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鬼を舞いて鬼と対峙す《桃太郎異聞》  作者: マツカワマツコ


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8/19

【第八話】

軽いホラーかもです。



一行は桃太郎の自宅の裏手、家から少し離れた林に辿り着いた。


木々は鬱蒼としており、まだ日が高いにも関わらず薄暗い。川の本流から逸れた、細い小川の側でだんごは膝を折り桃太郎を下ろした。


前日の雨のせいか、小川は濁り、その水量も増していた。


いつも何となく気味が悪いと思って近寄らない林。〝目〟を開いてみれば、丘で見た里の靄に似た霞が漂っている。


「嫌だ……。ここには居たくない」


空気が薄い。そんなはずはないのだが、桃太郎は思うように呼吸が出来なかった。苦しい…。


じりじりと後退る。荒れる小川が恐ろしくてそこから離れたい。


苦しい……


寒い……


苦しい……


暗い……


苦しい……


恐い……


《飲まれるな》


だんごの声が頭に鮮明に響いた途端、知らず狭くなっていた桃太郎の視界はまた広くなった。


肩に旭が止まれば今度は呼吸が楽になる。


手が暁に触れれば、不思議と寒気が治まった。


「なん、で……」


《気をしっかりと保てなければ、浄化どころではないぞ》


《魔や不浄に飲まれてはなりませぬ》


《その上で、慈しむの》


「言ってる意味が分からないよ……」


とにかく、もう嫌だった。早くここから離れたい。帰りたい……。


里に帰りたい……


でも怖い……


「桃太郎?」


従者のものではないが、澄んだ声にハッとして桃太郎の意識は再び鮮明になった。


振り向けば家に居るはずの父の姿。手には花と、舞に使う刀を持っている。


「おっ父」


「お前ぇ、こんなとこで何してた」


「いや、その……」


何と言われても、従者達に連れられて来ただけの桃太郎には答えられない。


はっきりとしない桃太郎に父は「はあ……」と溜息を吐く。


「暇ならちと手伝えや」


そう言って林の奥へと進み出した。


「ところで、その犬っころ達は何だ? 付いてこさせても良いが、大人しくさせとけよ!」


「え?」


気付けば足下には白い犬。それに子猿が側に控え、肩には鶯が乗っていた。


「お前達、なのか?」


《お父上は勘が良さそうなお方、驚かせてはいけませぬからな》


《だが不用意に話しかけるなよ》


《ほら、早くしないと置いていかれるよ》


旭の指摘で前を見れば父はもうだいぶ進んでいる。


「あ、待っておっ父!」


桃太郎は泥濘む足元に苦戦しながら、何とか駆けて父に追いついた。


「あーあ、泥っこ撥ねて。おっ母にごしゃかれんだからな」(ごしゃぐ=叱る)


「おっ父がさっさと行っちゃうからだろ!」


父は桃太郎のむくれっ面に優しく笑い、その頭に手を置いてやる。軽く撫でるとしみじみと言った。


「まあた、でかくなったな」


「そ、そうかな?」


言われて意識すれば確かに父の顔を見上げる角度が、以前に比べて緩やかになった気もした。


「すぐ、追い越されんだべな」


「……」


その言葉は、桃太郎には嬉しいような、寂しいような複雑な感覚をもたらした。


早く父のようになりたい。しかし、追い越してその先に立ちたいのかと言えば、道標を失うようで少し恐ろしい。


「着いたぞ」


まだ、林の中だった。だが、そこだけ不思議と木が生えず開けている。広場を半円を描いて囲う様に、無数の盛土がボコボコとあった。


「あれは塚だ」


盛土を見渡すからか、父は桃太郎に言った。


「塚?」


「んだ……。里さ帰してやれねぇから、せめてここさ埋葬してやってる」


「埋、葬?」


父は塚の一つを目指して歩き出した。他に比べてそれだけまだ土が盛られて間もない感じで。


そこの前にしゃがみ込むと父は手に持った花を供えて手を合わせる。


「何やってるの?」


「お前もここさ来て手を合わせろ」


「何で?」


「いいから」


桃太郎は理由もわからず、だが、父が動かないから仕方なくその隣にしゃがむ。


「一昨日の朝、流れ着いた娘さんが眠ってる」


「は?眠るって……土の中で?」


「んだ」


「何言って……息が出来ないじゃねぇか」


「もう、してねぇから」


息をしていない、その意味もよく分からない。息を止めたら苦しい、それは分かる。だから、息をしないなんてことはありえない。


もし、その息が止まる事があるとしたら……。その先はやはり、桃太郎には分からない。


「死んでしまったんだよ」


「死んだ?」


「体だけ残して、この世界から居なくなっちまったってこと」


桃太郎は父の言葉を上手く理解できない。それなのに、飛び出す言葉一つ一つが大きな不安となって襲ってくるようだった。


(聞きたくない。でも、聞かないでいるのはもっと怖い……)


父は合わせていた手を一度解くと、目の前の塚に目をやった。そこからは何の感情も桃太郎には読み取れなかった。


「人は……いや、生き物はな、ずっとこの世界にはいられねぇんだ。あの世とか、黄泉の国とか言うところに、いずれ行かねばならねぇんだと」


俺にはよく分かんねえが、と言って父は続ける。


「そこには体は持って行かれない。魂ってもんだけで行くから、体はこの世で動かなくなっちまう。息もしねぇし、心の臓も止まっちまう。端から見たら眠ってんのと変わらねぇ」


(たましい……)


「布団じゃ駄目なの?土じゃなくてさ。重そうだし、可哀想じゃん」


桃太郎の疑問に父はふっと、眦を下げる。


「だよな。眠っているなら布団で良いって思うよな。だがな、やっぱし寝てんのとは違ぇんだよ」


父は自分の張りのある手を見つめて、握りしめた。


「何でか知らねぇけど、心の臓も息も止まると体は腐っていく」


「え…」


「ほれ、魚もこの前、軒先に置きっぱなしにして腐ってたろ」


桃太郎は言われて思い出す。自分が口にする魚も元は川を泳ぐ生き物だったと。そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっと詰まる感覚があった。


「魚も生きて……たんだった………」


「命を頂きます。お陰様で、自分の命が繋がります。ありがとうって、飯の前に手を合わせてんだろ」


もっと小さい頃に確かに教えられていた。だが、その時もやはり桃太郎は意味など理解していなくて。


「死ぬと体が腐る。でも、こうして埋めてやると土に還る。それがまた、生き物を育む土壌になり、植物を育て、実がなる」


「だから埋めて、ありがとう?」


バカ野郎、と言って頭を小突かれた。


「飯、前にしてんのと違ぇんだぞ!この先、魂の旅が安らかであるようにと祈ってやんだよ」


「痛っ…魂の旅?」


「まあ、人間だけ何で特別なんだっても思うがな……。体を離れた魂が、迷わずあの世に行けるように、さらにその先も、ゆく道が穏やかであるように」


「その先?」


「俺にも分かんねぇけど」


父はそう言って再び手を合わせた。


「心の中でいい。ここまで良く生きて頑張ったな、この先はあの世でゆっくり休んでくれと祈ってやってくれ」


そう言って父は目を閉じる。


誰とも知れない娘の塚。自分と同じように、この世界で動いていただろう体が埋まっているーーー


桃太郎も父に倣って目を閉じた。


しばらくして、隣の父が立ち上がる気配に桃太郎も目を開けた。広がる景色は先ほどより幾分明るさを増した気がする。


「さて、桃太郎。お前はこれ吹いてくれや」


立ち上がった父を見上げれば、帯に差していた笛をこちらに差し出していた。





お読み頂きありがとうございました



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