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2-3

彼女は今日、仕事が休みだということだった。僕も昼休憩の一時間くらいは会社に戻らなくても大丈夫なのだから、一緒に昼食をとることにした。せっかく東口の方に来たし、彼女が行ったことがないというアカシアという洋食店に行くことにした。


 新宿駅東口前の雑踏を並んで歩きながら、僕は興奮気味に彼女に話し続けた。


「それにしても、本当にびっくりしたよ」


「こんなことが現実にあるなんて」


「君も、毎週火曜日の夜、ずっと俺の夢を見てたの?初めは、そう、夏の終わりごろ、東京タワーの展望台に行ったね。覚えてる?突然あの夢に君が出てきて、現実に会ったことの無い人だから、不思議でさあ」


彼女はうるさくしゃべる僕に、落ち着いて相づちを打ち、私も驚いているけれど、何よりこうしてあなたに会えてうれしいです、と言った。


 アカシアは珍しく空いていて、店内は落ち着いた雰囲気に包まれていた。店の中ほどの、二人がけのテーブル席に案内された。僕はエビフライを、彼女はロールキャベツを頼んだ。料理を待つ間、いい加減僕の興奮も冷めてきて、二人の間に沈黙が訪れた。僕が手持ちぶさたにおしぼりで丁寧に手を拭いていると、ある言いにくいことに思い当たった。菜奈のことを話さなければならない。


「あのさ」


「はい」


「夢の中では話さなかったけど、俺、結婚してるんだ」


「・・・」


「ごめん。でも、妻にはもう愛情が無いっていうか、冷めてるんだ。気持ちは、君のほうにあるから。・・・本当は会いはじめてすぐに言わなきゃならなかったことなんだろうけど、ほら、夢の中ってそういうことを意識できないから・・・」


言えば言うほど、言い訳がましくなるのだった。


「いいんです、分かってましたから」


「え」


「だってほら、指輪」


「ああ」


 彼女に指さされて、僕は自分の左手にはまったそれを見た。つけているのを忘れていた。


「夢の中にも、しっかりつけてきていたじゃないですか」


「ああ、そう、そうだったっけ。・・・ごめん」


彼女はちょっと笑い、テーブルに置かれたコップを手に取り、一口水を飲んで、


「仕方ないですよ。あなたの言うとおり、いつの間にか夢の中で会うようになったんですから」


「分かってくれてうれしいよ。そういうわけで妻のいる身なんだけど、これから先も会ってくれる?」


「はい、よろしくお願いします」


「ありがとう」


 そこで料理が運ばれてきた。僕と彼女は会話を止め、食事をとった。それからは会話らしい会話はあまりなかったが、沈黙の中にも、彼女といる時はいつもあった、気まずさの無い、あのしっくりくる感じがただよった。彼女はロールキャベツを口に運び、咀嚼しながら、時々、(おいしいです)と心の内の言葉が聞こえてくるような、うれしそうな顔をしてみせる。僕もそれに笑顔で応える。(この感じ、この幸せな感じを現実に味わえるなんて)僕はそんなことを思うのだった。


 少し名残惜しかったが、食事を終えると僕は会社に戻ることにした。僕と彼女は連絡先を交換し、次に会う約束を取り付けて、アカシアの店の前で別れた。彼女は駅まで一緒に行きたいと言ったが、万一会社の同僚にでも見られたらまずいので、僕はそれを遠慮した。


「じゃあ、ここで」


「じゃあ」


 彼女は店の前で立ち止まり、僕を見送った。アカシアのある細い薄暗い路地を僕が歩きだすと、彼女と居て忘れていた寒さが体に絡み付いてきた。僕は少し歩くと後ろを振り返った。彼女はまだアカシアの入り口の木製のドアの前にいて、手を振ってくれた。僕はそれに応じると、再び前を向いた。路地の先に、スタジオアルタの看板が見えてきた。


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