入る。


【ホーリーバインド】


聖なる紐が、ホブゴブリンの脚へ絡みつく。

一瞬だけ動き止まるが、即座に筋肉だけで引きちぎった。


ミコトの顔が青ざめる。


ミコトの妨害を意に介さず、ホブゴブリンが大槌を横薙ぎに振るう。


しずくは銀盾を構える。

真正面では受けない、流すよう角度をつける。


叩き付けられた大槌の衝撃が腕を貫いた。

重い、重すぎる。


完全には殺せない。

けれど軌道は逸れた。


勢い余ったハンマーが壁へめり込み、石片が飛ぶ。

その隙に、しずくは杖へ魔力を流し込んだ。


【マジックブロウ】


樫の杖の先が淡く光る。

踏み込んで、ホブゴブリンの脇腹へ叩き込む。


鈍い感触と共に、魔力が爆ぜる。

しかし、ホブゴブリンは顔をしかめただけで、逆の拳を振り上げる。


「しずくさん!」


ミコトの叫び。

そこへ、ほのかの双剣が飛んだ。


【ダンシングソード】


風を纏った銀の刃が、ホブゴブリンの手首へ食い込む。

拳の軌道がわずかにずれる。


しずくは身を捻って直撃を避けようとするが、間に合わない。

拳の一撃が、肩を掠めた。


骨まで響く。

普通のゴブリンの一撃とは、比べものにならない。


ほのかが叫ぶ。


「しずく!正面から殴り合うときつい!足を狙って!」


しずくは短く頷く。

ホブゴブリンは、もう完全に近接戦の間合いに入っている。


狭い寝ぐら、大きい体、重いハンマー。

単純な力比べなら負ける。


でも、こっちは三人だ。

崩せるかもしれない。


ホブゴブリンが、今度はハンマーを頭上へ振りかぶった。

床ごと叩き潰す気だ。



「下がって!」


ほのかの声と同時に、三人が散る。

間髪入れず、大槌が地面を叩き割った。


大槌が地面にめり込む。

寝ぐら全体が揺れるほどの衝撃。

土煙が舞い、土に混ざった石が飛ぶ。


「今なら!」


ミコトのホーリーバインドが、今度は大槌の柄ごと腕へ絡みつく。

完璧には止められない。

でも、抜く動きは重くなる。


ほのかのが指先を、ホブゴブリンの右膝へ向ける。


【マーキング】


しずくは息を吸い、杖を低く構えた。

マジックブロウを乗せた一撃で、マーキングの入った膝を狙う。


その時、ホブゴブリンが聖なる紐を引きちぎりなら、大槌から手を離した。


しずくは意味がわからなかった。

自分の最大火力を手放す?


ホブゴブリンは、そのまま地面へ片手を突いた。

指先が土と小石を掴む。


嫌な予感。

しずくが杖を構え、膝を狙って踏み込もうとした瞬間だった。


ホブゴブリンの親指が、小さく弾かれる。

ただ、それだけの動き。


空気を裂いて、小石が飛んだ。

速く小さい、点による打撃。

そのぶん、衝撃が一点に集中する。


避ける暇なんてなかった。


「がっ…!」


しずくの胴体に石がめり込むように当たる。

痛いというより、一瞬呼吸が止まった。

肺の空気が全部押し出され、視界が白く揺れる。


「しずくさん!」


ミコトの声。

けれど、しずくの耳には少し遠い。

その間に、ホブゴブリンはゆっくりと立ち上がった。


腰を落とし、肩の力を抜く。

右手を前、左手を引く。

明らかに構えだ。


野生の動きじゃない。

本能の殴り合いでもない。

何らかの武術。


『格闘!』

『なんで武術?』

『ホブゴブリンにそれあり?』

『武器捨てて強くなるタイプか?』


ほのかも、思わず声を漏らした。


「え?格闘…?」


ミコトも、目を見開く。


「武器を捨てたんじゃなくて…切り替えた?」


ホブゴブリンの目は冷たい。

怒りじゃない。

獣の興奮でもない。

戦い慣れた相手の目だった。


しずくの背筋に、ぞわっとしたものが走る。


「しずく、下がって!」


ほのかが叫ぶ。


しずくも下がろうとする。

けれど、胴に受けた一点の痛みが、体の芯を痺れさせていた。

その遅れが、致命傷になる。


ホブゴブリンが床を蹴った。

巨体のくせに、一歩が短く鋭い。

距離の詰め方がうまい。

そのまま右拳を溜めて、しずくの顔面へ向けて放つ。


「っ!」


しずくは、なんとか銀のバックラーを前に構えた。

だが、ホブゴブリンの拳はそこへ来ない。


視線を顔への右拳誘っておいて、低い位置から左の掌底が来た。


「しまっ…」


ジャケットの下、みぞおち近くに叩き込まれる。

鈍い衝撃。

骨までは通らない。

でも、内臓が揺れる。


しずくの身体が、少し浮いた。


「しずく!」


ほのかの機弩が火を吹く。

ホブゴブリンは身を捻り、二発のうち一発を肩で受ける。

もう一発は、振り上げた腕で雑に逸らした。


「マジかよ!」


ほのかの声に焦りが混じる。


ミコトもすぐにフォローに入る。


【ホーリーバインド】


聖なる紐がホブゴブリンの足首へ絡みつく。

今度は、完全には切れない。

一瞬だけ、足が止まる。


「しずくさん、今です!」


呼吸が戻らない。

けれど、しずくは歯を食いしばった。


止まるな。

止まったら、向こうの間合いになる。


しずくは杖を握り直す。

マジックブロウを乗せる。


けれど、ただ前から打ち込んでも読まれる。


祖父の型、合気の崩し。

全部を、無理やり思い出す。


ミコトが、同時にもう一つ魔法を重ねた。


【光輪】


聖なる輪が、ホブゴブリンの視界を横切る。

狙いはダメージじゃない、視線の誘導。

ホブゴブリンの注意が、一瞬だけそちらへ向く。


そこを逃さず、しずくは真正面じゃなく、半歩ずれて踏み込んだ。

銀のバックラーを、膝に軽く当てる。


押すでもない。

打つでもない。

ただ、相手の重心線に触れる。


祖父に何度も叩き込まれた、あの感覚。

ホブゴブリンの軸が、ほんの僅かに傾く。


「そこだ!」


しずくの杖が、魔力を纏って膝へ叩き込まれた。

マーキングの上、バインドで止まった脚。視線をずらした一瞬。

全部が噛み合う。


ホブゴブリンの膝が、初めて大きく沈んだ。


「ギッ!」


声が漏れる。

初めての明確な苦痛の音。


ほのかがそこを見逃さない。

同じ膝へ、続けて二発。

ミコトの光輪が戻ってきて、脇腹を裂く。


ホブゴブリンの巨体が、ついに片膝をついた。

しずくは荒い息のまま、前髪の奥で相手を睨む。


強い、熊よりも、ゴブリンよりも。

戦い方を知っている強さだ。

けれど、今の連携は通じた。


ほのかが鼓舞するように声を出す。


「武術使いでも、三人なら崩せる」


ミコトも、額に汗を滲ませながら頷く。


ホブゴブリンは片膝をついたまま、ゆっくり顔を上げた。

赤く濁った目が、三人を順番に見る。


そして、口の端を吊り上げた。

笑ったのだ。


「…え」


しずくの背中に冷たいものが流れた。


ホブゴブリンは地面に手をついたまま、もう片方の足で床を強く蹴った。

膝をついた姿勢からの、低い飛び込み。

狙いは最後方のミコトだ。

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