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1-3

次の週の火曜日の夜、僕はまた彼女と一緒にお台場海浜公園にいる夢を見た。


人工的でちゃちな、しかしそれなりの美しさのある白い砂の浜辺は、今にも対岸に落ちそうな夕陽に照らされて、オレンジ色に染まっていた。僕と彼女は人のまばらな浜辺に並んで座って、目の前に広がる海を眺めていた。海は向こう岸まで数百メートルしかない入り江になっていて、その内海の右手には、こちらの岸から向こう岸までをつなぐレインボーブリッジが架かっている。そして向こう岸の正面には都心のビルの群れがそびえ立って、夕陽にそのコンクリートの壁を輝かせていた。


彼女は僕の横に体育座りして、彼女が教えているという個別指導塾の子供たちのことを饒舌に話した。


夕陽に照らされながら好きな子供たちのことを話す、その顔はいつものようにひどく美しかった。スッと通った高い鼻に、あごが鋭くとがっている面長の輪郭、透き通るような白い肌。そして奥二重で瞳の茶色い、見る者が吸い込まれそうになる大きな眼。小ぶりに引き締まった唇の両横には、話しながら笑みを浮かべるたびに小さなえくぼができる。髪は背中まである黒の長いストレートで、オールバックにして狭い額を丸出しにしている。海風に吹かれて髪がなびくと、そのたび髪を額の上から後頭部へかきあげる。彼女は僕より背が高いくらいで、その細長い手足を畳むように座って、分厚い黒のピーコートに身を包んでも、モデルのような恵まれた体型が目立つのだった。


僕はそんな彼女の容貌をそばで眺め、改めて魅かれる自分を感じた。何はともあれ、男女の交際に、相手のルックスはやはりある程度重要だ。・・・彼女の話は続いた。


「そういえば、夏ごろだったかな、すごく切なくなっちゃったことがあって」


「ふうん、何?」


僕は左隣に座る彼女の肢体と顔に感心しながら、彼女の話に相づちを打つ。


「小学五年生の女の子なんです。私はその子の担当はしていないんですが、たまたまその子の補習授業を一度受け持ったことがあったんです、一対一で。五年生にしては体が小さくて細い、顔色の悪い、見るからに幸薄そうって感じの子なんですけど」


「うん」


「九十分間、ずっと勉強しっぱなしだと息が詰まるから、途中雑談したんです。そうしたら春に両親が別れたって言うんです。その子は母方に引き取られたそうで、それで・・・」


「それで?」


「なんであんなこと言っちゃったんだろうって今でも思うんですけど、私、つい『何でお父さんとお母さん、別れちゃったんだろうね』って聞いちゃったんです。そうしたらその子、間髪入れず『私が悪い子だから』って答えたんです。『だからお父さん、出ていっちゃったんだ』って。私、『きっとそんなことないよ』って言いたかったんですけど、タイミングを外しちゃって、言ってあげられなくって」


「そうなんだ。それは切ないね。なんていうか、塾の先生も大変だね」


「うん、でも・・・いいこともあるんですよ」


「例えば?」


「例えば・・・」


 そう言いかけて彼女はちょっと黙り、僕の顔を見ていたその目線を切って、海の方を向いて、


「そう、例えばこの間、この間って言っても一ヵ月くらい前になるかな、新宿高校を受けたいっていう中三の男の子がいて。元サッカー部の、けっこうかっこいい子なんですけど」


「うん」


「思春期と反抗期なんでしょうね、とにかく全然しゃべらないんです。初め私嫌われてるんじゃないかと思ったくらい。でも教えてるうち分かったんですけど、その子、親ともまともに会話しないんですね。仲のいい男友達以外とは、まるでしゃべらないらしくて」


「そういうの俺にも覚えがあるよ」


「授業して、『分かった?』って聞いても返事すらまともにしてくれないから、教えにくいのは確かなんですけど、私、この子がどう思ってるにしろ自分はこの子のこと嫌いじゃないんだからって思うようにして、辛抱強く教えてたんです。それで、授業が終わってその子が帰る時、その子のお母さんが車で迎えに来てくれる塾の前の道路まで、毎回私、見送りしてたんです。そうして、車の後部座席に乗ったその子にさよならの意味で手を振ってたんです。そうするとその子は決まり悪げに会釈を返してくれてたんですけど、それがこの間、私が手を振ったら、恥ずかしそうに手を振り返してくれたんですよ」


「ああ、それはうれしいだろうね」


「それからは、毎回手を振り返してくれるようになって。あれはうれしかったなあ」


彼女はそう言いながら微笑んで、恥ずかしげに、ブーツの底で浜辺の砂をざりざり踏みつけた。


 いつの間にか陽は内海の向こう岸に建ち並ぶビルの中に落ちて、夜空に星が輝きはじめた。レインボーブリッジは七色にライトアップされ、向こう岸のビル群の窓の中の明かりと、そのビルの頂上に光る飛行機避けの赤いライトが眩しい。彼女は再び僕の方を向いて、


「ごめんなさい、今日は私ばっかり、好きなこと話して」


「いやいいんだよ、面白いから」


「そうですか。・・・あの」


「うん?」


うれしいような、悲しいような、どっちつかずの微妙な顔をした。


「好きです。あなたのこと。もうどうしようもないくらい。・・・手に入らないなら、ちょっと、殺したいなって思うほど」


 突然の、少し変わった告白に、僕はうれしさと驚きで一瞬固まった。次の瞬間、心の中で、(俺もだよ、殺したいっていうのは行き過ぎだけど)と呟いたが、それは既にタイミングを逸してしまっており、結局何も口には出せなかった。


 その時海から風が吹いた。彼女はその風で乱れた長い髪をかきあげると、その腕を伸ばして、膝の上に置いてあった僕の手のひらに、手を重ねてきた。


「あの」


真剣な表情だった。その瞳は涙でうるんでいた。


「来週の火曜日、昼の十二時に、新宿駅・・・新宿駅の、中央東口改札で、待っています。夢じゃなく、現実で。きっと、来てください」


彼女の体温が手を通して伝わってきた。僕は彼女に言われて、ああこれはまた夢か、と気づき、気づくと同時に、いつもの夢の通り、からからからと僕の周りの世界が崩れ、色あせていった。


いつも通りの水曜日の朝だった。僕はベッドの上に上半身を起こし、しばらく夢の幸せな余韻に浸っていた。幸せな気分になると同時に、彼女が最後に言った、「現実で」という一言をひどく気にした。


 いくら夢が気になっても、僕は会社に行かなければならない。リビングに行くと、やはり菜奈が布団で寝ていた。菜奈の寝ている姿を見た瞬間、僕は左手に残った夢の女の温もりと、なまめかしい肌触りを思い出して、激しく欲情した。そのまま菜奈のそばへ行き、布団を剥いで襲いかかった。


「ん、ちょっ・・・と」


 菜奈は半分眠りながら軽く抵抗したが、その抵抗も僕の性欲をたかぶらせただけだった。菜奈が僕から逃げるようにうつぶせになったところを、僕は菜奈のパジャマのズボンと下着を下ろして、ウサギのように後ろから犯した。


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