第38話 お昼の約束
ミコトは、少しだけためらってから、それでも意を決したように口を開いた。
「あの…」
ほのかが、飲み物のカップを持ったまま顔を上げる。
「ん?」
ミコトはローブの裾を膝の上で整えながら言った。
「私、図書委員なので…お昼休み、よく図書準備室でお昼を食べているんです」
しずくは、思わず瞬きをした。
図書準備室。
静かそうで、人も少なそうで、なんだかすごく良さそうだ。
ミコトは続ける。
「よかったら、お二人も…明日、ご一緒しませんか?」
「基本、私以外ほとんど誰も来ませんから……ダンジョンの話もしやすいと思います」
しずくの頭の中で、その言葉がゆっくり意味を持ち始める。
明日一緒にランチをする。
家族以外と。
しかも学校で、昼休みに。
それって、かなりすごいことでは?
ほのかが最初に笑った。
「なにそれ、最高じゃん」
即答だった。
「図書準備室って静かそうだし、ダンジョンの話できるとか神では?」
ミコトが、少しだけほっとしたように頷く。
「…よかった」
ほのかがそのまま、しずくを見る。
「しずくは?」
しずくは完全に固まっていた。
お昼休み、一緒に食べる、学校で。
それってもう、ぼっちの真逆では?
心臓がうるさい。
でも、嫌じゃない。
怖いけど、嫌じゃない。
むしろ、少し嬉しい。
しずくは前髪の奥で二人を見て、やっと小さく言った。
「…い、行く」
ほのかが、にっと笑う。
「決まり!」
ミコトも、ぱっと表情を明るくした。
「じゃあ、明日」
そこまで言って、少しだけ困った顔になる。
「場所、分かりますか?」
ほのかが首を傾げる。
「図書室の隣?」
「いえ、もう少し奥です。資料室の手前にあります」
しずくは小さく頷いた。
「…たぶん、わかる」
正確には、なんとなく存在は知っているくらいだったけれど。
でも明日は、ちゃんと行ける気がした。
ほのかが笑う。
「じゃあ、明日のお昼は図書準備室集合ね」
ミコトも頷く。
「はい」
しずくも、小さく頷いた。
「…うん」
その返事をした瞬間、胸の奥がじんわり温かくなった。
放課後の待ち合わせ。
ダンジョンのパーティー。
そして今度は、お昼休みの約束。
昨日まで、そんな予定は一つもなかったのに。
ほのかが伸びをしながら立ち上がる。
「よし、今日はさすがに帰ろ」
ミコトも立つ。
しずくも少し遅れて立ち上がる。
三人で並ぶ。
しずくは、前髪の奥で少しだけ笑った。
明日のお昼が、楽しみだと思っている自分に、気づいてしまったから。
翌日の学校。
お昼休みになると、しずくとほのかは、少しだけ足早に図書室の奥へ向かった。
資料室の手前、普段はあまり人が通らない廊下。
そこにある小さな扉が、図書準備室だ。
ほのかが軽くノックする。
「どうぞ」
中から、ミコトの声。
しずくの胸が少しだけ鳴る。
昨日約束した場所だ。
扉を開けると、ふわっと本の匂いがした。
紙とインク。
少し古い棚の木の匂い。
窓際から差しこむ昼の光。
図書室より少し狭いけれど、そのぶん落ち着いた空間だ。
机が一つに椅子が三脚。
壁際には未整理の本が積まれている。
棚のラベルや貸出カードの束が、いかにも準備室らしい。
しずくは、部屋に入った瞬間に思った。
…ここ、好きかも。
教室みたいにざわざわしていない。
誰かの笑い声に、びくっとしなくていい。
空気そのものが静かだ。
ミコトが、いつもの小さな声で言う。
「どうぞ」
ほのかが先に入って、机の横の椅子へどさっと座る。
「うわ、いいとこじゃん、ここ」
「でしょう」
ミコトが、ちょっとだけ誇らしそうに言った。
しずくも椅子へ座る。
それだけで、少し肩の力が抜けた。
三人が机を囲む。
それぞれ、お弁当箱を取り出す。
ほのかは、包みを開きながら笑った。
「今日の私のは、完全に昨日の残り詰めただけ弁当」
卵焼き、照り焼きっぽい肉。
きんぴらとブロッコリー。
たしかに家庭的だけど、ちゃんとしている。
「えらい…」
しずくがぽつりと漏らすと、ほのかが肩をすくめた。
「いや、母さん忙しいからさ。作れる時は自分でやる」
その言い方が自然で、しずくは少しだけ胸がきゅっとなる。
しずくも、自分のお弁当箱を開けた。
お母さんのお弁当。
いつもの、家庭の味。
白いごはん、少し甘い卵焼き。
唐揚げとほうれん草のおひたし。
彩りようのミニトマト。
見慣れた並び、見慣れた味。
ほのかが覗き込んでくる。
「しずくのお弁当、おいしそう」
「…お母さん、の」
「いいなー」
その何気ないやり取りが、しずくにはまだ少し不思議だった。
ミコトも静かに弁当箱のふたを開ける。
その瞬間、しずくとほのかの動きが止まった。
「…え」
「うそ」
ラインナップ自体は、普通だ。
焼き魚、だし巻き卵。
煮物、小さな和え物。
ちょっとした果物。
でも、配置が完璧だった。
色の置き方や隙間の埋め方。
緑、黄色、赤、茶色のバランス。
なんというか、高級店のお弁当みたいだった。
きっちりしているのに、詰め込みすぎていない。
隙間の見せ方まで計算されている感じがする。
ほのかが思わず言う。
「え、なにそれ」
ミコトが少し首を傾げる。
「…お弁当、です」
「いや見ればわかる!」
「そうじゃなくて、完成度が高すぎる!」
しずくも、小さく頷いた。
「…すごい」
ミコトが、少しだけ困ったように目を伏せた。
「…自作です」
「自作!?」
ほのかがさらに驚く。
「いや、料理上手とかそういうレベルじゃなくない? 盛り付け師じゃん」
ミコトの耳が、少しだけ赤くなる。
「…祖母に、うるさく言われるので」
「おばあちゃん何者?」
「…古い人なので、小さい頃から色々仕込まれました」
「納得した」
しずくは、ミコトのお弁当を見ながら思う。
昨日はローブ姿で、小さくて危なっかしく見えた。
でも、こうしているときちんと高校生の感じがする。
当たり前だけど。
探索者である前に、同じ高校生なんだ。
ほのかが、自分の弁当を見て笑う。
「私の昨日の残り弁当が、急に庶民感すごくなったんだけど」
「…いや、おいしそう」
しずくが言うと、ほのかがちょっと照れたように笑う。
ミコトも、小さく頷いた。
「…神宮さんのも、家庭のお弁当って感じで、好きです」
「でしょー?」
すぐ元気になる。
それを見て、しずくは少しだけ口元が緩んだ。
教室では、こんなふうに誰かとお弁当を開けるなんて考えられなかった。
でも今は、静かな図書準備室で、三人で机を囲んでいる。
本の匂い。
昼の光。
弁当箱のふたを開ける音。
それだけなのに、胸の奥がじんわり温かい。
ほのかが手を合わせる。
「じゃ、食べよっか」
ミコトも、しずくも、それに続く。
「…いただきます」
「いただきます」
三人の声が、静かな部屋に小さく重なった。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




