第三話
翌朝、私は激しく揺れるバスに乗ってイビト隊の支部所に訪れた。
受付に職員証を見せ、用件を伝えて待つこと二十分、二人の男性職員が現れた。
ひとりは高身長で血色の良い男だった。もうひとりは私と同じくらい……おそらく、百七十はある身長だが、肌が青白く、やや恰幅の良い見た目をしていた。
「いやぁ、お待たせしました。遠路はるばる、茨城県にようこそ。私、事務の中西と申します」
恰幅の良い男は目を細め自己紹介した。白い肌だからか、瞼に残ったクマが目立って見えた。
「本部調査隊の種浦です。こちらこそ、お時間いただきありがとうございます」
「いえいえ!本部の方が来てくださると聞きましたから、手伝わないわけにはいきませんとも!」
中西はわざとらしい抑揚のついた喋り方をしながら、ヘラヘラと笑っていた。
「本来なら解禁されてる時期ですが、あの天気でしょう……まだ封鎖中なんですよ。特に禁足区域部分については、県と我々しか持ってない鍵が必要になりますから、今回の調査では私も同行いたします」
「ありがとうございます。ところで、こちらの方は──」
「自分は鎮静班所属の町田前であります!!」
血色の良い男が大声で自己紹介した。唐突だったので驚いたが、中西さんも同じく驚き、
「ま、町田前くん!大声で話すのはやめろ!」
と、彼に負けじと大声で注意した。
町田前くんは結局同じくらいの声量で謝っていたが、はたして伝わっているのだろうか。
「いやすみません。彼、町田前くんは鎮静班に所属されてまだ二年目の若輩でして、まだ張り切りすぎる癖があるんですよ」
「鎮静班?」
「暴走する怪異や怪異人種を制圧する為のハンであります!」
私が聞き返すと、町田前くんが大きな声で答えた。
私は圧倒され、中西さんはため息をついた。
鎮圧班。あまり聞き覚えがないが、支部所の人員状況によって組織構成が異なる場合があるらしい。私の聞き馴染みがあるのは、また別の班名だった気がする。
「はあ……して、彼は、我々に同行するのですか?」
「自分から用心棒として立候補しました!!脅威となる怪異がいる場所にひとりで向かわせるのは良くないかと思いましたので!」
町田前くん自ら弁明してくれた。
「今回は一次偵察だから、武力介入は予定していない。同行いただくのは申し訳ないかな……それに君も忙しいのではないのかね?」
「いえ、上司には説明済みですので!」
私にそう答えた町田前くんの瞳は、とても澄んでいるように見えた。中西さんに視線を向けると、苦笑いでお手上げとしていた。裏表がなさそうだが、彼の上司は日々扱いに困っていそうだ、なんて邪推してしまった。
私たちは三人で、狐山へと向かった。
道中は町田前くんが何故機関に入ったのか、彼自ら話してくれた。
なんでも昔助けられたヒーローがイビト隊所属だったらしい。
あぁ、そうだ。イビトというのは怪異人種の俗称だ。
真ん中の「異人」を取り出してそれを略称にしたとか、怪異人種自体、昔は化人と呼ばれていて、当時はイヒトと呼ばれていたとか、いろいろ俗説があるらしいが、まぁどれも確固たる信憑性があるわけではない。まぁどうでも良い与太話だ。
それで、町田前くんは助けられたヒーローに憧れて、自分もイビトになるのを目指したとかなんとか言ってたが、山の麓に着くころにはもう詳細を忘れた。
麓に着き車から降りた私は、薄日の空を見上げた。
雪が降っている。小さな雪だが、天気予報では今日は降らないはずだった。
「この時期にそもそも雪は降りません。これもきっと、怪異か、怪異人種の仕業でしょう」
私の心でも読んだのか、町田前くんが言った。
「根拠はなんだ?」
「根拠?」
「そう。君が怪異か怪異人種の仕業だと思った根拠だ」
私が町田前くんに尋ねると、彼は答えるのをしどろいだ。
季節外れの天気が起きることは珍しくない。今回の雪もその一例だという考えはなかったのか。
反対意見を言ったのは中西さんの方だった。
「この山は半月前に雪がとけて、県全体的が春を迎えました。梅が咲いたりもしたものです。その証拠に、あれをご覧ください」
中西さんが指した先に私は近づいた。一見、小さな雪の山かと思ったが、よく見ると梅の花が見えた。
「一度梅の花が咲いていたんです。作為的に行わなければこうはなりません」
中西さんと そこを覗きながら答えた。なるほど、言いたい事はわかる。
「歩いていけばわかりますが、動物達の足跡もあります」
「冬眠明けの動物もいたのか……確かに、誰かが作為的に雪を降らせているのだろうな」
私がぼやいた言葉に町田前くんは力強く頷いていた。
私たちは入山した。入山入口の錠は普通の鍵だった。私たちは雪が積もった階段を慎重に登って行った。
町田前くんが言っていたとおり、階段から見える雑木林の間には、真新しい獣の足跡が見えた。
穏やかな降雪のなか、慎重に、着実に歩を進める。およそ五十段ほどを登りきると、踊り場に着いた。
踊り場の中心あたりに大きな銅の門が立ちはだかった。よじ登れる場所も、くぐる隙間もない。先に進むには、門扉につけられたかんぬきを外すほかはなさそうだった。
「少々お待ちください……ここで第二の鍵を使用します」
中西さんは門の前まで歩き出し、懐から布包みを取り出した。
A5サイズほどの手帳が入っていそうな布を解くと、想定していたサイズと同じくらいの木箱が出てきた。
中西さんは木箱の蓋を外し、中から下駄箱鍵のような、四角い板を取り出した。
下駄箱鍵はそこまで古くなさそうで、達筆な文字が書かれていた。中西さんはかんぬきをとめている金具に鍵を差し込んだ。
かんぬきが外れ、門が開く。
その先で待ち受けていたのは、さらなる銀風景だった。遠くも近くも雪が積もっていて、先の石段は凍っていた。
登れば登るほど、雪の勢いは増していた。当然、視界も最悪になる。
「まさかそこにいるのではあるまいな!?」
町田前くんが彼方をを睨みながらどこからともなく刀を取り出した。その瞬間、吹雪が強まったような気がした。
「これはかなわん、引き返そう!」
私は中西さんと町田前くんに叫んだ。このメンバーで挑むのは良くなかったかもしれない。私たちは下山した。
階段を滑り落ちないよう、慎重に足を運んだ。ふもとを見る分には風は穏やかになったが、いっときでも登ろうとすると風が強くなった。
町田前くんも言ったとおり、誰かが私たちを見張っているようだ。かといってすぐに敵対する必要はない。むしろこの行動は浅はかだった。
第二の門まで降りた。門扉を開ける前に、中西さんが持っていた紙袋を柱に置いた。
「それは確か、道中で預かったものですよね」
「えぇ。よく神社にお参りしていた人で、私と顔見知りだったんです。あの山に行くなら代わりにお供えしてほしいと言われたんですよ」
私は中身を見させてもらった。お酒とみかんが入ってあった。
「今日行けたら良かったんですがねぇ」
中西さんは山の上を眺めながら呟いた。穏やかだが素早い風が雪を運んでいた。
あの先に怪異がいるというならば、なぜ私たちを拒むようになったのだろう。
そんなことを考えながら、山をあとにした。




