第4話 バラの庭園
クラウスは、目の前の令嬢を見つめた。
間違いない。
あの夜、東屋で出会った令嬢だ。
まさか、こんなところで再会するとは思わなかった。
だが――。
「初めまして。リリア・ベルフォードと申します」
リリアは柔らかく微笑み、丁寧に頭を下げた。
「……初めまして」
予期せぬ初対面の挨拶に一瞬遅れて、クラウスも礼を返す。
そのまま席につき、両家の挨拶が始まった。
ベルフォード侯爵夫妻は、評判通りの人柄だった。
穏やかで、気さくで、それでいて礼儀を欠くことはない。
クラウスの父とも以前から付き合いがあったらしく、仕事の話から領地の話まで、自然な会話が続いていく。
「いやあ、先日の視察では大変お世話になりました」
「こちらこそ。あの件は私も勉強になりましたよ」
両家の侯爵夫妻が楽しそうに談笑する。
その様子を見ていると、クラウスも少しだけ肩の力が抜けた。
少なくとも、家同士の顔合わせとしては申し分ない。
問題は――。
向かいに座るリリアだった。
クラウスはちらりと彼女を見る。
リリアは両親の会話に耳を傾けながら、ときおり小さく笑っている。
夜会で見たときと同じだ。
人の話を聞くとき、急かすこともなく。
相手の言葉を最後まで聞いてから、穏やかに返す。
どこか、ゆったりとしている。
――警戒する必要はない。
そう思う自分と、
――いや、まだ分からない。
そう警告する自分が、クラウスの中でせめぎ合っていた。
そんなときだった。
「クラウス」
母が声をかけた。
「はい」
「庭園のバラが見頃を迎えていますよ」
母はにこりと笑う。
「珍しい紫の薔薇が咲いていますから、リリア嬢を案内して差し上げて」
「……私が?」
「ええ。せっかくですもの」
有無を言わせぬ笑顔だった。
クラウスは一瞬、母を見る。
そして向かいのリリアへ視線を移した。
「よろしければ」
リリアは嬉しそうに頷いた。
「はい。ぜひ見てみたいです」
こうして二人は庭園へ向かうことになった。
庭園をゆっくりと歩く二人。
クラウスが口を開く。
「君が、リリア嬢だったとは……」
「はい、クラウス様」
リリアは少しだけ目を丸くして、それからふわりと微笑んだ。
「……君は、あの夜のことを覚えていたのか?」
「はい、覚えていました」
迷いのない返事だった。
クラウスは思わず足を止める。
「では、なぜ……初めまして、と?」
「あのときのクラウス様は、私のことを覚えていらっしゃらないと思ったのです」
「……」
「ですから、今日初めてお会いしたように、ご挨拶したほうがよいのかな、と」
そう言って、リリアは少し照れたように笑った。
「でも……覚えていてくださったのですね」
その言葉に、クラウスはわずかに目を見開いた。
自分が覚えていたことを、彼女は嬉しそうに受け取った。
それが、なぜだか妙に胸に残った。
「……ああ。覚えていた」
短く答えると、リリアはまた嬉しそうに笑った。
「よかったです」
「ですが、私はクラウス様だと気づいていましたよ」
「……え?」
クラウスが振り向く。
彼女は自分がクラウスだと知っていた。
クラウスは自身を優良物件であると自覚している。
侯爵家嫡男で婚約者が決まっていない男に興味を持たない令嬢などいないと思っている。
「……なぜ?」
心底不思議な顔をしたクラウスが尋ねる。
「気づいていたのに、なぜあのような当たり障りのない会話を?」
リリアは少しだけ困ったように首を傾げた。
「だって、お疲れなのに自己紹介をするのは大変でしょう?」
「……」
「少し休みたいのかなと思ったので」
あまりにも自然に言われて、クラウスは返す言葉を失った。
アデラインをはじめとする令嬢たちとは、まるで違う。
名前も、家柄も、何も聞かなかった。
ただ、自分が疲れていることだけを見ていた。
それから少し歩いたところで、リリアがふとクラウスの顔を覗き込む。
「今日もお疲れですか?」
「……なぜ?」
「だって、ほら」
リリアが自分の眉間を指差す。
「眉間に皺が寄っていますよ」
「……これは、いつものことだ」
「そうなのですか?」
「……たぶん」
「では、今日は特にお疲れなのですね」
「なぜそうなる」
「いつもより、少し怖いお顔をされていますから」
「…………」
悪意の欠片もない。
むしろ本気で心配している顔だった。
クラウスは返す言葉を失い、やがて小さく息を吐いた。
不思議だった。
あれほど警戒していたはずなのに。
彼女と歩いていると、なぜか肩の力が抜けていく。
ふと横を見ると、リリアは庭に咲く花を眺めながら、楽しそうに微笑んでいた。
クラウスの隣ではあるものの、無理に会話をしようとはしない。
色とりどりの花を眺めながら、時折足を止める。
「綺麗ですね」
「そうですね」
「あちらの薔薇も素敵です」
「……あれは今年植えたものです」
「そうなのですね」
それだけ。
会話は続かない。
けれど、不思議と気まずくなかった。
クラウスは、少し意外に思っていた。
普通なら、婚約者候補との二人きりの時間となれば、何かしら自分に好印象を与えようとするものではないだろうか。
なのに、リリアは庭の花を眺めているだけだ。
自分に気に入られようとしているようには見えない。
――変わった令嬢だ。
そう思った。
あれほど警戒していたというのに。
気がつけば、クラウスの肩から力が抜けていた。
そんな自分に、クラウス自身が一番驚いていた。
本作は2作目の投稿となります。
ちょっとでも面白いと感じて頂けたら、ブックマークと評価をよろしくお願いします!!
前作「彼女が眼鏡を外したら」が日間総合ランキング280位にランクインしました!!皆さんありがとうございます!喜びを噛み締めてます!!
是非合わせてお読みください。
こちらは、女性嫌いな上司と恋愛に無縁なヒロインが、ゆっくり愛を育むお話です。職場で真面目に働く部活が、休みの日に髪を下ろしメガネを外した可愛い姿を見てから2人の恋が動き出します。仕事は完璧なのに、恋に不器用なふたりを是非見守ってやってください。全42話ハッピーエンド確約です♡
皆様の応援が日々の励みとなっています!!




