第5話 まとまった縁談
庭園から戻ると、応接室では両家の両親が楽しそうに話をしていた。
「おかえりなさい、二人とも」
母が笑顔で迎える。
「どうでしたか?」
「……」
クラウスは、ちらりと隣のリリアを見る。
リリアは穏やかな表情で、両親のほうへ歩いていった。
「とても素敵なお庭でした。紫の薔薇も、とても綺麗でした」
「それはよかったわ」
母が嬉しそうに笑う。
その様子を眺めながら、クラウスは考えていた。
リリア・ベルフォード。
あの夜、東屋で出会った令嬢。
自分が侯爵家の嫡男だと知っていたにもかかわらず、必要以上に近づいてくることもなかった。
今日も、妙な媚び方をするわけでもない。
自分が疲れていることを気にかけて、眉間の皺を指摘してきただけだ。
――変わった令嬢だ。
だが。
嫌ではない。
むしろ、あれほど警戒していたというのに、彼女と一緒にいても妙に疲れなかった。
「クラウス」
父に呼ばれ、顔を上げる。
「リリア嬢とは、どうだった?」
「……そうですね」
クラウスは少し考えた。
正直に言えば、まだ何も分からない。
彼女がどんな人間なのか。
これから一緒に暮らせるのか。
夫婦としてやっていけるのか。
そんなことは、今日一度会っただけでは判断できない。
けれど。
いずれ自分は、誰かと婚姻しなければならない。
侯爵家の跡取りである以上、それは避けられないことだ。
ならば――。
誰でも同じではないか。
そう思ったところで、クラウスはふとリリアを見る。
少なくとも彼女は、自分を侯爵家の跡取りとしてしか見ていないようには思えなかった。
あの夜も。
今日も。
ただ、疲れている一人の人間として接してきた。
それなら。
――リリア嬢でも、いいのではないか。
それは恋ではない。
胸が高鳴るわけでもない。
彼女を特別に求めているわけでもない。
ただ、これから先、誰かと結婚しなければならないのなら。
自分が嫌だと思わない相手がいい。
少なくとも、彼女となら。
「……私は、構いません」
「本当か?」
父が少し驚いたように聞き返す。
「はい」
クラウスは静かに頷いた。
「リリア嬢との縁談を、進めていただいて構いません」
「まあ……!」
母が嬉しそうに声を上げる。
向かいでは、ベルフォード侯爵夫妻も顔を見合わせて微笑んでいた。
そして。
「リリアはどうかしら?」
母に尋ねられたリリアは、少し驚いたように目を瞬かせる。
それから、クラウスを見る。
「私は……嬉しいです」
柔らかな笑顔。
その笑顔を見ても、クラウスの胸は騒がなかった。
ただ。
なぜか、少しだけ悪くない気分だった。




