第105話 カエルに塩対応
二匹のカエルもどきが光の粒子になって消えると、あとには魔石と素材が残った。
ぬめりを帯びた皮膚片のような素材。
そして、小さめの魔石が二つ。
ほのかが、少し顔をしかめた。
「…これ、あんまり触りたくない系だね」
「…うん」
しずくも素直に頷いた。
カエルもどきは、見た目からしてかなり独特だった。
消えたあとに残った素材も、正直あまり気持ちのいいものではない。
ミコトは少し屈み、直接触れないように道具を使って素材を確認する。
「協会データベースでは、カエルもどきの皮膚素材は薬品や防水加工に使えるそうです。ぬめり成分に特殊な耐水性があるとか」
「実用性はあるんだ」
ほのかは複雑そうな顔をした。
「でも、見た目がなあ…」
そんなことを言いながら回収していると、しずくは床に転がっている小さなものに気づいた。
透明な小瓶、中には白い粒のようなものが詰まっている。
「…これ」
しずくが拾い上げると、システムウィンドウが開いた。
【高級塩】
天然の岩塩から取り出された塩を、精製したもの。
純度が非常に高く、塩化ナトリウム純度は99.9%以上。
様々な用途に使用できます。
しばらく無言でその表示を見つめていたが、ほのかが思わず口を開いた。
「塩?」
ミコトも、少し困ったように瞬きをした。
「高級塩、ですね」
「いや、それは見れば分かるんだけど」
ほのかは小瓶を見て、それからカエルもどきが消えた場所を見る。
「カエルもどきから、塩?」
コメント欄も一気に流れた。
『塩www』
『高級塩!?』
『カエルから塩ドロップは草』
『料理素材きた』
『純度99.9%以上とか説明が急に理系』
『様々な用途って何』
『塩は大事』
『ナメクジ対策?』
ほのかがコメントを見て、さらに微妙な顔になる。
「いや、ナメクジじゃないから。カエルだから」
ミコトは小瓶の中身を見つめながら、少し思案する。
「カエルもどきの皮膚はかなり湿っていました。塩分には弱い可能性があります」
「え、これ武器になるの?」
ほのかが少しだけ身を乗り出すと、ミコトはさらに考えるように眉を寄せた。
「直接撒いて大ダメージ、というほどではないと思います。ただ、ぬめりや水分に干渉できるなら、動きを鈍らせたり、舌の捕縛を妨害したりできるかもしれません」
しずくは小瓶を見つめた。
高級塩。
ただのネタドロップのようにも見える。
けれど、ローグライクやダンジョンのドロップは、時々妙に意味がある。
ミミックのびっくり箱。
ボス箱の大鋏剣。
巨大ザリガニからのザリガリオン。
そして、カエルもどきから塩。
「…持っていく?」
しずくがほのかに目線を送ると、ほのかが小瓶をポーチに入れた。
「なんか使い道ありそう。少なくとも料理には使える」
「ダンジョン内で料理する予定はありません」
ミコトが冷静に返した。
「でも高級塩だよ?」
「あくまで塩です」
「塩むすびにしたら美味しそうじゃない?」
「否定はしませんが、今は礼拝堂探索中です」
そのやり取りで、少しだけ空気が緩んだ。
しずくは、改めて礼拝堂の奥を見る。
倒れた丸椅子に、等間隔に並ぶ長机。
高い天井と奥の祭壇。
左奥の三つの扉、右奥の二階へ続く階段。
さっきのカエルもどきは、確かに「白」と言ったように聞こえた。
白き月。
その言葉と、この礼拝堂は繋がっているのかもしれない。
ミコトが祭壇の方へ視線を投げた。
「まずは祭壇を確認しますか?」
ほのかはすぐには頷かなかった。
天井を見て、それから机の下へ視線を走らせる。
「奥に行く前に、左右と上を見たい。さっきみたいに張り付いてるやつ、まだいるかもしれないし」
しずくも頷いた。
三層は綺麗で静かだ。
でも、その静けさの中に敵が隠れている。
しずくは銀盾を構え直す。
「…天井、警戒しながら進もう」
ほのかがザリガリオンを軽く持ち上げる。
「了解。高級塩もゲットしたしね」
「塩を主戦力に数えないでください」
ミコトが言うと、ほのかは笑った。
「でも、こういう謎アイテムがあとで刺さるのがローグライクじゃん?」
しずくは少しだけ考えてから、小さく頷いた。
「…それは、ある」
ミコトは否定しきれず、少しだけ困ったように息を吐いた。
三人が魔石と素材を回収し、礼拝堂の奥へ向けて歩き出そうとした時だった。
コメント欄が、急に塩の話で盛り上がり始めた。
『いや、塩わりと有用だぞ』
『カエル系の皮膚って塩に弱いからな』
『サイズ的に脱水で即死は無理だけど、少量でも皮膚が炎症起こす』
『三層探索者用に塩弾あるぞ』
『知る人ぞ知る対カエルもどき装備』
『ネタアイテムじゃなくて攻略アイテムでは?』
ほのかが端末を見て、目を丸くした。
「え、塩弾とかあるの?」
ミコトも興味を引かれたように、コメントを覗き込む。
「塩を撃ち出す弾丸、ですか」
『あるある』
『正確には細かい精製塩を固めた特殊弾』
『湿った皮膚に当たると崩れて広がる』
『ダメージより怯ませ目的』
『皮膚炎症で動きが鈍る』
『カエルもどきの舌にも効く』
ほのかは、さっき拾った小瓶を見た。
「これ、普通に使えるやつじゃん」
「…ネタじゃなかった」
しずくも少し驚いた。
ミコトはすぐに真剣な趣で考え込む。
「カエルもどきの皮膚は湿っていました。塩分濃度の急変で皮膚表面に炎症や浸透圧ストレスが起きるなら、弱点とまでは言わなくても妨害手段にはなりそうです」
「ミコト、化学の先生みたい」
「実際、両生類の皮膚は環境変化に弱いですから」
ミコトは小瓶を見ながら続ける。
「塩そのものを撒く。布に染み込ませて舌に絡ませる。小瓶ごと投げて割るのもありだと思います」
ほのかが、にやりと笑う。
「カエルもどきが舌を伸ばしてきたら、塩対応」
しずくは一瞬だけ黙った。
「…今の、言いたかっただけ?」
「ちょっと」
コメント欄が反応する。
『塩対応w』
『うまいこと言うな』
『でも実際有効』
『カエルに塩対応は草』
『ミコトちゃんの解説助かる』
ミコトは少しだけ困ったように咳払いした。
「冗談はともかく、持っておく価値はかなりあります。特に舌による捕縛対策として」
「ミミックの時みたいに絡まれたらやばいもんね」
ほのかが真顔に戻り、しずくも頷いた。
ミミックの舌、ほのかが捕まった時の光景。
あれを思い出すと、対策できるならしておきたい。
ほのかはコメント欄へ向けて軽く手を振った。
「視聴者さん、情報ありがと。高級塩、思ったより重要アイテムでした」
『どういたしまして』
『三層は小ネタ知識が命』
『礼拝堂は状態異常と環境利用が大事』
『初見なら慎重にいけ』
『塩は投げてもよし、弾にしてもよし』
ミコトが静かに言った。
「三層は、こういう知識の積み重ねが重要そうですね」
「敵の弱点もアイテムの使い道も、二層より複雑っぽい」
ほのかがザリガリオンを構え直す。
「じゃ、塩も武器枠に入れておこう」
しずくは、礼拝堂の奥へ視線を戻した。
「…進もう」
ほのかもミコトも頷いた。
三人は、天井と机の下を警戒しながら、礼拝所の奥へゆっくり進み始めた。
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