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第104話 上からくるぞ

扉を押し開けると、重い軋みが礼拝堂の中へ響いた。


広い。


外から見た印象よりも、ずっと奥行きがある。

天井は高く、薄暗い空間の上の方だけが、星明かりのような淡い光にぼんやり照らされていた。


床は古い石畳。

壁には剥がれかけた装飾と、意味の分からない紋様。


中央には、木の長机が等間隔に並べられている。

その横には、小さな丸椅子が添えられていた。


人間用にしては、少し低い。

けれど、子供用というには妙に幅がある。


「…礼拝堂っていうより」


ほのかが小声で言った。


「ほんとに誰かが使ってる場所って感じ」


しずくも同じことを思った。


放棄された遺跡ではない。


壊れてはいるし、古びてもいる。

けれど、ただ荒れ果てているだけではない。

ここには、何かの生活感があった。


奥には祭壇のようなものが見える。


石でできた台。

その上には、丸いものを象った古い飾り。

月なのか星なのか、今の距離では分からない。


ほのかが目を細める。


「奥に祭壇。右手奥に階段かな、二階へ上がれそう」


ほのかは視線を動かしながら続ける。


「左手奥に扉が三つ、小部屋かな。倉庫か、控え室か…たぶん何かある」


ミコトも杖を握り直した。


「魔力の流れがあります。祭壇の方と、左奥の扉付近。それから…」


そこで、ほのかの表情が変わった。


「待って」


小さな声だった。


しずくはすぐに銀盾を構える。


「…いる?」


ほのかは頷いた。


「気配ある。でも、見えない」


「隠れているんでしょうか」


ミコトが声を落とす。


ほのかは、ゆっくり周囲を見回した。


長机の下から祭壇の陰、柱の裏。


いない、気配はある。

なのに、視界の中に敵はいない。


ほのかが、はっとした顔で頭上を見上げた。


「上!」


しずくとミコトも、反射的に視線を上げる。


天井に二匹。


大きな目に大きな口、丸く白い胴体。

そして、不自然にとってつけたような手足。

カエルの顔に、人間めいた手足を無理やり生やしたような異形。


資料で見たものより、実物はずっと気味が悪かった。


カエルもどき。


二匹のカエルもどきが、天井に張り付いていた。

手足の先を天井に吸いつかせるようにして、こちらを見下ろしている。


大きな目が、ぎょろりと動いた。


「うわ…」


ほのかが、思わず声を漏らす。


コメント欄も一気に流れた。


『いたああああ!?』

『天井!?』

『こわっ』

『見た目きつい』

『カエルもどき初遭遇!』

『上から来るぞ!』

『天井警戒大事!』

『実物きっつ…』


しずくは銀盾を上げた。


天井から来る。

落下しながらの体当たりか?舌が伸びる?


ミミック戦の記憶が、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「ミコト、下がって」


「はい」


ミコトがすぐに一歩下がる。


ほのかはザリガリオンを構えた。


「初撃は私が撃つよ」


その時、カエルもどきの片方が口を開いた。


「け…か」


音が発せられはしたが、鳴き声ではない。

何かを言おうとしたような、壊れた言葉。


「け、け、け…」


もう一匹も口を震わせる。


しずくの背筋に、冷たいものが走った。

人語に近い言葉を持つ。

資料にあった一文が、今になって重くのしかかる。


ミコトが、少しだけ首を捻った。


「…言葉?」


ほのかが、照準を合わせたまま眉を寄せる。


「なんて言ってるの?」


カエルもどきの大きな口が、さらに開いた。

ぬらりとした舌が見える。


「し…ろ…」


しずくの指が、銀盾の縁にかかる。


「しろ?」


「白?」


ミコトが口に出したその瞬間、二匹が同時に動いた。


落ちてきたのではない、天井を蹴った。

異様に丸い胴体が、信じられない速度でこちらへ迫る。


「来る!」


ほのかが叫びながら、ザリガリオンを撃った。

蒼い機弩が、鋏のように可動する。

放たれた弾丸は、普通の弾丸ではなかった。


圧縮された水の弾丸、水冷弾。

それが高速で飛び、先頭のカエルもどきの肩を貫いた。


「通った!」


ほのかが叫ぶ。


カエルもどきの皮膚は柔らかい、弾丸は確かに通る。

だが、止まらない。


肩を撃ち抜かれたカエルもどきは、勢いのまましずくへ飛びかかってきた。


しずくが銀盾でそれを防ぐと、嫌な音を立ててカエルもどきがぶつかった。


軽くはない、丸い胴体の中に密度がある。

衝撃で腕が沈む。


けれど、アタッカー型と強靭な体幹のおかげで、しずくは踏みとどまった。


「…っ!」


至近距離で見るカエルもどきの目は、あまりにも大きかった。

その目が、しずくを見ている。


怯えか怒りか、それとも別の何かか。


もう一匹は、着地と同時に手足を奇妙に折り畳むようにすると、そのまま側転した。


「え?」


ほのかが間の抜けた声を出す。


カエルもどきは、歩くのではなかった。

丸い胴体を軸にして、手足を使い側転するように床を高速移動した。

長机の間を、がらがらと椅子を弾き飛ばしながら横滑りする。


気味が悪いが、その速度は速い。


「何その動き!」


ほのかがザリガリオンで追うが、射線が机に遮られる。


コメント欄も混乱していた。


『側転!?』

『動きキモすぎる』

『速い速い!』

『カエルなのに跳ばないの!?』

『いや跳んでも側転でも嫌だわ』

『人型の手足で側転するな』

『机の間すり抜けるの怖すぎ』


ミコトが杖を掲げる。


【ホーリーバインド】


聖なる紐が、側転するカエルもどきへ伸びる。


だが、相手は奇妙な回転で紐をすり抜けた。

手足の動きが読みにくい。


「くっ…」


ミコトが表情を引き締める。


「通常の歩行ではありません。動きが読みづらいです!」


しずくは、盾に張り付いたカエルもどきを押し返す。


「離れて!」


大鋏剣を片手で抜こうとした瞬間、カエルもどきの口が開いた。

舌が伸びる。

狙いは、しずくの腕。


「っ!」


銀盾をひねり、舌を盾の縁で弾く。

ぬめった舌が石畳に叩きつけられた。


そこへ、ほのかの水冷弾が撃ち込まれる。

ザリガリオンの銃身が鋏のように動き、蒼い弾丸が走った。


白く丸い胴体を貫くと、カエルもどきが悲鳴のような声を上げた。


「け、け、けぇ!」


その声は、鳴き声とも泣き声ともつかなかった。

しずくは一瞬だけ動きを止めそうになる。


だが、相手はまだ動く。

大きな口を開け、再び舌を伸ばそうとする。


「しずくさん!」


ミコトの声で、しずくは踏み込んだ。

大鋏剣を抜き、閉じた状態で剣として振るう。


柔らかい胴体に刃が入り、迷わず力任せに振り切る。

カエルもどきが、光の粒子へ変わり始めた。


だが、安心する暇はない。

もう一匹が、側転の勢いでミコトの背後へ回り込もうとしていた。


「ミコト、後ろ!」


ほのかが叫ぶ。


ミコトは振り返ろうとするが、間に合わない。

カエルもどきの舌が伸びる。


それを見たほのかが、ザリガリオンのレバーを切り替えた。


「試すよ!」


ハサミ弾。

使用者の魔力を消費して精製される特殊弾。


ほのかの指が引き金を引くと、ザリガリオンの銃身が大きく開いた。

鋏の音と共に発射された弾丸は、ただの弾ではなかった。

空中で回転するような軌跡を描き、カエルもどきの伸びた舌へ命中する。


回転する弾丸から鋏のような刃が煌めき、舌を切断した。


「うわっ、切れた!」


ほのか自身が一番驚いていた。

カエルもどきが、床の上で大きく跳ねる。

いや、跳ねたあとまた側転しようとしたが、体勢が崩れた。


ミコトはその隙を逃さない。


【光輪】


聖なる光の輪が飛び、胴体を裂き戻りの二度目で首元を切り裂く。

カエルもどきの身体が、光の粒子へ変わった。


礼拝堂の中に再び静けさが戻り、倒れた椅子がかたりと音を立てた。


ほのかはザリガリオンを構えたまま、しばらく固まっていた。


「ハサミ弾、すご」


ミコトも、少しだけ息を整えながら頷く。


「切断効果、かなり強いですね。ただ、魔力消費はどうですか?」


「うーん、そこそこ持っていかれた感じある。でも連発しなければ大丈夫そう」


コメント欄も、遅れて爆発する。


『ハサミ弾やべえええ』

『舌切った!?』

『ザリガリオン強い』

『ほのか本人が一番驚いてて草』

『ミコトちゃんナイス光輪』

『カエルもどき、動きがキモすぎる』

『しろって言った?』

『白って聞こえたよな?』


しずくは、消えていくカエルもどきの光を見つめていた。


「…さっき」


ほのかとミコトがしずくを見る。


「白、って言った?」


ミコトの表情が少しだけ硬くなる。


「わたしにも、そう聞こえました」


「白き月…?」


その言葉が、礼拝堂の空気をさらに重くした。

しずくは、奥の祭壇を見る。


ここは、ただ敵を倒して進むだけの場所ではない。


月島の言葉が、頭の中でよみがえる。

記録や言葉にも注意してほしい。


しずくは小さく頷く。


「…進もう。でも、慎重に」


「うん」


「はい」


三人は、倒れた丸椅子を避けながら、礼拝堂の奥へ視線を向けた。


祭壇と右奥の階段、左奥の三つの扉。

三層の本当の探索は、まだ始まったばかりだった。

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