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第10話 婚約者と街歩き

  リリア嬢との婚約が決まってから、何度目かの休日。


 俺は今日も、彼女と出かける約束をしていた。


 行き先は王都の街。


 植物園に出かけた前回のように、また彼女のペースに振り回されるのだろうか。


 ……いや、別に振り回されているわけではない。


 婚約者との時間を大切にするのは、将来の夫婦として当然のことだ。


 そう、当然。


「リリア嬢。今日はどこか行きたいところがありますか?」


 馬車を降り、街の賑わいを眺めながら尋ねる。


 すると、リリア嬢は少し考えたあと、ぱっと顔を輝かせた。


「はい! リボンを買いに行きたいです」


「……リボン?」


「ええ。新しいものが欲しくて」


 リボン。


 なるほど。


 女性にとって、髪飾りや装飾品は大切なものだと聞く。


 そして、婚約者と出かけた際に贈り物をねだる令嬢も珍しくはない。


 以前の俺なら、そうした言動の裏に何があるのか、あれこれ考えずにはいられなかっただろう。


 贈り物を通して愛情を確かめたいのか。

 それとも、婚約者に大切にされている自分を周囲に示したいのか。


 ……考えすぎだと?


 そうかもしれない。


 だが、これまでの経験を思えば、用心するに越したことはないのだ。


「分かりました。では、その店へ行きましょう」


「ありがとうございます、クラウス様!」


 リリア嬢は嬉しそうに微笑んだ。


 ……まあ、リボンくらいなら問題ない。


 婚約者に贈り物をするのは、別におかしなことではないのだから。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は彼女の案内で店へと向かった。




「わあ……!」


 店に入った途端、リリア嬢の瞳が輝いた。


 店内には、色とりどりのリボンが並んでいる。


 柔らかな絹のリボン。

 繊細な刺繍が施されたもの。

 小さな花飾りがあしらわれたもの。


 確かに、女性が好みそうな品揃えだ。


「どれも素敵ですね……!」


 リリア嬢は棚を眺めながら、楽しそうに歩いていく。


 そして、淡い桃色のリボンの前で足を止めた。


「これ、可愛い……」


 そっと手に取ったリボンを、彼女は自分の髪に当ててみる。


 鏡を覗き込み、少し首を傾げた。


「うーん……こちらも素敵ですけれど、こっちのほうがいいでしょうか?」


 今度は淡い水色のリボンを手に取る。


 ……なるほど。


 どうやら、どれを買ってもらうか悩んでいるらしい。


 俺がその様子を見守っていると、リリア嬢がこちらを振り返った。


「クラウス様は、どちらがお好きですか?」


「私ですか?」


「はい。桃色と水色でしたら、どちらがいいと思いますか?」


 俺は二つのリボンを見比べた。


 桃色は柔らかく可愛らしい印象だ。

 水色は落ち着いていて、彼女の瞳にもよく映えるだろう。


「……水色でしょうか。リリア嬢の髪色によく似合うと思います」


「本当ですか?」


 彼女は嬉しそうに水色のリボンを髪に当てた。


「では、こちらにします!」


 即決だった。


 ……え?


 もういいのか?


 他にもたくさんあるというのに。


「ほかのものも見なくてよろしいのですか?」


「はい。クラウス様が似合うとおっしゃってくださったので」


 ……。


 いや、待て。


 それだけで決めていいのか?


 もっとこう、値段を比べたり、他の色と悩んだり、せっかくなのだから少し高価なものを選んだりするのではないのか。


 いや、もちろん、そうしなければならないわけではないが。


「こちらでよろしいのですね?」


「はい!」


 リリア嬢は迷いなく頷いた。


 その顔に、何かを企むような気配はない。


 ただ、本当に嬉しそうなだけだった。


 ……またか。


 またしても、俺の考えすぎなのだろうか。


  クラウスが支払いをしようとするより先に、リリアが財布を取り出した


「では、お支払いを」


「えっ??」


 何故支払おうとしているんだ


 男と買い物に出かけてるのに、自分で購入するのは普通なのか


 そんな話聞いたことない


 それに、


 よく分からないが、ここでリリアに支払いをさせたくないという気持ちが湧く


 これは男の矜恃からか………?


「リリア嬢、ここは私が支払いましょう」


「えっ?」


 リリア嬢が目を丸くした。


「婚約者への贈り物です。これくらいは当然でしょう」


  俺は心の混乱を隠すようにスマートに彼女に告げる


 すると、彼女は水色のリボンを胸元に抱くようにして、ふわりと笑った。


「ありがとうございます。大切にしますね」


 花がほころぶような笑顔だった


 ……大切に、か。


 たかがリボン一つだ。


 そんなに大げさに喜ばなくてもいいだろう。


 そう思うのに。


 なぜか、その笑顔を見ていると、悪い気はしなかった。


 むしろ――。


「クラウス様?」


「……いえ、何でもありません」


 危ない。


 また余計なことを考えていた。


 俺は店員に代金を支払い、リリア嬢へリボンを渡した。


 彼女はそれを大切そうに受け取ると、もう一度、嬉しそうに微笑んだ。


 ……まあ、いい。


 彼女が喜んでいるのだから、それで十分だ。


 これは婚約者として当然のこと。


 決して、彼女の笑顔が見たくて買ったわけではない。


 断じて、違う。




 店を出たあとも、リリア嬢は上機嫌だった。


「クラウス様、次のお店を見てもよろしいですか?」


「もちろんです。どちらへ?」


「向こうに可愛い雑貨のお店があるんです。少しだけ見てみたくて」


「ええ、構いませんよ」


 俺が答えると、リリア嬢は嬉しそうに歩き出した。


 その足取りは軽く、時折、手にしたリボンの包みを確かめるように見つめている。


 ……そんなに気に入ったのか。


 たかがリボン一つで、これほど喜ぶとは。


 いや、女性にとっては大切なものなのだろう。


 そういうことにしておこう。


 俺は彼女の隣を歩きながら、ふと考えた。


 もし、彼女がもっと高価なものを欲しがったら。


 もし、俺に何かをねだったら。


 ……そのとき、俺はどうするのだろうか。


 いや、考える必要はない。


 そのときになれば、判断すればいいだけだ。


 俺は小さく息を吐き、隣を歩くリリア嬢を見た。


「クラウス様?」


「何でもありません」


 彼女は不思議そうに首を傾げたあと、すぐに笑顔になった。


「では、次のお店に参りましょう!」


 ……本当に、調子が狂う。


 彼女はただ、自分の好きなものを買い、俺と一緒に街を歩いているだけなのだ。


 それなのに。


 俺は今日も、彼女のことばかり考えている。


 ――まさか。


 いや、まさかだ。


 俺はまだ、リリア嬢のことを何も知らない。


 だから、もっと知る必要があるだけだ。


 そう。


 これは、婚約者として相手を理解するための時間なのだから。


 ……決して、それ以上の意味などない。



  結局、雑貨屋でも手鏡と髪留めを購入し帰路へ着いた。


 もちろん支払いはクラウスが。


 この日の夜もまた、リリアの事を考え眠れぬ夜を過ごすクラウスだった。

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