表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

6-1 エピローグ

 六月のとある日曜の、蒸し暑い午後のことであった。沼田光二は都立M病院の第二駐車場に愛車を着け、精神科専門の病院としては都内一の敷地面積を誇る院内へと足を向けた。目的は、ここの開放病棟に入院している北島友紀斗の見舞いだった。


 巨大な待合スペースの一画にある、スターバックスコーヒーの店内(この病院の中には患者やその付き添い人、見舞い人の為にスターバックスコーヒーがあるのだ)で、なんちゃらフラペチーノを飲んでいた北島菜奈と落ち合った。もうすぐ妊娠六ヵ月になる、お腹の膨らんだ菜奈は、沼田がやってくると、「ゆっくり飲んでていいよ」と沼田が言うのにもかまわず、ずずずず、と音を立ててなんちゃらフラペチーノを急いで飲み干し、店を出た。


入院病棟へと足早に歩きながら、菜奈は、隣に並んで歩く沼田に、見舞いに来てくれたことに何度も礼を言った。


友紀斗の居る病室は入院病棟西棟というところの四階にあったので、二人はエレベーターに乗った。エレベーターはかすかに薬品の臭いがした。四階に着き、エレベーターを降り、正面にある西棟へ入った。


棟の中に入ると、入り口の近くはソファと何脚かの椅子とテーブルとがある談話スペースになっていて、三、四人の患者たちが、ぼんやり生気も無くテレビを観たり雑誌を読んだりしていた。その先は受付で、カウンターを隔てたその奥では医師や看護師がデスクワークをしているのが丸見えになっていた。そこから先は廊下が一直線に伸びており、右手には病室の入り口が、左手には窓が並んで、初夏の陽射しがさんさんと廊下に降り注いでいる。


菜奈が受付を済まして、二人で一番奥の病室まで歩いた。すれ違う、部屋着を着た患者たちは、みな一様にどろんとした眼をこちらに向けてくる。その視線に対し会釈を返しながら、二人は友紀斗の病室へ辿り着いた。


友紀斗は四人部屋の窓際のベッドで、髭を伸ばし疲れきった青白い顔を窓の外に向けていた。沼田と菜奈がそこへ入ると、


「おう」


と、わりあい元気そうな声をあげて二人を見、


「二人だと、ここ、椅子が足りないから・・・談話コーナーに行こうか。病室だと話し声が他の患者さんに迷惑になるし」


と続けた。


 そういうわけで三人は今来たばかりの廊下を引き返し、談話スペースへ行って椅子に座った。そこで沼田が見舞いに持ってきていた焼き菓子を渡し、友紀斗と菜奈が礼を言った。その後他愛も無い雑談が数分間あって、それから沼田が、


「どうだ、具合は。思ったより元気そうだな」


と、親友に声をかけた。すると友紀斗は突然表情を曇らせ、前かがみになって、上体を前後に揺らし始めた。そうして早口にまくしたてた。


「前に言ったろ、浮気したって。その相手がさ、やってくるんだよ、俺を殺しに。夢の中で、毎晩毎晩。だから眠りたくないんだけど、最近は昼寝してる時にも彼女が来る夢を見るようになっちゃって。・・・問題は、医者も誰もそのことを信じてくれないことだよ。俺はおかしくなってなんかない。なのにみんな、病気なんだって言う。本当に、彼女は居るのに」


「友紀斗、それは考え過ぎなだけだよって、先生に言われたでしょ?」


菜奈が横から子供をあやすように言った。すると友紀斗は菜奈をキッと睨み、両手で頭を抱えて、相変わらず体を揺らしながら、


「お前は黙ってろ!」


唐突に叫んだ。談話スペースに居る他の患者たちが、ぱっと友紀斗の方を向いた。


「なんにも・・・分かってないだろ。いやごめん、菜奈は少しも悪くないな。とにかく、また明後日の火曜日の夜には、彼女がやってくるんだ。そうしたら俺はまた拷問される。ふふ、ふふふ・・・おかしいだろ、夢なのに本当に痛みもはっきりあるんだ、そう、また・・・うう、うわああああーっ、嫌だ嫌だ嫌だっ・・・」


友紀斗は再び叫び出し、両手で頭をばりばり掻いた。叫び声を聞きつけた看護師二人と医師一人が飛んできた。その中の、二十代前半と見える化粧の濃くて元ギャルと言った感じの女性看護師が、颯爽と友紀斗に近づいて、彼を抱きしめて背中をさすり、


「はい北島さーん、大丈夫ですからねー。大丈夫ですよ、お薬飲みましょうねー」


となだめた。


 友紀斗はその若い看護師を信頼しているのか、いくらか落ち着いて、頭を掻くのをやめ、ふうっ、ふうっ、と肩で息をついた。周りの患者たちは、騒ぎがひと段落したと判断して、何事も見なかったようにテレビを眺めたり雑誌を読んだりというそれぞれの日常に戻った。


 沼田は友の変わり果てた言動にショックを受け、顔を真っ赤にしてじっと友紀斗を見つめていた。しかしやがて椅子から立ち上がり、友紀斗のそばに行き、細かく震えている友紀斗の肩に手を置くと、


「北島、大丈夫だからな。俺も菜奈ちゃんも居るから。大丈夫、ゆっくりすれば悪い夢なんて見なくなるよ」


と、こみあげてくる熱いものを抑えながら言った。そんな沼田の言葉を、菜奈はハンカチを目元にあてがいながら聞いている・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ