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鬼を舞いて鬼と対峙す《桃太郎異聞》  作者: マツカワマツコ


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【第九話】



桃太郎が反射的に差し出された笛を受け取ると、父は広場の中央へと向かった。


「吹けって何を!」


叫ぶ桃太郎を振り返る父の眼差しは鋭くて、思わず彼は息を飲んだ。


「舞の笛以外に何があんだよ」


そう言って不敵に笑った。


携えた刀を帯に差して、懐から取り出した鬼の面を着ける。


「ここに残る魂は無念に散った魂だ。悪いもんになんねぇように、鎮めて送り出してやんのよ」


それに、と言って膝を曲げて腰を落とす。


「お前ぇにはまだまだ負けてらんねえからな」


言い切ったのと、飛び上がるのとは同時だった。


泥濘んだ土の上だとは思えない跳躍に桃太郎はまた息を飲んで目を見開いた。


「ぃあやあ!!」


着地して顔をぐっと前に向けた父は雄叫びを上げた。不思議と、纏わりつくようだった霞が霧散する。


弾かれるように桃太郎は笛を口に当てた。


ピロロ……という軽快な澄んだ音が、木々の合間を抜けて行く。


《目は開けておけよ》


だんごが声を頭に投げ込んでくるが、桃太郎は言われなくても分かっていた。


必死に目の前の父の演舞を、本当の世界の中に見つめていた。


大地を踏みしめるたびに霞は弱まり、雄叫びと共に飛び散っては煌めきに変わる。


抜いた刀の切っ先はより濃い霞を切り裂き、扇がそれを扇いでまた吹き飛ばす。笛の音もまた、少し離れた霞を煌めかせていった。


《魂や霊の存在を知り、慈しみを持って祈る。それが舞だよ》


今度は雉の旭の声だ。


《ただ同情してはなりませぬ。主は現し世の者であり、アレらとは別だと忘れぬよう》


これは猿の暁。


《それを理解せぬ者に、本当の舞は踊れぬのだよ》


「…!」


(…ただ舞ってはおっ父に届かない。それに、〝たましい〟を鎮める事も出来ない)


「いあやあ!!」


父が雄叫びを上げ動きを止めた。同時に桃太郎も笛を口から離す。笛の音の余韻がこだまして消えていく。清らかな静寂の時ーーー。


「ふぅ…」


面を外した父の顔には汗が滝のように流れていた。思わず駆け寄って桃太郎は懐の手拭いを渡す。


「悪りぃな。……んで、どうだった?」


「凄かった……」


言葉にするとなんて軽いんだと桃太郎はもどかしかった。


そんなものではない。本当はもっと深く、強く思っているのに言葉にならない…。


「だべ?」


それでも父は桃太郎の興奮する顔に満足して得意げに笑った。


「お前ぇも笛、上手くなったなぁ。今日のは特に、良い音だった」


「本当?!」


「ああ」


頷きながら父はあの塚に目をやった。確かな光を宿したその瞳は、優しくも力強くて。


「安らかにな……」


桃太郎も塚に向き直ると改めて手を合わせた。安らかであれと、心で祈る。


「桃太郎、帰るぞ」


「うん」


親子は並んで歩き出した。


「おっ父はいつもここで舞ってんの?」


「んだな……。今じゃこの舞も里では踊んねえから」


里と言う言葉に、桃太郎は丘でみた靄を思い出し肝の辺りがすんとした。


「何で?」


父のように舞える者がいれば、あの靄、不浄は消えるのではないかと思うのに。


「里長の考えてる事は分かんねえ」


一瞬、場の空気が揺らいだ気がした。


「里、長」


桃太郎が呟くとまた揺らぐ。何故か背筋に怖気が走る感覚があった。


「その人、悪い人?」


「……」


見上げる父の眉間がピクリと緊張して、微かな縦皺を作った。


「皆を想って……だとは思うんだがな」


「何かしてんの?」


「………」


「なあ」


父はそこで大きく息を吸い込んだ。それからゆっくりと吐き出していく。


どこか辛そうに口を開いた。


「……神様への祈りなんだと。雨が降らねぇとか、日が照らねぇとか……。そういう時、大事なもん川さ投げて捧げると、喜んで神様が言うこと聞くんだと」


「大事なもんって?」


「………」


桃太郎の問いにまた押し黙る。


「なあ」


「……最近ずっと雨降ってなかったべ?」


桃太郎の問いに答える代わりに、最近の天気の話を父はしだした。


「え、うん……でも降ったよな、昨日」


「そろそろ降らねぇと、また流れて来ちまうんでねぇかと思ってたらな……」


一瞬桃太郎の息が詰まる。


「…………さっきの塚…え、いつって……」


「…………」


父は歩みを止めて天を仰いだ。


「あるがまま、それでいけねぇんだべか……」


「………」


「神様ってやつは、嬉しかったんだべか……。それともお泣きなさったんだべか……」


「………」


「良い、悪いでねぇんだ……きっと」


桃太郎は話の間中、胸の辺りがざわざわして仕方なかった。喉も渇いて仕方ない。


「ところでお前ぇ、柴刈りどした」


空に向けてた顔を、急に桃太郎に向けて父は言う。


「いけね!」


(ていうかこいつらに振り回されちまったから俺は悪くないんだけど!)


そんな事を口に出すわけにもいかず、桃太郎は西の森に向けて走り出した。


「日が暮れる前にはけぇれよ!(帰れよ)」


「分かってる!」


白い犬、それに子猿と鶯も叫び返す桃太郎の後に続く。


「あと!そいつら家さ連れてきても良いけど、ちゃんと自分で面倒みろよ!」


「分かってるー!!」


(いや、別に連れていかなくても良かったんだった……)


《これでいつでも団子が食える》


《ありがたい》


《団子だけ?》


桃太郎の思考に対して、従者達は次々に好き勝手な言葉を彼の頭に投げていく。


動物達と走り去っていく我が子の背中を、父は眩しそうに見守っていた。




お読み頂きありがとうございました



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