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第101話 鋏vs鋏

ほのかが、真っ先に動いた。


「先手必勝!」


機弩を構え、巨大ザリガニの顔面へ弾丸を叩き込む。

乾いた射撃音が、夜の庭園に連続して響いた。


だが、巨大ザリガニは鈍重そうな見た目に反して、反応が早かった。

右の巨大な鋏を、顔の前へすっと持ち上げる。


まるで盾だった。

弾丸が鋏に当たり、甲高い音を立てて弾かれる。


「硬っ!」


ほのかが顔をしかめる。

さらに数発が甲殻へ当たったが、灰色の殻はわずかに欠けただけだった。

弾丸はめり込まない。

浅い火花のようなものを散らして、横へ跳ねる。


『弾いた!?』

『硬すぎる』

『ザリガニじゃなくて装甲車だろ』

『鋏が盾になってる』

『三層初手から防御力おかしい』

『いやデカさもおかしい』

『普通そのサイズで動けるの!?』


ほのかは舌打ちしながら、すぐに横へ移動する。


「正面、無理っぽい!」


ミコトは巨大ザリガニの動きを見ながら、表情を引き締めた。


「甲殻と鋏はかなり硬いです。鉄並み…いえ、下手をするとそれ以上かもしれません」


「鉄並みのザリガニってなに!」


ほのかが叫ぶ。


ミコトは答えず、巨大ザリガニの脚を見た。

十メートルはある巨体。

本来なら、自重を支えるだけでも限界のはずだ。

細い脚の一本一本に、どれだけの負荷がかかっているのか。


普通の生物なら、まともに歩けるはずがない。


だが、目の前の灰色の怪物は違った。

重そうな体を、ずるずると引きずるのではない。

節くれだった脚を小刻みに動かし、想像よりずっときびきびと姿勢を変えている。


甲殻がぎしりと軋むたび、石畳に硬い爪が食い込む。

その動きは、巨大さに見合わないほど鋭かった。


「普通なら、自重で脚が折れてもおかしくない大きさです」


ミコトの声が少し硬い。


「それなのに、動きが鈍くない。魔力かダンジョン由来の補正が入っている可能性があります」


「つまり?」


ほのかがちらりとミコトを見る。


「見た目より速いです。油断しないでください」


「それはもう分かった!」


巨大ザリガニが、ぎちぎちと鋏を鳴らした。

その音だけで、しずくの背筋が冷える。


挟まれたら終わる。

切断というより、圧潰だ。

銀兎のジャケットでも、胴を挟まれたら耐えられる気がしない。


「しずくさん、真正面から受けないでください!」


ミコトが叫ぶ。


「…うん」


しずくは銀盾を前に出したまま、半歩斜めに構える。

ほのかの銃弾が止んですぐに、巨大ザリガニの鋏がしずく目掛けて振り下ろされた。


巨大な質量が、上から落ちてくる。

しずくは銀盾で正面からは受けない、受ければ潰される。


鋏を横へ滑らせる。

強靭な体幹とアタッカー型の補正で、足場の悪い石畳を踏みしめ衝撃を逃がす。

鋏が地面を叩きくと、石畳が砕け破片が飛ぶ。


「うわっ!」


ほのかが身をかがめて避ける。

しずくは、鋏が地面に食い込んだ一瞬を見逃さなかった。


「ここ…」


大鋏剣を両手で握り、鋏の付け根に向かって振り下ろす。

刃が甲殻に当たり、嫌な手応えが返ってくる。

けれど、完全には弾かれない。


ほんの少しだけ、甲殻の隙間に刃が入った。


巨大ザリガニが甲高い音を立てる。

痛覚があるのか、巨大な鋏を引き戻そうとした。


「節には通ります!」


ミコトが声を上げた。


「しずくさん、その武器なら関節を狙えます!」


ほのかがすぐに反応する。


「じゃあ私は目!」


機弩の照準が、ザリガニの黒い複眼へ向く。

しかし、巨大ザリガニは鋏で顔を守るように構えた。

まるで、弱点を理解しているように。


「こいつ、守り方がうまい!」


「知能というより、防衛本能かもしれません。でも、反応がかなり正確です!」


ミコトが杖を掲げる。


【ホーリーバインド】


聖なる紐が、巨大ザリガニの片脚へ絡む。

だが、巨体が一歩動くだけで、紐がぎしぎしと悲鳴を上げた。


「止めきれません!」


「一瞬でいい!」


ほのかが叫び、横へ大きく回り込む。


軽業はまだ完全に使い慣れていない。

それでも、足運びは以前より明らかに軽かった。


石畳から草地へ、草地から池の縁へ。


ほのかは機弩を構えたまま、ザリガニの側面へ走る。

巨大ザリガニの複眼が、ぎょろりとほのかを追った。


「見えてるの嫌すぎ!」


走りながらの射撃でも、鷹の目が目標を正確に捉える。

狙いは目ではない、脚の関節。


弾丸が脚の付け根に当たり、硬い殻の隙間へ入り込む。

巨大ザリガニの片脚が、わずかに跳ねた。


「通った!」


コメント欄も勢いづく。


『関節狙いだ!』

『硬い敵の基本!』

『ほのかの軽業いいぞ』

『ミコトの拘束、一瞬でも価値ある』

『しずくの大鋏剣、相性いいのでは?』

『ザリガニ相手に鋏で対抗するの草』

『いや絵面は草だけど普通に熱い』


しずくは、巨大ザリガニの正面を取らないよう斜めに動き続ける。

大鋏剣は重いが、この敵に対しては相性が悪くない。

普通の剣より、むしろこの奇妙な武器の方が向いているかもしれなかった。


巨大ザリガニが、今度は両方の鋏を広げた。

正面を広く塞ぐような構え。

その向こうには、荘厳な礼拝堂の扉が見える。


「…ほのか、関節狙いで」


ほのかが右側へ回りながら返す。


「了解!右を崩すよ」


ミコトが杖を構えた。


「池の近くなら、地面が緩いはずです」


杖先が淡く光る。


【クァグマイア】


巨大ザリガニの右足元に泥沼が生まれた。

池の近くの湿った地面が、さらに深くぬかるむ。

ザリガニの脚が、わずかに沈んだ。


「効いた?」


ほのかが目を細める。


「完全には止まりません。でも、踏み込みは乱せます」


「十分!」


ほのかの射撃が右脚の関節へ集中する。

しずくも、その動きに合わせて踏み込んだ。


巨大な鋏が迫る。

銀盾で受けるのではなく、盾の縁で鋏の内側を滑らせ、軌道を少しだけ外す。


鋏がしずくの横をかすめ、石畳を削る。

その隙に、しずくは大鋏剣を両手で開いた。

狙いは、右前脚の関節。

隙間にねじ込むように、大鋏剣を滑り込ませた。


「…切る」


硬い殻の隙間に刃が入り、節の柔らかい部分を挟み込む。

重い手応え。

しずくはそのまま、アタッカー型の筋力を乗せて押し切った。


嫌な音と共に、巨大ザリガニの右前脚が半ばまで裂ける。

灰色の怪物が、初めて大きく体勢を崩した。


「効いた!」


ほのかが叫びが響き、コメント欄も沸く。


『脚いった!』

『大鋏剣つよ!』

『ザリガニに鋏が刺さってる!』

『しずく前衛いけるぞ!』

『門番崩せる!』

『いやこのサイズでまだ立ってるの怖すぎ』


巨大ザリガニは、鋏を振り回すように暴れ始めた。

門番のように静かだったさっきまでとは違う。

傷つけられたことで、本能的な怒りが前に出ている。


鋏が横薙ぎに走った。


しずくは身を低くして躱し、ほのかは軽業で後ろへ跳ぶ。

ミコトは下がりながら、ホーリーバインドを準備する。


白い花びらが、衝撃で舞い上がった。


星明かりの庭園と月のない夜空。

そして、巨大な灰色の甲殻を持つ門番。


三層は、入口からすでに二層とは違っていた。

しずくは腕を軽く振り、大鋏剣を構え直す。


「…倒す」


ほのかが笑った。


「うん。まずはザリガニ攻略から!」


ミコトも、杖を握り直す。


「右側を崩します。無理せず、確実に」


巨大ザリガニが、再び鋏を鳴らした。

礼拝堂へ入るための最初の関門が、三人の前に立ちはだかっていた。

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