【第十九話 終章】
桃太郎が里長の屋敷を出ると仮の姿の従者達が駆け寄ってきた。里長の話で激流のようだった感情も、彼らを目にすれば少しだけ落ち着いた。
「お前達……。無事で良かった」
《ふん、あの程度なんでもないわ》と今は白犬姿のだんご。
《主の楽しむ舞、なかなかでしたぞ》と、今は子猿姿の暁。
《桃太郎ももう大丈夫?》と、鶯姿の旭。
「うん……」
いつもと変わらない三者三様の言葉に、また少しだけ心が落ち着いていく。
「どこの子だ?」
「はて?」
自分を見る里の人の不審そうな目に、桃太郎は居心地の悪さを感じて歩き出した。
(帰ろう)
そう思考すれば従者達も従うが、どこか桃太郎の様子を気遣う気配が伝わってくる。
《桃太郎。鈴の笛、聴きに行かないの?》
焦れて雉の旭が声を投げ込んでくる。
(これは里の祭だからな……。他所もんは居ねぇ方がいいべ)
《………》
俯き足早に歩く桃太郎に従者達は何も言えなかった。
「おや、懐かしい」
「お!鬼剣舞の格好でねぇか!」
「昔はよく舞ったっけなぁ」
「ぃあやあ!ってか!?」
聞こえる老人達の話が自分に向けられてるとは思わず桃太郎はそのまま歩き過ぎる所だった。一人が弱々しい雄叫びを上げるまでは。
「え……」
跳躍もしてみたのか、よろけて他に支えられて笑い合っている。
「坊主! 舞えるのか?」
「えっと……まあ」
「そりゃあ良い!」
「え、ちょっと……!」
老人達は桃太郎の腕を引くと西の広場へと連れ出した。そこには低い櫓が建ち、その上でちょうど鈴が笛を吹いていた。
桃太郎を連れた老人達がどやどやと現れるから、祭囃子に乗せて広場で浮かれていた人々が何事かと見つめてくる。
これほど大勢に見られる経験のない桃太郎は不安でたまらない。
祭囃子も止んでしまい場の雰囲気が変わってしまった。桃太郎は余計に居心地の悪さを感じてしまう。
鈴も櫓の上から眉を顰めて心配そうに見下ろしていた。
「ちと舞ってくれや」
「久々に見てぇからよ!」
老人達はそんな事を言って櫓の前の舞台へと桃太郎を引き上げる。
「おい……。里長に睨まれんぞ」
誰かが言うが、老人達は「大丈夫、大丈夫」と取り合わなかった。
「あいつらちと飲みすぎてんな」
「まあ、いんでねぇの?俺も見てぇよ」
「んだ、んだ!」
「里長も屋敷さ引っ込んでっからいいべよ」
舞台上に一人立たされた桃太郎は戸惑うが、周りは彼が舞い出す事を望んで囃し立てた。
「えっと……どうすっぺ……」
「桃太郎!」
頭上から鈴の声が響くから桃太郎は見上げた。
「一緒に楽しもうよ! ね!」
笛を掲げて見せる鈴の笑顔は生き生きとしていた。そんな鈴の言葉を桃太郎は無視が出来ない。
「仕方ねぇな、まったく」
桃太郎は懐から鬼の面を取り出して顔に嵌めた。それだけで、昔を懐かしむ老人達が歓声を上げる。
胸がどきどきと煩かった。喉もカラカラだった。でも、わくわくはもっと大きかった。
膝を曲げ、腰を落とし構える桃太郎は面の下で不敵に笑う。
ダンっと足を強く踏み鳴らす。
笛の音色が降り注ぐ。
それと同時に高く跳び雄叫びを上げた―――
―――
里を後にした桃太郎は家の手前で、両親と出くわした。父もなぜか桃太郎と同じ舞装束を身に纏っている。そして、その手には薄汚れた襤褸切れを持ち、中からは動くたびにカシャカシャと乾いた音がしていた。
「おっ父、おっ母」
「桃太郎……。祭りさ行ってたのか」
「……うん」
「そうか」
父の顔は優しいのに、どこか辛そうだった。桃太郎には疲労とは違った色が浮かんでいるように見えた。そのためか、父が手にする襤褸切れが何であるのかを桃太郎は聞くことが出来なかった。
一夜が静かに明け、晴れ渡る空には雲一つない。しかし、家の裏の林はやはり少しだけ暗く淀んでいて。
遠くの里からは時折風が陽気な祭囃子を運んで来ていた。
林の広く開けた場所の中央に立つ男が二人。黒い袴に鬼の面を着けて向かい合う。
威風堂々たる立ち姿を見守る女も二人。一人は手に笛を持っている。
彼らを囲むように盛られた無数の塚。盛られて間もない小さな小さな塚もある。
今宵は現し世に訪れていた霊が、在るべき場所へと帰るとされる。その道の安きを願って……。
「「 いあやあ!!! 」」
男二人が雄叫びを上げた。
完
お読み頂きありがとうございました。一件落着めでたしめでたし……。ではなく、ままならない世界が続いていくという静かな余韻で幕を引かせてもらいました。
御伽噺の再構築、いかがでしたでしょうか?
岩手県北上地域に伝わる伝統芸能【鬼剣舞】をモチーフに、桃太郎の皮を被った民俗神話となりました。
noteにて詳しいあとがき記事も投稿してますので、気になる方は良かったらご覧ください!




