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5-5

 その夢を見た次の日からも、また彼女がアパートから僕のマンションへやって来る夢が繰り返された。彼女は今度はチェーンソーを宅配で受け取り、大きなボストンバッグに入れて、それを脇に抱えて夕暮れの高円寺を出発した・・・。


その後も、夢の中で彼女は凶器だけ毎回替えて僕を襲いにやって来るのだった。


 彼女の夢は非常にリアルで、僕はそれを見る恐怖にだんだん押しつぶされそうになっていった。そこでなんとか夢を見ないようにする努力を始めた。


 僕が真っ先に思いついたのは、スマートフォンの目覚ましアラームを普段より早くかけることだった。夢というのは、実は目が覚める直前の数十分間しか見ないものだということを、昔何かの本で読んだことがある。それならば、夢を見始める前にアラームで強制的に目を覚ましてしまえば、彼女の夢は見ずに済むのではないか。そう思ったのだ。しかしこれは無駄に終わった。アラームを四時半にセットしても、四時にセットしても、どういうわけだか彼女の夢はアラームが鳴る直前にしっかり僕の脳内に現れてしまうのだった。


 そこで今度は逆にうんと睡眠を深くして夢を見ないようにする手を考えた。心療内科へ行って不眠症であると告げ、効き目の長い睡眠薬を処方してもらい、飲んでみた。だが、これも効果は無く、相変わらず彼女は夢に登場し続けた。


 僕は夢を見たくないという思いから眠りにつくのが遅くなり、本当に不眠症になり始めた。夜遅くまで眠らずにリビングで晩酌をしていることが多くなった。それも、この後またあの悪夢を見て、起きたら寝不足で疲れた体を引きずって会社に行かなければならないのか、などと思いながら飲むので、まるでいい酒にならない。大抵、発泡酒片手にソファに体育座りで座って、テレビも点けずに、進んでいく壁掛け時計をただ見つめていた。爪を深爪するまで噛む悪癖ができた。仕事中も彼女の夢のことで頭がいっぱいになることが多くなった上、寝不足も重なって大切な商談中にもボーっとしてしまう。上司はそんな僕を呼び出し、最近お前の勤務態度には問題がある、自己管理がなっていないんじゃないか、と注意した。


 菜奈はそんな僕を心から心配してくれた。心療内科に付き添ってくれ、僕が早朝夢にうなされて目覚めた時は、よく一緒に目を覚まし、何も言わず僕の頭をなぜてくれた。眠れない僕が、深夜、寝室から起きだして深酒している時、菜奈も起きてきたことがある、その時菜奈は僕から飲みかけの発泡酒を引ったくり、泣きながら台所のシンクにそれを流すのだった。しかしそんな菜奈にも僕は全てを打ち明けることができず、ただ単に悪夢を見るので眠れないのだと話しただけだった。それはもちろん夢に出てくる彼女と不倫をしていたことを打ち明けられないためと、そもそも彼女とは現実に会うより先に夢の中で会い始めたのだという、およそ非現実的なことまで話して、いよいよ頭がおかしくなったのかと思われたくないからだった。


 彼女の夢を、アパートでテレビを観ているところから僕を襲うところまでを1クールとすると、それが6クール目に入ったところで、僕は最終手段に出た。それは彼女にこちらから現実に連絡を取ることだった。


果たして現実の彼女が夢の中でデートをしていた時と同じように、僕と同じ夢を見ているのか、更にはその夢を見ることに彼女の意思がどれだけ含まれているのかは正確には分からなかった。しかし彼女と別れたいきさつと、今の夢の内容とを考えると、恐らく現実の彼女が望んで僕にこんな夢を見させているのではないかと思われた。いずれにしろ、彼女に連絡をすれば何かしら状況が打開されるように思えたし、もうそれ以外解決策は思い浮かばなかった。今の彼女に連絡を取ることは、あまりにも気味が悪くてしたくなかったのだが、もう背に腹はかえられないという気持ちがした。


僕はスマートフォンから彼女の連絡先を既に消してしまっていたが、着信履歴やメールの履歴は残っていた。僕はまず電話をかけた。しかし、「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」というアナウンスが虚しく流れただけだった。メールを送っても、LINEのメッセージを送っても、返信は無かった。


そうしているうちに、毎日の夢の中で彼女は再び僕のマンションに近づいてきた。彼女は、今回はハンドバッグの中に包丁と彫刻刃のセットを入れて、鼻歌混じりで高円寺から僕のマンションまでの道のりをやってきていた。


僕はたまらなくなり、とうとう直接彼女のアパートへ行くことにした。彼女のアパートへは行ったことは無いが、夢の中で何度も彼女がそこから僕のマンションまでやって来ている。もし現実に彼女がそこに住んでいるとすれば、その道のりを逆に辿ってアパートへむかえば、彼女に会えるはずだった。

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