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第3話 顔合わせ

アデラインとの一件以来、クラウスは変わった。


 以前から口数が多いほうではなかったが、それまで以上に人との距離を置くようになった。


 特に女性には顕著だった。


 どれほど美しい令嬢に声をかけられても、必要最低限の言葉しか返さない。


最低限の言葉しか返さないならまだしも、嫌味を添えて返すことも。


 笑顔を向けられても、好意を示されても。


 そこに何か裏があるのではないかと疑う。


 そんな息子の姿を、父はずっと見ていた。





「……クラウスに、そろそろ縁談を勧めてみるか」


 ある日のこと。


 侯爵は妻にそう切り出した。


「あなた……」


 妻も、少し困ったような顔をする。


「クラウスは、まだあの一件を引きずっているのでしょう?」


「ああ」


 侯爵は小さく息を吐いた。


 あれ以来、クラウスが女性と親しくしているところを見たことがない。


 婚約の話を持ちかけようとしたことも、何度かあった。


 だが、そのたびに。


 ――まだ必要ありません。


 そう言って、きっぱり断られてしまった。


 無理に勧めることもできなかった。


 息子が傷ついたことを、誰よりも近くで見ていたからだ。


 とはいえ。


 クラウスはもう二十五歳。


 侯爵家の嫡男であり、いずれ家を継ぐ身だ。


 いつまでも一人でいるわけにもいかない。


「そろそろ、身を固めてもらいたいとは思っている」


「ええ。私もそう思います」


 妻は少し考えてから、ふっと笑った。


「それなら……ベルフォード侯爵家はどうでしょう?」


「ベルフォード?」


「ええ」


 ベルフォード侯爵家。


 王都でも評判の良い侯爵家だ。


 領地経営も堅実で、社交界での評判も悪くない。


 何より――家族仲が非常に良いことで知られている。


「確か、娘がいたな」


「リリア嬢ですね」


「ああ」


 侯爵は記憶を辿る。


 確か、二人の兄を持つ末娘だったはずだ。


「ベルフォード侯爵も、そろそろ娘さんに良い縁談を、と考えているそうです」


「なるほど」


 侯爵はしばらく考えた。


 クラウスに合うかどうかは、実際に会ってみなければ分からない。


 それに、これはあくまで縁談だ。


 いきなり婚約を決める必要はない。


「……まずは、顔合わせだけでもしてみるか」


「ええ。それがいいと思います」


 こうして。


 クラウスに、ひとつの縁談話が持ち込まれることになった。





「縁談、ですか」


 父から話を聞いたクラウスは、眉間に皺を寄せた。


「そうだ」


「……」


 予想していなかったわけではない。


 いつか自分も、侯爵家の跡取りとして誰かと婚姻を結ばなければならない。


 そんなことは、クラウス自身も分かっている。


 むしろ、避け続けることのほうが無責任だ。


「お相手は?」


「ベルフォード侯爵家のご令嬢だ」


「……ベルフォード侯爵家」


 その名を聞いて、クラウスは記憶を辿った。


 当然、知っている。


 侯爵家の嫡男として、主要な貴族家の家系や人間関係は頭に入っている。


 ベルフォード侯爵家。


 当主は温厚な人物で、領地経営も安定している。


 夫人との仲も良く、二人の息子と末娘の三人の子どもを大切にしていることで有名だった。


「ご令嬢の名前は?」


「リリア・ベルフォード嬢だ」


「……リリア嬢」


 名前にも聞き覚えがある。


 だが、顔は知らない。


 社交界に出るようになってからも、クラウスの周囲には多くの令嬢が集まってきた。


 だからこそ、必要以上に女性の顔を覚えることを避けていた。


 ましてや、リリア・ベルフォード嬢とはほとんど接点がない。


「一度、会ってみるだけでいい」


 父の言葉に、クラウスはしばらく黙っていた。


 縁談そのものに乗り気ではない。


 だが――。


「分かりました」


 やがて、静かに答えた。


「一度、お会いします」


 どうせ、いつかは誰かと結婚する。


 侯爵家の跡取りである以上、自分の感情だけで生きるわけにはいかない。


 恋など、必要ない。


 そう思っていた。


 むしろ、もう期待しなければいい。


 相手が自分をどう見ているのか。


 何を求めて近づいてくるのか。


 それさえ見誤らなければいい。


 クラウスは、そう自分に言い聞かせた。


 そして迎えた、顔合わせの日。






 クラウスは、応接室へ向かう廊下を歩いていた。


 今日はベルフォード侯爵家から、侯爵夫妻と令嬢が訪れている。


 クラウスはすでに警戒していた。


 相手がどんな令嬢なのか。


 自分に何を求めているのか。


 最初から、簡単に心を許すつもりはない。


 そうして応接室の扉が開かれた。


「お待たせいたしました」


 父に続いて、クラウスも部屋へ入る。


「こちらが息子のクラウスです」


「初めまして。クラウス・グランディールと申します」


 侯爵夫妻に向かって、完璧な礼をする。


 そして。


「リリア」


 ベルフォード侯爵に促され、一人の令嬢が立ち上がった。


「はい」


 柔らかな声。


 クラウスが顔を上げる。


 その瞬間――。


 目が合った。


「……!」


 クラウスの目が、わずかに見開かれる。


 見覚えがある。


 忘れるはずがない。


 夜会の喧騒から逃げるように庭へ出た、あの夜。


 東屋で出会った令嬢。


「夜会にお疲れですか?」


 そう言って、穏やかに微笑んでいた――。


 あの令嬢だった。

本作は2作目の投稿となります。

ちょっとでも面白いと感じて頂けたら、ブックマークと評価をよろしくお願いします!!


前作「彼女が眼鏡を外したら」が日間総合ランキング280位にランクインしました!!皆さんありがとうございます!喜びを噛み締めてます!!

是非合わせてお読みください。

こちらは、女性嫌いな上司と恋愛に無縁なヒロインが、ゆっくり愛を育むお話です。職場で真面目に働く部活が、休みの日に髪を下ろしメガネを外した可愛い姿を見てから2人の恋が動き出します。仕事は完璧なのに、恋に不器用なふたりを是非見守ってやってください。全42話ハッピーエンド確約です♡


皆様の応援が日々の励みとなっています!!

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