第43話 三人の初連携
重い足音が、湿った地面を揺らした。
ゴブリンじゃない。
荒い鼻息と低く唸る喉。
前方の暗がりから飛び出してきたのは、灰黒い巨体だった。
【ダンジョンボア】
普通の猪より、ひと回りどころかふた回りは大きい。
肩の位置が高く、牙も太い。
目が合った瞬間、もうこちらを獲物と認識していた。
三人を見るなり、すでに体当たりの構えに入っている。
前脚を踏ん張り、鼻先を低くする。
一直線に轢き潰すつもりだ。
「来る!」
ほのかが叫ぶ。
しずくは銀のバックラーを構えようとして…やめた。
これは正面から受ける相手じゃない。
「しずくさん、正面はだめです!」
ミコトの声が飛ぶ。
「…了解」
しずくは杖を握り直した。
今日はマジシャン型。
受けるんじゃない、ずらす。
ボアが地を蹴った。
一直線に来る。
速いけれど、軌道は素直だ。
「ミコト、足止め!」
「はい!」
ミコトの指先から、淡い聖光が走る。
【ホーリーバインド】
聖なる紐が、ボアの前脚に絡みつく。
完全には止まらない。
巨体と筋力で、すぐに引きちぎられる。
だが、ほんの少しだけ前脚の出が狂った。
ほのかが機弩を構えながら、左手をボアに向ける。
【マーキング】
赤い紋様が、ボアの肩口へ刻まれる。
それを確認してから、しずくは杖を前に突き出した。
【マジックアロー三連】
光の矢が、ボアの顔面へ飛ぶ。
一矢は鼻先、二矢目は額、最後は左目のすぐ横。
魔力の矢が弾けると同時に、ボアが顔を振る。
そのわずかなズレで、突進の軸がぶれた。
「双剣いくよ!」
ほのかが踊り子の双剣を投げる。
【ダンシングソード】
銀の刃が風を引いて飛び、ボアの前脚の切り裂くように流れる。
深手じゃない。
でも、マーキングで崩れやすくなった巨体には効果があった。
ボアの体勢が、さらに傾く。
「しずく、右へ!」
ほのかの声に反応して、しずくは横へ飛ぶ。
ボアの巨体が、三人の間をかすめるように突っ切り、洞窟の壁へ激突した。
岩肌が揺れ、土埃が舞う。
「まだ立つよ!」
ほのかが叫ぶ。
実際、ボアはすぐに体を起こそうとしていた。
タフだ、頭を振りながら向きを変えようとする。
その隙に、しずくは距離を詰めていた。
【マジックブロウ】
杖に魔力を流し込みながら、大きく振りかぶる。
樫の杖が、魔力を灯して淡く光る。
しずくは、立ち上がりかけたボアの頭へ全力で叩き込んだ
鈍い音が洞窟内に響く。
物理だけじゃない、魔力が内部まで響く。
ボアがたまらず、たたらを踏む。
そこへ、ミコトの声。
【光輪】
聖なる光の輪が、横から飛ぶ。
ボアの首筋を裂き、そのまま背後を回ってもう一度戻ってくる。
二撃目が、傷口をなぞるように通った。
「うわ、二回入った!」
ほのかが思わず声を上げる。
でも、まだ終わらない。
ボアが怒り、もう一度首を振り上げる。
牙がしずくを狙う。
「させないよ!」
ほのかの機弩が火を吹いた。
赤く刻まれた肩口に命中。
マーキング箇所に弾が入り、ボアの上体が大きく沈む。
「しずく!」
しずくは迷わず、至近距離から杖を向けた。
【マジックアロー四連】
今度は一発じゃない。
近距離から四本の光の矢が、光輪で開いたボアの傷口の奥へ吸い込まれる。
着弾と同時に、魔力の爆発が連鎖的に起こる。
ボアの巨体がぐらりと揺れた。
前脚が折れ、膝をつく。
それでも立とうとする。
「もう一回!」
ほのかが、双剣を再度投擲する。
そのまますぐに、機弩を構えた。
風の刃が、首筋を切る。
同時に機弩がもう一発、同じ場所を撃ち抜く。
そして、しずくが杖を振り下ろした。
【マジックブロウ】
最後の一撃が、ボアの頭部へ叩き込まれる。
杖を覆う魔力が、衝撃と共に深く沈んでいく。
巨体がゆっくりと止まり、ダンジョンボアは光になって崩れた。
湿った洞窟に、三人の呼吸だけが残る。
ほのかが先に息を吐く。
「よし!」
ミコトも、ほっとしたように杖を下ろした。
「倒せましたね」
しずくは、まだ少し早い鼓動を感じながら小さく頷く。
「三人だと強い」
それは、誰に聞かせるでもない本音だった。
視聴者も祭りのように騒ぐ。
『連携うまっ!』
『三人パーティ完成してる』
『ミコト加入で安定感えぐい』
『前衛魔法使いはいいな』
足元では、ボアの魔石と素材が光り始めていた。
三人になって最初の獲物。
その手応えは、思っていたよりずっと大きかった。
残ったのは大きめの魔石と、分厚い皮や牙の素材だった。
そして、小さな木箱が一つ。
さらにガランと鈍い音を立てて、もう一つ何かが転がる。
ほのかが目を細めた。
「また来た」
しずくも、少しだけ身構えながら近づく。
一つは木箱。
もう一つは棍棒だった。
ただの棍棒じゃない。
表面をびっしりと棘で覆われた、見るからに痛そうな武器。
太すぎず、長すぎず、片手でも両手でも扱えそうな絶妙なサイズ感。
野蛮なのに、妙に実戦的だった。
「やだ、痛そう」
ほのかが素直な感想を漏らす。
ミコトも、小さく頷く。
「…当たりたくないです」
しずくは二人を横目に、木箱を拾い上げた。
蓋を開けると、中には丁寧に包まれた肉の塊。
脂の入り方がきれいで、赤身との境目も美しい。
見ただけで、いい肉だと分かる。
システムウィンドウが開いた。
【レアドロップ 高級牡丹肉】
丁寧に下処理された新鮮なお肉。
鍋にするのがおすすめ。
「…牡丹肉」
しずくが呟く。
ほのかの目が一気に輝いた。
「鍋!」
「そこ?」
しずくが思わず返すと、ほのかが真顔で返した。
「大事でしょ、高級だよ?」
ミコトも、少しだけ目を丸くする。
「おいしそう…ですね」
視聴者もざわつく。
『牡丹肉きた』
『食材レアだ』
『鍋案件』
『高級ドロップ助かる』
しずくは、木箱の中の肉を見下ろしながら思う。
ローグライクも変だけど、通常レアドロップも時々方向性が変だ。
強い装備かと思ったら、高級食材。
でも、こういう暮らしに繋がる当たりも悪くない気がした。
次に、しずくは棘付き棍棒へ手を伸ばす。
持ち上げてみると、見た目のわりにそこまで重すぎない。
手にずしっと来るけれど、振れないほどじゃない。
むしろ、取り回しの良さを感じる。
システムウィンドウが開く。
【ローグライクドロップ 棘付き棍棒】
棘で覆われた棍棒。
単純だが強力な武器。
サイズもほどよく、取り回しもよい。
「…すごく、シンプル」
ほのかが笑った。
「今までのガンソードとか双剣のあとだと、逆に安心感あるね」
ミコトが、少しだけ考えるように棍棒を見る。
「でも、単純な武器ほど扱いやすいかもしれません」
「たしかに」
ほのかが頷く。
「変なギミックないし、事故らなさそう」
しずくは棍棒を軽く構えてみた。
棘があるぶん、ただ殴るだけでも痛そうだ。
しかも、サイズがいい。
狭い通路でも振り回しやすいかもしれない。
だが、しずくはすぐに棍棒を下ろした。
「…わたしは、盾と杖か剣のほうがいい」
「うん、それはそう」
ほのかが即答する。
ミコトも、少し安心したように頷いた。
「しずくさんが棘付き棍棒を振り回してたら、ちょっと怖いです」
「わかる」
ほのかが同意して、しずくは少しだけ口元を緩めた。
そのまま、三人でドロップをまとめる。
魔石、素材。
高級牡丹肉と棘付き棍棒。
三人パーティでの最初のレア。
派手ではない。
でも、ちゃんと成果だ。
ほのかが木箱を見ながら言う。
「これさ」
「うん?」
「帰ったら鍋にしたい」
しずくが目を瞬く。
ミコトも、少しだけきょとんとする。
ほのかは真面目な顔で続けた。
「だっておすすめって書いてあるし」
それはそう。
しずくは少し考えながら言葉を探す。
「お母さんなら、上手にできそう」
「おっ」
ほのかがにやっと笑う。
「じゃあ、そのうち打ち上げ鍋会あり?」
しずくは、木箱を抱えながら三人を見る。
ダンジョンの中なのに。
次の敵が来るかもしれないのに。
鍋の話をしている。
でも、その感じが妙にうれしかった。
怖いだけじゃない。
稼ぐだけでもない。
こういう小さな楽しみを、三人で分けられる。
それが、ちょっとだけあたたかかった。
ほのかが機弩を持ち直しながら、にっと笑う。
「ボアもいけたし、次行こっか」
ミコトも杖を握り直す。
しずくは棘付き棍棒を一度見てから、それを回収袋へしまった。
ローグライクは、今日も変なものを落としてくる。
でも、それを三人で見て、驚いて、笑って、使い道を考えるのは少し楽しかった。
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