【第十八話】
桃太郎が舞いだすと、頭上から降り注ぐ笛の音。鈴が奏でる清らかな音色が響き出すと不浄の靄が次々と煌めきに変わっていく。従者達に纏わりついていた魔の残滓も薄れさせ、桃太郎の足の運びもまた安定させた。
(良い音色だ。それに音があるとやっぱり楽しい)
暁の威嚇が増したのが分かった。同時に自分だけが助けられていた訳じゃないと知る。
桃太郎はまた気持ちを強く引き締めた。
(舞の動きが出来てもそれだけじゃ駄目なんだぞ。俺の舞をちゃんと見ろ)
父の頼もしい背中がずっと語っていたように、桃太郎も鬼に対して惜しみなく全てをぶつける。同時にだんごの威嚇が増していく。
おっ父……
(恋しいのか。足を止めたって良い。俺は舞っていてやるから)
いつも安らぎをくれる母の一歩引いた優しさを胸に踊れば、旭の威嚇が強くなった。
おっ母……
鬼の動きがまた鈍くなる。桃太郎の祈りを込めた舞と鈴の笛の音が魔の影を押し返し霧散させていく。
桃太郎達が威圧を加えれば怯むような様子も見えだした。
影が薄く小さくなっていく。
そして動きが止まる。
(どうした、疲れたのか)
おっ父……
鬼は自分の来た森の方に目を向けた。桃太郎もチラとそちらを見れば森に蟠っていた影が煌めきに変わっている。
(これが森を離れたからか……?)
腹減ったよ……
(子供……)
動きを止めた鬼は桃太郎の舞や鈴の笛の音で、その身を覆っていた影を手放し、小さく小さくなっていく。
暗くて……寒い……
(もう大丈夫だ、そんな事忘れたら良い)
おっ父……
おっ母……
やっと………
「ぃあやあ!!」
桃太郎が雄叫びと共に動きを止めると、影からは鬼の形相が吹き飛んだ。
消える瞬間見えたのは、無邪気なただの子供の顔。
桃太郎は面を外して空を見上げた。滝のようにかいた汗を、風が撫でるのだけは心地良い。
里の上空や辺りを覆っていた不浄の気配は薄れ空は完全に晴れ渡っていた。微かに残る薄黒い霞も、夏の日差しと笛の音の余韻に負けて消えていく。
笛の音の余韻も落ち着くと気が抜けて桃太郎はその場に倒れた。
桃太郎が目を覚ましたのは知らない家の中だった。浮上する意識の中で、屋外からの賑やかな祭囃子が聞こえてくる。
「どこだ……ここ……」
体を起こし見渡すがやはり見覚えのない場所だった。そこは小さな和室で壁には不気味な面や掛け軸が掛けられている。さらに布団は上質な畳の上に敷かれていた。
「起きたのかい」
後方から聞こえた嗄れた声に桃太郎の背筋が一瞬で凍る。
「動けるならさっさと帰っておくれ」
恐る恐る振り向けば、声の主は想像通りのあの老婆。以前見た時とちがって不浄を纏わずに禍々しさはない。
「ここはあんたの家か」
「そうだよ。里の入り口で倒れられちゃ放っておけないからね。鈴も家で休ませろってきかないから」
「!?……鈴! 鈴はどうした!?」
「そう大きな声を出すんじゃないよ」
老婆はわざとらしく耳に指を突っ込んで見せる。
「祭りで今笛を吹いてるよ」
桃太郎が耳を澄ますと祭囃子に乗る笛の音が聴こえた。確かに鈴の奏でる笛の音色に桃太郎は安堵する。
「無事だったんだ……。良かった」
「まったく、余計なことを」
老婆の吐き捨てるような言葉に頭に血が昇った。思わず立ち上がり掴みかかりそうになれば、強い威嚇を受けて動きを封じられてしまう。
「なんで! 鈴にだけ不浄を!」
睨みつける桃太郎を老婆は涼しい顔で眺めて言う。
「あの子は呪いが効かない子でね」
「……呪いって」
「おや、知らないのかい」
変な事を言う、といった顔をする。しかし、呪いについて説明する気はないらしく老婆は話を戻した。
「森に厄介な魔が棲み着いたから、あの子がそれも消せるんじゃないかと思ってね」
「は……?不浄を纏わせてわざわざ魔をおびき寄せたのか!?」
「ああ、そうだよ」
悪びれもなく老婆は頷く。
「鈴に何かあったらどうするつもりだったんだよ! 魔が消えなかったら、その時は一体どうするつもりだったんだよ!」
「鈴の身一つでどうとでもなったよ、あれくらい」
「………は?……始めから、鈴を生かす気なんて……なかったって言うんじゃないだろうな」
桃太郎の感情は怒りの頂点に達した。人間相手に初めて威圧を飛ばす。
「まだまだだね、威圧も考え方も。私とあんたじゃ背負ってるものが違うんだ。甘ちゃんな威圧は私には効かないよ」
「何言ってるか分かんねぇよ! 自分の孫だろ! 大事じゃねぇのかよ!」
「孫じゃないよ」
「!?」
しんと静まる室内に、雰囲気に似合わない祭囃子だけが聞こえている。
「孫じゃ……ない?」
「ああ。使えそうだから育てた」
「そんな……。鈴のおっ母とおっ父は!?」
「お前さんみたいな甘ちゃんには聞かせられないね」
老婆の突き放す冷たい眼光に、またスッと桃太郎の背筋に怖気が走った。
「里には大勢の営みがある。森の恵みも貴重。私にはそれを守り与える責務があるんだ」
甘ちゃんには分からないだろうが、と言って桃太郎に背を向けた。
「そんだけ元気ならもう帰んな。外から飛んでくる威嚇が煩いったらないよ」
歩き出したかと思えば老婆は首だけ桃太郎を振り返る。
「そうそう、桃太郎。早死にしたくなかったら鈴とせいぜい仲良くおしよ」
「どういうこと……」
それ以上は何も言わず老婆はまた歩き出した。遠ざかりながら手をひらひらと動かしたかと思えば、桃太郎の体に自由が戻った。
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