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第31話 見捨てない撤退戦

目の前のゴブリンの群れを見た瞬間、しずくはロングソードを鞘にもどした。

そのまま、背中から試作型ガンソードを抜いた。


しずくの手の中で、試作型ガンソードが唸る

刀身の内部で、危うい熱が膨らんでいく。

刃の継ぎ目から、白い火花みたいな光が漏れる。


本能が、やめろと叫ぶ。

でも、ここで躊躇ったら終わる。


小部屋の入口には、ゴブリンが群がっている。


一匹、二匹じゃない。

奥から押し寄せてくる影が、狭い通路を埋めていた。


「…これで、穴あける」


ほのかが一瞬だけ目を見開く。


「しずく、それ…」


「穴を開けて広場まで、走る」


しずくは視線を逸らさない。

ミコトも、はっと息を呑んだ。


危険なのは分かる。

でも、他に間に合う手はない。


ほのかはほんの一拍だけ迷って、それから即座に頷いた。


「わかった!」


男二人へ怒鳴る。


「爆発したら止まるな! 足引きずってでも広場まで走れ!」


ミコトも、ローブの裾を握りしめながら頷く。


「…はい!」


しずくは、さらに魔力を流し込んだ。

臨界、ぎりぎりまで。


刀身が震え、柄が熱い。

少しでも長く持っていたら、手の中で吹き飛びそうだった。

ゴブリンたちも、さすがに異変に気づいたのか、一瞬だけ動きが鈍る。


「行けぇっ!」


しずくは、全力でガンソードを投げた。

回転しながら飛ぶ刃が、ゴブリンの群れの中心へ突っ込む。


空気が震え、洞窟全体が揺れるほどの爆発。

狭い通路の中で起きた爆炎が、通路へ向かって押し広がる。

熱風、土煙、石片が容赦なく浴びせられる。

ゴブリンの悲鳴が少し遅れて響いた。


「ギャアアアッ!」


入口を塞いでいた群れが、まとめて吹き飛んだ。

壁に叩きつけられる影。

床を転がる緑の体。

焦げた匂いと血の匂いが、一気に濃くなる。


天井から土がぱらぱら落ちた。


しずく自身も、爆風に押されて半歩よろめく。

でも、強靭な体幹が踏ん張らせる。


「今!!」


ほのかが叫んだ。

しずくは即座に銀盾を構えて前へ飛び出す。


爆発でできた穴。

そこへ、まだ息のあるゴブリンがもがきながら手を伸ばしてきた。

しずくはロングソードでそれを叩き落とす。


「走って!」


男二人へ叫ぶ。


二人は、足を引きずりながらも必死で立ち上がる。

さっきまでの余裕も打算も、顔から完全に消えていた。


ミコトが小さく詠唱し、通路の床へ魔力を流す。

淡い光が広がり、爆発を免れた後続ゴブリンの足元がぬかるみみたいに絡みつく。


ほのかは下がりながら、機弩を撃つ。


立ち上がろうとしたゴブリンの頭を抜く。

さらに双剣を飛ばす。


【ダンシングソード】


銀の刃が、広場へ続く通路の脇を滑るように走り、横から回り込もうとしたゴブリンの首筋を裂いた。


「しずく、前!」


しずくは銀盾で前を切り開く。

まずは、あの広い場所へ戻る。

そこまで出れば、包囲されにくい。


背後で、またゴブリンの叫び声。

爆発で怯んだ群れが、立て直し始めている。


しずくは、走りながら一瞬だけ後ろを見た。


寝ぐらの通路の奥。

黒煙の向こうに、さらに赤い目が増えている。


「…まだ、来る」


ほのかが叫ぶ。


「知ってる! だから走る!」


しずく、ほのか、ミコト、そして男二人は、もつれるように通路を駆けた。


広場の入口が見える。

少し開けた空間。

さっきミコトが囲まれていた場所。


そこへ飛び出した瞬間、しずくが振り返る。


狭い通路から、ゴブリンたちが押し寄せてくる。

さっきより数が多い。

寝ぐらの本隊だ。


「…多すぎる」


しずくが息を呑む。


ほのかも舌打ちした。


「うん、これは戦う数じゃない」


そして、即座に判断を切り替える。


「撤退! ゲートまで全力!」


ミコトが、息を切らしながらも頷く。

男二人も、今度は一言も逆らわなかった。


しずくは、爆発の余韻でまだ少し痺れる手を握り直した。


試作型ガンソードは、たぶんもうない。

あの爆発で終わったはずだ。


でも、穴は開けた。

生きる道は作った。


ほのかが叫ぶ。


「しずく、最後尾お願い!」


「わかった!」


しずくが最後ろへ回る。


銀盾を前へ。

ロングソードを低く構える。

マジックブロウの光が、刃に淡く走る。


「…来い」


広場を抜け、ゲートへの通路へ。

その背中を守るように、しずくは迫るゴブリンの群れを睨んだ。

寝ぐらの奥からは、まだまだ敵の叫びが響いてくる。


二層は、一層よりずっと嫌らしい。


けれど、しずくはもう一人じゃない。


「ほのか!」


「うん!」


「ミコトちゃん、走れる!?」


「走ります!」


男二人は情けない顔のまま、それでも必死に前へ進む。


しずくは小さく息を吸った。

そして、迫る最初のゴブリンへ、盾を叩きつけるように踏み込んだ。

逃げ切るための戦いが、始まった。



ゴブリンは、もう群れというより波だった。

狭い通路の向こうから、緑の肌が次々とあふれてくる。


一匹倒しても、すぐ次。

二匹目の後ろに三匹目。

その奥に、さらに赤い目。


まるで緑の津波だ。

しずくは思わず息を呑む。

これに飲み込まれたら、終わる。


棍棒、投石、短弓。


どれか一つなら耐えられる。

でも、まとめて来られたら無理だ。


「ほのか、まだ走れる!?」


「走れるけど、男二人が遅い!」


前を行く二人の足は、明らかに鈍っていた。

罠のダメージだろう。

片足を引きずるようにして、必死に前へ進んでいる。


しずくの中に嫌な考えが浮かぶ。

二人を捨てて、三人だけ全力で走れば、たぶん逃げ切れる。


弓持ちがいようと。

多少の追撃があろうと。

しずくとほのかとミコトだけなら、なんとかなるかもしれない。


でも、その判断はできなかった。


ミコトは、あの二人に囮にされた。

それでも助けると言った。

ほのかは、嫌な相手でも見捨てるのは寝覚めが悪いと言った。


「…捨てない」


小さく呟いた声に、ほのかが短く返す。


「うん」


問題は、背中を見せられないこと。


背中を向けた瞬間。

弓が飛ぶ、石が飛ぶ、誰かが射られる。


走りながら逃げるんじゃない。

下がりながら削る。


通路の幅は、そこまで広くない。

二匹並ぶのがやっと。

三匹目以降は後ろでつかえる。


入口を狭めて、前から来るやつだけ捌くしかない。


「しずく、真ん中!」


「うん!」


しずくが銀盾を前に出す。

ロングソードを低く構える。


ゴブリンの先頭二匹が、棍棒を振り上げて突っ込んでくる。


「ギャッ!」


一匹目の棍棒を銀盾で流す。

二匹目の横薙ぎはロングソードで弾く。


その隙に、しずくは半歩下がる。

一歩じゃない、半歩。


後ろへ、少しずつ。


ほのかが、しずくの肩越しに撃つ。


先頭のゴブリンの額を打ち抜く。

でも、すぐ後ろから次が出る。


「多っ!」


ほのかが舌打ちする。


それでも撃つ、双剣も飛ばす。


銀の刃が通路の上を滑るように飛び、横から詰めてくる個体の首筋を裂いた。


ミコトも、息を切らしながら魔法を重ねる。


「足元、滑らせます!」


淡い光が通路の床に走る。

一番後ろのゴブリンたちが、重なってもつれる。


完璧じゃない。

でも、波がほんの少しだけ崩れる。


「今のうちに下がって!」


ほのかが叫ぶ。


男二人がよろけながらも数歩進む。

しずくたちも、それに合わせてじりじり後退する。


でも、ゴブリンは途切れない。


弓持ちが混ざり始めた。

しずくは咄嗟に銀盾を上げ、矢を弾く。


「弓いる!」


「わかってる!」


ほのかが顔をしかめる。

でも今は、弓持ちだけを落とす射線がない。

前衛の壁が厚すぎる。


「しずく、右!」


右から低く飛び込んできたゴブリンに、しずくは盾ごと体当たりした。

ゴブリンがよろけたところへ、マジックブロウを乗せた剣を叩き込む。


血しぶきと共にゴブリンが吹き飛ぶ。

でも、終わらない。


「…広場、まだ!?」


しずくが息を上げながら聞く。

ほのかが一瞬だけ後ろを見た。


「もうちょい!」


前では、男二人が壁を支えにしながら必死で進んでいる。

その背中が遅い。

遅いけど、止まってはいない。


ミコトが、その二人の少し後ろで振り返る。

怖いはずなのに、逃げずにこちらを見ている。


その顔を見て、しずくは前を向く。

銀盾を前に、ロングソードを引く。


「ここ、通さない!」


ゴブリンの波が、再び押し寄せる。


緑の津波。

しずくは、それを真正面から受け止めた。

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