【第五話】
岩の上の猿は今にも団子を口に放り込もうとしている。
《さっき私にしたようにあの猿を圧してみろ》
だんごが言う。
「何言って……」
《集中。勝手をさせないという強い意識をアレに飛ばせ》
「だからどうやって……」
石を投げろ、と言うようにだんごは言うが桃太郎には全く分からない。《仕方ない……》と言いながらだんごはその身を起こした。
《“目”だけは開けておけよ?》
次の瞬間、また気温が下がったような感覚。だが、今度は寒くない。周りの空気が青く、鋭利な色に変わったのが分かった。
見上げただんごの目は、しっかりと猿を睨み据えている。猿はがたがたと震えてその動きを止めていた。
《これが威嚇だ。それ以上勝手をすれば容赦しないと、相手に知らしめる。どう見える?桃太郎》
目の前に広がる様子を、その身に感じる感覚を、桃太郎は呟く。
「……世界が、青い。冷たい感じ。母さんの使う針みたいな…触ったら痛そう……?かな」
《うむ、良い感覚だ。今は私の主だから私の威嚇は桃太郎には影響しない》
「そう、なんだ」
《次が威圧》
瞬間的に目の前の色が変わる。青から赤へ。当てられたら立っていられないだろうなと桃太郎は思った。
《逆らう事を許さない、という強い意思表示だ。今度はどう見える?》
「赤くて、熱そうだ。竈の火が噴き出して襲っていくような感じ。……怖い、だろうなって」
《良し。さっき無意識に桃太郎もやっていたんだぞ》
さっき、と言われてまた記憶を辿る。逆らう事を許さないという感覚。“だんご”という名付けに対して彼が不満そうにした時、確かに感じていた。
「あれが、そうだったんだ……」
《これほどまでに圧倒すればもはや言いなりよ》
だんごは猿に向かって《来い》と低い声で命じた。猿は団子を抱えると、すごすごとだんごの前にやってきて団子を捧げた。
《うむ》と満足そうに頷くとだんごは団子を美味そうに平らげる。
「あ!」
《私が取り返したのだからな?》
流し目を向けてくるだんごが憎らしかった。
《それに、私を威圧して止めなかった桃太郎が悪いのだよ》
「くっそ……」
《さて、猿よ。ちょうど良い、お前も桃太郎の従者になれ》
《仰せのままに……》
「何勝手に決めてんだよ!」
《私の主が、少ない従者しか従えぬなど我慢ならんからな。ほれ、さっさと名付けをしろ》
「やだ!」
配下と言いながら、勝手なだんごに桃太郎は苛つきを覚える。怒りの感情のままだんごを睨みつけた。
《それは威圧のつもりか?》
「……」
《何ともないのだが?》
「くそ!!」
いつか威圧を使いこなした暁には、だんごに言うことをきかせてやると桃太郎は心に誓う。
(いやいやいや……)
「そもそも何で!俺がお前らみたいなのと仲良くしなきゃなんないんだよ!」
言うと桃太郎は踵を返した。森の外に向けて歩き出す。
《上手く舞いたいのだろう?》
距離が出来ても不思議と変わらないだんごの声。ようやく桃太郎は、彼らの声が頭に直接響いていると知る。
「関係ないだろ!」
振り向かずに怒鳴るが、〝上手く舞う〟と言う言葉に後ろ髪を引かれてしまう。
あの日の父の姿が脳裏にちらついて、桃太郎の足は自然と止まっていた。
《我らのような存在を知る。近道だと思うぞ》と、だんご。
《舞ですか、それは良い。良きものが見られるのならば、身のこなしも手ほどきしましょうか》と、言ったのはおそらく猿だ。
「……………」
はあ、と溜息を吐いて力を抜くと、桃太郎は不思議な獣達に向き直った。
仕方なく猿の名付けに意識を向ける。
せめて、だんごよりも格好良い名前にしてやろうと考えて、決めた。
「よし、暁だ!」
《は?!》
《御意》
返事をする猿の目に、桃太郎には光が宿るように見えた。
《な、なんのつもりだ!猿ごときにそんな情緒あふれる名付けがあるか!》
「毛並みが朝日みたいに美しいじゃないか!」
《ありがたき……》
《けしからん!納得がいかん!やり直せ!》
「もう決めた!」
そんなやり取りを、後方の枝に優雅に降り立った雉が見下ろしている。色鮮やかな羽根がふわりと舞っていた。
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