第35話 助かったから終わりじゃない
帰還した直後のロビーは、一瞬で騒然となった。
職員が駆け寄る。
担架を呼ぶ声、救護班への連絡。
周囲の探索者たちも、何事かと足を止めてこちらを見ている。
そんな中で、ほのかは息を整えるより先に、床に転がるように座り込んでいる男二人を睨んだ。
さっきまでの明るい雰囲気は、もう欠片もない。
「…あんたたち」
低い声だった。
「自分たちが何しでかしたか、分かってるの?」
男の一人が顔をしかめる。
足の痛みもあるのだろうし、疲労もあるだろう。
けれど、それ以上に今は追い詰められた顔をしていた。
「い、いや…違うんだよ、あれは」
「違わないでしょ」
ほのかが即座に切る。
もう一人が慌てて口を挟む。
「いや、俺たちだって、まさかあんな数のゴブリンが出るとは思ってなくて」
「あの子にも、危なくなったらすぐ下がれって」
「下がれって言って、自分たちは宝箱の方に行ったんだ?」
ほのかの声は、怒鳴っていないのに鋭かった。
男は言葉に詰まる。
もう一人が顔をしかめながら、ほのかに反論した。
「結果的にそう見えただけで!俺らだって戻るつもりだった!」
「戻る前に死んでたら、どうするつもりだったの?」
ほのかの目が、冷たく細まる。
男たちは、もうまともに反論できなかった。
そのはずなのに、往生際の悪さだけは消えない。
「いや、でもさ…」
「こっちだって被害者みたいなもんだろ…罠にもかかったし、ゴブリンにも囲まれたし…」
しずくは、その言葉に思わず眉をひそめた。
自分たちがミコトを囮にしておいて。
助けられた直後に、それを言うのか。
ほのかも、呆れたように息を吐いた。
「本気で言ってる?」
そこへ、ミコトがゆっくり立ち上がった。
まだ少し顔色は悪い。
でも、その声ははっきりしていた。
「…協会へ報告します」
男二人が、同時に顔を上げる。
「は?」
「ちょ、待てよ」
ミコトは、もう怯えていなかった。
ローブの裾を握りしめたまま、まっすぐ二人を見る。
「今後、このようなことが起こらないためにも、報告します」
その言い方は静かだった。
でも、揺るがない芯があった。
「わたしだけじゃなくて、次に同じように誘われる人がいるかもしれない」
男の一人が焦りながら、ミコトを見た。
「いや、待ってくれって!そこまで大ごとにする必要ないだろ!」
「助かったんだから、もういいじゃないか!」
「こっちだって死にかけたんだぞ!」
「あります」
ミコトがきっぱりと言い切る。
「実際に、わたしは囮にされました」
その一言で、ロビーの空気がまた少し張りつめた。
近くで様子を見ていた職員も、完全に話を聞く顔になっている。
男の一人が、なおも食い下がる。
「囮って…言い方が悪いだろ。ちょっと前で見張っててもらっただけで」
「ゴブリンに囲まれたまま、ですか?」
ミコトの声は小さいままだった。
でも、その問いの方が、ずっと鋭かった。
男は言葉を失う。
しずくは、少し離れた場所でそれを見ていた。
ミコトは小さい。
どう見ても守られる側に見える。
でも今、いちばん強い言葉を持っているのは、この子だった。
ほのかが、ふっと息を吐く。
「…だってさ」
男たちに向かって、冷たく言う。
「助かったから、なかったことにしてもらえると思った?」
男二人は、何も言い返せなかった。
いや、言い返せないのに、まだ顔だけはなんとかならないかと足掻いていた。
その時、協会の職員が二人ほど前に出てくる。
「事情を確認します。神宮さん、佐倉さん、白澤さんも、あとで順にお話を聞かせてください」
「はい」
ほのかが即答し、ミコトも頷く。
しずくも、小さく「…はい」と続いた。
男二人は、観念したように視線を落とした。
けれど、それも本当に反省した顔というより、言い逃れが通らなくなったと知った顔だった。
助かったのは事実。
でも、その助けられた事実が、逆に全部を明るみに出してしまった。
しずくは、ミコトの横顔を見る。
震えていない。
怖かったはずなのに。
今だって、きっと怖いのに。
それでも、言うべきことを言っている。
ほのかが、そのミコトの肩を軽く叩いた。
「えらい」
ミコトが少しだけ目を丸くする。
ほのかは、いつものお日様みたいな笑顔で言う。
「ちゃんと言えたじゃん」
ミコトは、少しだけ唇を引き結んでから、小さく頷いた。
「はい!」
しずくは、そのやり取りを見て、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
今日の二層は、痛かったし、怖かった。
ローグライクの変な武器も出た。
ゴブリンの波にも呑まれかけた。
でも、助けた命があった
ちゃんと声を上げる人がいて、それを支える人が隣にいる。
それはたぶん、探索者として強くなることと同じくらい、大事なことなんだろうと思った。
別室に通されたしずくたちを待っていたのは、いつもの受付のお姉さんだった。
ロビーで見せていた営業用の笑顔ではなく、少しだけ真面目な顔。
「お疲れさま」
そう言って、三人に座るよう促す。
テーブルの上には、水の入った紙コップが三つ置かれていた。
しずくはそれを見て、ようやく喉がからからだったことに気づく。
一口飲むと、冷たさが胸に落ちた。
受付のお姉さんは、端末を開きながら言った。
「これは懲戒や処分を決めるための聴取でもあるけど、まず一番大事なのは事実確認ね」
その声は落ち着いていた。
「だから、憶測はいらない。見たこと、聞いたこと、されたことだけでいいよ」
ほのかが頷く。
「はい」
ミコトも、小さく息を吸ってから頷いた。
「…はい」
お姉さんはまず、ミコトから話を聞いた。
男二人に声を掛けられたこと。
ダンジョン経験が浅く、三人の方が安全だと思って同行を承諾したこと。
二層でゴブリンの寝ぐらへ向かい、自分だけが囮のような位置に置かれたこと。
男二人はその間に奥の宝箱へ向かったこと。
ミコトの声は、小さいけれど途切れなかった。
しずくは横で聞きながら思う。
さっきもそうだったけど、この子は芯が強い。
見た目はどう見ても小学生みたいなのに。
中身は、ちゃんと自分の足で立っている。
受付のお姉さんは、途中で一度も遮らなかった。
必要なところだけ確認する。
「危なくなったら下がって、という言葉は実際に言われた?」
「…はい。でも、男の人たちは先に奥へ行きました」
「あなたに、囮になることへの同意はあった?」
「ありません」
お姉さんは短く頷いて、次にほのかへ視線を向けた。
「神宮さん」
ほのかは、いつもの軽さを少し引っ込めた声で話し始める。
ダンジョン内で他の探索者二人から噂を聞いたこと。
若い男二人と子どもみたいな子の三人組が、ゴブリンの寝ぐらへ向かったと知ったこと。
初心者を食い物にしているという噂も聞いたこと。
その後、寝ぐらでミコトがゴブリンに囲まれているのを発見し、救助したこと。
さらに奥で、男二人が罠にかかりゴブリンに囲まれていたのを確認したこと。
「で、ミコトちゃん本人に助けるかどうか確認して、助ける判断をしました」
お姉さんが入力しながら頷く。
「その後、ゴブリンの増援に追われて撤退、と」
「はい。かなり危なかったです」
しずくの脳裏に、緑の波みたいなゴブリンの群れがよみがえる。
太ももの痛みまで、少し戻ってきた気がした。
お姉さんは最後に、しずくを見る。
「佐倉さん」
しずくは少しだけ背筋を伸ばした。
「…はい」
しずくは、できるだけ順番に話した。
寝ぐらでミコトを助けたこと。
男二人が罠にはまっていたこと。
ゴブリンが警戒音を上げて増援が来たこと。
落石罠を逆利用したこと。
ゲートまでの撤退戦。
話し終えると、お姉さんは端末を閉じた。
「ありがとう。三人の証言、だいたい一致してる」
その一言で、少しだけ肩の力が抜ける。
「男二人の方は、今別室で聞いてる。たぶん、言い訳はすると思うけど」
ほのかが鼻で笑う。
「してました」
「でしょうね」
お姉さんも苦笑した。
それから、少しだけ柔らかい顔になってミコトを見る。
「白澤さん、よく報告してくれたね」
ミコトは一瞬だけ目を伏せて、それから小さく答える。
「…同じことが、またあったら嫌なので」
「うん、それでいいよ」
お姉さんは、きっぱりと言った。
「協会は、そういうためにあるから」
その言葉は、昨日月島が言っていたことと同じだった。
協会は、探索者の味方。
しずくはその言葉を、少しだけ違う形でまた受け取る。
派手な戦いだけじゃない。
変なスキルやファンタジー装備だけでもない。
こういう嫌な現実に、だめと言うためにも、協会はある。
お姉さんは最後に三人へ言った。
「今日はもう、追加の潜行は禁止。強制帰宅で」
ほのかが「あ、やっぱり」と。
「そりゃそう。二層のゴブリン寝ぐらで救助戦までやって、さらに撤退戦してるんだから」
しずくも、それには異論がなかった。
今日は本当に、いろいろありすぎた。
ミコトは、まだ少し疲れた顔のままだったけど、さっきよりは落ち着いて見えた。
別室での報告は、それで終わった。
重い話だった。
でも、全部を一人で抱えなくていい場所がある。
そのことが、しずくには少しだけありがたかった。
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