第36話 二人から三人へ
そのまま三人は、協会カウンターで清算を済ませた。
二層で拾った魔石。
ゴブリン素材、吸血蝙蝠の素材。
細々したものを、職員が手際よく仕分けていく。
ただ、寝ぐらの奥で捨ててきた分も多い。
ほのかが受け取り金額を見て、少しだけ口を尖らせた。
「うーん…」
端末の数字を見ながら、心底惜しそうに言う。
「ゴブリンの魔石、結構あったのになぁ」
しずくは、思わず小さく笑いそうになった。
あんな目に遭っても、まずそこなんだ。
でも、ほのからしいとも思う。
「まあ、でも生還したしね」と職員が言うと、ほのかはすぐに「それはそう」と頷いた。
切り替えが早い。
清算が終わって、カードと明細を受け取る。
そのまま帰ろうと振り返ったところで、ミコトが少し離れた場所で待っていた。
ローブの裾を両手でつまんで、背筋を伸ばしている。
相変わらず小さい。
でも、逃げずにそこに立っていた。
しずくとほのかが近づくと、ミコトはぺこりと頭を下げた。
「…あの」
小さな声。
でも、ちゃんと届く声。
「今日は、本当にありがとうございました」
ほのかが片手をひらっと振る。
「いいって、間に合ってよかった」
しずくも、小さく頷いた。
「…うん」
ミコトはそこで一度だけ息を吸った。
そして、ひとつ咳払い。
緊張しているのが分かる。
ミコトが、意を決したように顔を上げる。
「…あの」
白い指先が、ローブの端をぎゅっと握る。
「私を…」
一拍。
「お二人のパーティーに、加えてもらえませんか?」
ロビーのざわめきだけが、遠くで鳴っている。
しずくは、完全に固まった。
「…え」
声が漏れる。
ほのかも、目を丸くしている。
でも、驚いているだけで嫌そうではない。
ミコトは慌てて続けた。
「わ、わたし、まだ経験は浅いですけど…マジシャンですし…」
声が少しだけ震える。
「今回は、相手を間違えました。ちゃんと見て選べてなかったです」
ローブの袖を握る手に、少し力が入る。
「でも…」
そこでミコトは、しずくとほのかを交互に見た。
「お二人は、ちゃんと助けてくれたから」
しずくの胸が、少しだけ熱くなる。
ミコトは続ける。
「それに、今日一緒にいて思いました」
小さいけれど、芯のある声が続く。
「お二人の戦い方、好きです」
ほのかが一瞬だけ目をぱちぱちさせて、それからちょっと照れくさそうに笑った。
「いや、急だなぁ」
でも、たぶん、まんざらでもない。
ミコトはさらに言う。
「しずくさんは前に立って、ちゃんと守ってくれるし」
しずくの心臓が、変な音を立てる。
「神宮さんは、強いし、ちゃんと考えてくれるし」
ほのかが「えへへ」と少しだけ嬉しそうにする。
「あと…」
ミコトが少しだけ目を逸らす。
「一人で、潜りたくなくて」
その一言が、すごく正直で。
しずくは、胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。
分かる。
すごく、分かる。
でも、ミコトの言葉はそこで終わらなかった。
「…うちは、神社なんです」
「…え?」
今度は、ほのかが声を漏らした。
ミコトは少しだけ頷く。
「神社の娘で…小さい頃から、祝詞とか、お祓いとか、そういうのは教わってて…」
ローブの裾から、白い指先が少しだけ離れる。
「だから、探索者になったのも、半分は修行です」
しずくは、思わずミコトを見つめた。
ただ危ないところへ来てしまった初心者、というだけではなかった。
この子には、この子なりの理由がある。
ミコトは続ける。
「神社の仕事だけだと、実際の穢れとか、魔力の流れとか、そういうものに触れる機会が少なくて…」
少し言いづらそうにしながらも、ちゃんと前を向く。
「だから、家でも実地を見てこいって言われて…ダンジョンに来ています」
なるほど、としずくは思った。
ただ無鉄砲に潜っているわけではない。
経験が浅いのは本当でも、根っこは真面目だ。
むしろ真面目すぎるから、悪い相手に利用されたのかもしれない。
ほのかも、同じことを考えたらしかった。
少しだけ顎に手を当てて、ミコトを見ながら言う。
「なるほどね…」
その声は、もう半分くらい見立ての声だった。
「魔法の扱いは荒くないし、ヒールも足止めも使える。しかも、土壇場で逃げない」
ミコトが少しだけ目を丸くする。
ほのかは続けた。
「経験は浅い。でも、筋はいい」
それはたぶん、かなり高い評価だった。
ミコトの耳が少し赤くなる。
しずくは前髪の奥で、ほのかを見た。
ほのかの目は、もうかなり前向きだ。
戦力としても、人としても、ミコトを見ている。
そして、しずく自身も考える。
ミコトはまだ経験が浅い。
守る場面も増えるかもしれない。
二層でいきなりゴブリン寝ぐらは、正直かなり危なかった。
でも、マジシャンがいれば、できることは増える。
足止め、回復、遠距離火力。
それに、一人で潜りたくないという気持ち。
それを、しずくは否定できなかった。
自分だって、そこから始まったのだから。
友達がほしくて。
一人は嫌で。
何かを変えたくて。
その気持ちは、今のミコトの声の中にも、確かにあった。
ミコトはさらに、今度はもっとはっきり頭を下げた。
「お願いします」
小さな背中が、まっすぐ折れる。
「まだ未熟です。でも、ちゃんと頑張ります。足手まといにならないようにします」
少しだけ間を置いて。
「…お二人と、一緒に潜りたいです」
その言い方が、思っていたよりずっと真っ直ぐで。
しずくはまた、胸の奥が熱くなった。
友達ゼロだった自分が。
ついこの前まで、誰とも話せなかった自分が。
今、誰かに仲間に入れてほしいと言われている。
それが信じられない。
ほのかが先に口を開いた。
「私はあり」
即答だった。
ミコトの顔が少しだけ明るくなる。
ほのかは、そのまましずくを見る。
「しずくは?」
しずくは、少しだけ俯いた。
考える。
ミコトはまだ経験が浅い。
守る場面も増えるかもしれない。
でも、守る価値があるとかないとか、そういう言い方はしたくなかった。
この子は、自分で来た。
自分で危ない目に遭って。
それでも、自分で頭を下げている。
そして、たぶん。
この子もまた、一人ではいたくないのだ。
しずくは、ゆっくり顔を上げる。
「…わたしも」
声が少し震える。
でも、言えた。
「…あり」
ミコトの目が、大きく開く。
ほのかがにっと笑った。
「じゃ、決まりじゃん」
その言い方の軽さに、しずくは少しだけ救われる。
ミコトは慌てて頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
ほのかが笑う。
「こちらこそ…でも条件あるよ」
ミコトが顔を上げる。
「…条件?」
「次からは、変な男にホイホイついてかない」
ミコトが真顔で頷く。
「はい」
「あと、困ったらすぐ言う」
「はい」
「あと、パーティーならファミレスも来ること」
「…え?」
最後の一言で、ミコトがきょとんとした。
ほのかは当然みたいに言う。
「だって情報共有いるし」
しずくは、その流れを見て少しだけ目を瞬かせる。
…あ。
これ、またファミレス行く流れだ。
胸の奥が、少しだけざわついて。
でも、前よりは嫌じゃなかった。
ミコトはまだ少し戸惑っていたけど、それでも小さく頷いた。
「はい」
ほのかが満足そうに言う。
「よし、これで三人パーティーだね」
その言葉に、しずくの胸がまた少し熱くなる。
ついこの前まで、一人だった。
それが今は、二人になって。
そして、三人になった。
ロビーのざわめきの中。
しずくは前髪の奥で、少しだけ目を細めた。
友達がほしい。
そう思って始めたダンジョン配信。
その答えが、思っていたよりずっと早く、でも思っていたのとは少し違う形で、目の前に現れていた。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




