3-1
「それ焼けてるよ。焼けてるって。早く取れよ」
沼田は相変わらずのせっかちさでそう僕に命令し、その舌の根も乾かないうちに今度は「仕方ねえなあ」と言い、焼けたハラミを一枚網から取って、僕のタレ皿に置いてくれた。
「おう、悪い悪い」
僕は笑いながら生ビールをあおった。
銀座にあるが銀座らしくない、小汚いがリーズナブルでうまい肉を出す行きつけの焼肉屋で、僕と沼田は飲んでいた。年が明けた、一月の末のことだった。
「それで?なんか用あんだろ?」
沼田は焼けていく肉を神経質ににらみながら、吐き捨てるように言った。
「ああ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「頼み?なんだよ、なんか気持ち悪いな」
「お前、最近車買ったじゃん」
「うん」
「それでドライブにはまって、俺をドライブに誘うようになったってことにでもして、ちょくちょく二人で日曜日に遊んでるように、菜奈に対して口裏を合わせて欲しいんだ」
「なんだそれ。・・・女か」
「まあ、そんなとこ」
沼田は片面が焼けた肉たちを素早くひっくり返し、煙でちょっとむせて、それから「かあーっ」と小さく叫んだ。
「お前、菜奈ちゃんがいながら。ほんと、ずりい奴だな。大学行ってる時からそうだったよな、ちゃっかりしやがって」
「はは」
前年の年末に現実で初めて会ってから、僕は夢の彼女と度々会うようになっていた。お互いの休みの合う日曜日に(とはいえ菜奈にばれない程度の頻度で)月一、二回程度デートをし、彼女の仕事が休みである火曜日には、僕が仕事を早めに切り上げて新宿近辺で落ちあい、二週間に一度は夕食を共にしていた。その代わり、現実に彼女と会うようになってからは、彼女の夢は見なくなっていた。
不倫をするには、彼女は理想的な恋人だった。メールもLINEも、電話もあまりしてこない、「奥さんといつ別れてくれるの」などとも言わない、要するに面倒がかからない女性だったからだ。生まれて初めてする不倫だったが、僕はそれなりにうまくやれている自信があった。
しかしそれでも菜奈に感づかれないように万全を期すため、デートに出かける嘘の口実をつけるのに、大学生時代からの友人である沼田に協力してもらおうと考えたのだった。
「月に一回くらいかな、沼田とドライブに行くってことにして、家を空けるから、菜奈が疑って沼田に連絡してきたら、話を合わせておいて欲しい。それと、沼田の方からも、たまにでいいから、今日北島と出かけてきます、よろしく、みたいなことを、菜奈にメールして欲しい。出かける日は俺から連絡するから。頼む、お前以外にこんなこと頼める奴いないんだよ」
僕はそう言うと冷めかけた肉を口に入れてビールで流しこんだ。
「わかった、いいよ」
「そうか、助かる――」
「ただし条件つきな」
「・・・条件?」
「菜奈ちゃんに嘘つくたび、一回飯おごれよ。守らねえとお前が浮気してること、菜奈ちゃんにばらすからな」
沼田はそう言って笑った。僕はその言葉に安心した。やはり沼田に相談して良かった、と思った。
「嘘二回につき、飯一回で!毎回おごるのは厳しいっす」
「何言ってんだよ、マネージャーさん」
「いや、本当に。デート代もバカにならんしさあ」
「ああ?お前、ひそかに自慢かそれ」
この夜、僕と沼田は遅くまで飲み、くだらないよもやま話で盛り上がった。




