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鬼を舞いて鬼と対峙す《桃太郎異聞》  作者: マツカワマツコ


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【第十話】



日が照り、雨が降り、日が暮れ夜になり、また朝が来る。


気温も日々増していき、夏の盛りも間近となる頃。桃太郎はまた少し、着物から出る脚の長さが伸びているような気がしていた。


このところは柴刈りを終えると、すぐに帰宅する日も多かった。


従者達も側に置いて問題なかったし、庭先で父に剣舞の手ほどきを受ける必要があったから。


「何だ、桃太郎。今日も早ぇな、おい」


からかうような父が最近では少しだけ疎ましい。


「柴刈り終わったから帰ってきただけだろ!」


ほら!と言って背負った籠内を見せつける。


「精が出るねぇ、まったく」


「煩いな!」


「ふふふ……」


鈴が転がるような笑い声に桃太郎の心臓はドクンと波打った。


「す、鈴……、来てたんだな」


「うん。おかえり、桃太郎」


声のした縁側の方へ目を向ければ、母と並んで腰掛ける同じ年頃の娘が一人。手には笛を持っている。


「ちょっとは上手くなったか?」


背負っていた籠を気を利かせた父が引き取って持っていく。身軽になった桃太郎は、鈴に問い掛けながら縁側に駆け寄った。


「どうかな……」


「あら、すっごく上手に吹けてましたよ」


「そうかな」


「ええ、ええ」


母が褒めると鈴は顔を赤らめて俯く。その仕草が、桃太郎には愛らしく映った。


「鼻の下伸ばしてねぇで、ほれ」


「痛! って、どこも伸びてねぇし!」


頭に軽い衝撃を受けて振り返ると、父が舞に使う刀で小突いた所だった。


剣舞けんばいの稽古のために、さっさと帰ぇって来てんだろ?」


「……そうだよ!」


ニヤついて言ってくる父に怒鳴り返しながら、桃太郎は差し出される刀を引っ掴む。


「鈴! 上手く吹けよ!」


「う、うん!」


「なんだ、お前ぇは偉そうに」


「まったくこの子は……」


両親の窘める声は無視して桃太郎は帯に刀を挿すとその場に構える。「仕方ねぇな」と溢しながら、その正面に父が立ち、また同様に腰を落とした。


男二人の雄叫びが一斉にこだまする。それに優しく添うような笛の音が重なった。


「もう暗くなっから今日は終いだな」


日が傾きかけた頃に父は稽古を切り上げた。


「えー! まだまだ明るいじゃん」


動き足りない桃太郎は父に抗議するが、当然聞き入れてはもらえない。


「良いから、もうお鈴を送ってこい! 里まで行って帰ってくっと時間かかんだろ」


「この前も、帰ってきた時すっかり暗くなってたじゃないの。心配してたんだから」


「……」


両親の言葉に桃太郎は顰めっ面で押し黙る。


「ごめんね、桃太郎……。帰り遅くなるのは危ないから」


「……分かったよ! もう! 行くぞ鈴!」


鈴に言われるとなぜかいつも折れてしまう。桃太郎は踵を返して歩き出すが、それを父が止めてくる。


「ちょっと待て、刀も持って行け!」


「何で!」


「偽もんでも無いよりは良いから」


偽物の刀など持って歩く意味などないと、桃太郎は構わず歩き続けた。


「仕方ねぇな、まったく」


「私が……」


「ああ、悪りぃな。んでまず、気ぃつけてな」


「はい」


そんなやり取りを後方に聞きながら、桃太郎は鈴が追いつける速度に歩みを緩める。


「桃太郎」


追いついた鈴が舞の刀を差し出すから、仕方なく桃太郎は受け取って腰に挿す。


従者達もしっかり鈴と共に追いついてきていた。


「いつもごめんね、送ってもらって」


「いいよ、別に」


鈴が桃太郎の速度に合わせて息が弾んでいるのに気付いて、彼はさらに歩みを緩める。


「あ、ありがとう。のろくてごめんね」


「だからいいって」


隣を歩む鈴は桃太郎よりも小さい。これまで自分の周りに居た存在達は、どれも見上げるばかりだったのに……。


綺麗に巻くつむじを見下ろす事が、桃太郎は不思議でなんだか擽ったかった。


ふと、鈴が見上げてくるから桃太郎はドキリとした。大きく黒々とした瞳が美しい。


「桃太郎の舞、すっごく格好良かったね」


「そ、そうか?ま、まあ、いっぺぇ練習してるしな!」


「いいなぁ、おっ父達といつも一緒で……」


「鈴は婆さましか居ないんだっけか」


「うん……」


桃太郎に向いていた瞳が伏せられる。


「今は祭りの準備が忙しくて、そのおばあちゃんも殆ど家には居ないけどね」


「その祭りで笛吹くんだろ?」


「うん。上手く吹けるかなぁ」


「安心しろ、上手くなってたっけから」


《偉そうに》


今は白い犬の形をとっているだんごがボソッと頭に声を響かせてきた。桃太郎はイラッとしたが、そんな事より照れて顔を赤らめる鈴に意識が奪われる。


「桃太郎も聴きに来てね」


その言葉に今度は桃太郎が目を伏せた。


「いや、俺は………」


「おばあちゃんが笛なら桃太郎のおっ母に習えって言ったの、多分ただ上手だからってだけじゃないと思う」


「え……?」


「私が通えば、里にも来やすくなるだろうってことなんじゃないかな」


「………」


色々な想いと感情が渦巻いて桃太郎は言葉が出なかった。


「里さは………俺……」


その時、後方の従者達の緊張が桃太郎に伝わってきた。自然と〝目〟を開く。


前方には静かに燃え上がるような黒い靄。


「桃太郎?」


「鈴、下がってろ」


「え?」


桃太郎は一歩前に出て鈴をその背に隠す。そして刀を抜いた。


偽の剣先は微かに震えている……。




お読み頂きありがとうございました



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