【第十六話】
桃太郎達は風のように駆けた。道中に漂う不浄の靄や霞は、桃太郎の威風辺りを払う様子に怯んで霧散していく。
《桃太郎、里の北東の入り口だよ!そこに櫓が組んである》
空高く舞い上がって雉の旭が目的地を定めて伝える。
「だんご」
《分かっておる》
家からだと最寄りの南方の入り口に向かっていただんごは迂回してそちらを目指す。
「旭、そこに人は!?」
《……一人だけ………櫓に昇ってる》
どこか遠慮がちに旭は伝えてきた。
「里の人は誰もいないのか!? 祭なんだぞ!?」
《人々は西方の広場に居るみたい》
《祭に隠れて人目はばかることをするか》
旭の報告にだんごが苦々しく言う。
「櫓に居るのが、今回の大事なもの……?」
《……そうなのでしょうな》
だんごの傍らを走る暁が応じた。
(一体誰が……)
《………》
誰であれば良いと言うわけでもないが、やはり鈴でないことを桃太郎は願ってしまう。
桃太郎の思考を察している従者達は何も言わない。
既にその姿を確認している旭が沈黙するから、不安は育って桃太郎の胸がざわついた。
《あれだな》
だんごの声にハッとして前方を見れば、里を背にするように建つ櫓が確認出来た。
そこから確かに立ち上がる不浄の柱。近づいてみると、どす黒く渦巻くそれの中に人の形をした影も多く認めることができた。
そこを目指しずるりずるりと確かに近づく魔の黒い影。
双方を間近で目にすれば桃太郎の全身はまた総毛立った。
《しっかりしろ》
「分かってる!」
桃太郎は再び意識を強くする。しっかりと魔に目を向ければ不浄の靄よりも確実に黒く重々しい。
「だんご! あれより早く櫓の前へ!」
《心得た》
桃太郎に命じられ、だんごはまた一段その速さを上げる。
徐々に近くなる不浄の柱。その麓の櫓に立つ人影が桃太郎でも視認出来た。
(女の……子)
嫌な予感に胃がきりりと痛む。見慣れたあの子によく似てはいないかと……。
(まさか、自分の孫娘を……)
そんな馬鹿なことあるわけない、そう思うのに近づく程にぼんやりと佇むその人影には鈴の特徴がよく見える。
(なんで……)
《余所見をするな!》
「!」
言われた瞬間、だんごが何かを躱すように跳躍するから桃太郎は体勢を崩した。だんごにしがみついて見下ろした先には棘のような影が魔から伸び出ていた。
だんごが着地する衝撃に耐えられず、桃太郎はそのまま地面に転がる。
「痛て……」
身を起こしたのはちょうど櫓の真下。前方には禍々しい魔の影が迫っていた。
櫓を守るように桃太郎はその前に立ち上がる。その足はやはり少し震えていて……。
だんごが櫓の右手側に、暁が逆の左側に控えたのが分かった。魔の上空には旭が羽ばたいて指示を待つ。
桃太郎は櫓の上の鈴が気になったが、もう目の前の魔から目を逸らすわけにはいかなかった。
睨みを利かせ威嚇を飛ばしながら、懐に忍ばせた鬼の面を掴む。
「お前達もあれに威嚇を!」
《心得た》とだんご。《御意》と暁。《お任せを》と旭が応じる。
同時に魔に対する縛りが強くなりその進行が止まった。
桃太郎はそこで素早く面を装着した。深く呼吸をして、膝を曲げる。腰を落として構えれば足の震えはすっと治まった。
だが、雄叫びを上げ跳躍しようとした瞬間ーーー
目の前の魔の影が確かな形をとりだした。影が凝縮しその密度を強め、成した形―――
(鬼………)
桃太郎の着けた面とよく似た形相に、変わらぬ背丈。違うのは額に鋭い角がその影にはある事くらいだった。
目の前の鬼は桃太郎を真似るように腰を落として舞の構えで静止する。その黒さもあって、まるで自分の影が立ち上がり向かってこようしていると錯覚してしまう。
(どうしたら良い……)
ただ舞えば良いのか、
舞って真似されたらどうなる、
とは言え半歩こちらが早いなら……
(分からない)
いつも目の前にいる父が今は居ない。代わりにそこにいるのは自分を真似る影。
いつかの不浄でもない。魔を前にした父を見たことがなく、桃太郎にとってそれがとてつもない不安に変わる。
《案ずるな、我が主桃太郎よ》
「!」
だんごの声が頭に響いて、桃太郎の狭くなっていた視界が広くなる。
《自らの覚悟でここに立つと決めたことを誇れ。真似るしかない魔の影に威厳を示し舞えば良い》
桃太郎の頭に響くだんごの声は低く厳しく、しかし柔らかい。
いつも視界を広げ見るべきものを見えるようにしてくれる。
《そして、楽しく見る者を喜ばせるように舞ってくだされ》
暁の声は、堅苦しさに反して軽やかで温かい。強張りを解き体の自由度を上げてくれる。
《同情ではなく慈愛の心も忘れずに、優しく舞ってみせて》
気さくな旭の声は高く澄んで優しい。詰まる呼吸をいつも楽にしてくれる。
ふっと、体から力が抜けて軽くなった感覚があった。そして桃太郎は面の下で不敵に笑う。
彼はしっかりと目の前の鬼を見据えて、膝を柔らかく、一つ大きく息を吸い…
「ぃあやあ!!」
雄叫びを上げ高く跳躍した。
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