【第十五話】
激しくうるさいくらいだった雨は止んだようでとても静かな朝。頭を悩ませながらいつしか眠っていた桃太郎は、不快な蒸し暑さで目を覚ました。
夏仕様の寝間着が汗でびっしょりと濡れている。
湿る大地を照らす太陽が、既に乱暴に気温を上げ始めていた。
いつかの朝のように、両脇に寝ているはずの両親の姿がない。桃太郎は不審に思いながら土間の草履を履くが、そこに従者達の姿もなかった。
炊事場の瓶から水を一掬い、い、口に含めばいくらか喉の渇きが楽になる。
その位置に立ったことで、明け放たれていた板戸から外の様子が窺い知れた。差し込む強い日差しからその日の気温の高さ、そして北に向けて佇む従者達の異様な様子が。
その毛を逆立て、肩はいかり、眼光は鋭く光る。
何事かがあったのだーーー
桃太郎は手にした柄杓を取り落としても気にせずに外へ走り出した。
「どうした!?」
従者達の傍らで桃太郎も彼らの視線と同じものをその目に映す。
「なんだ……あれ………」
《痴れ者が……》
だんごが低く唸り言う。
《ただ一人を依代に……》
苦しそうに言うのは暁だ。
《なんて酷い……》
肩に止まった旭の声は静かに沈む。
「依代って何だ!? 何で不浄が一箇所に、あんな……柱のように……!?」
依然として雲の多い空をも貫く不浄の柱。どす黒く渦巻いて天に昇っている。
《依代とは止まり木》と旭。
《形なきものの宿る、居場所のようなもの》と暁。
《我らのように》とだんご。そして、《身代わりだ》と。
「身代わり……」
ふと、不浄を纏った邪悪な老婆の姿が桃太郎の頭に蘇る。自身を依代に、そして今はそれを誰かに……。
次に思い浮かぶのは、鈴の可憐なはにかむ笑顔で。
思わず桃太郎は家に走り出す。すぐにたどり着く、舞の道具が置かれる一角。いつも共に置かれている父の分の道具はなぜかなかった。
代わりにそこに添うように置かれている桃色の組み紐。
《どうするつもりだ》
「………」
道具を前に荒く大きく呼吸を繰り返す。
《やめておけ》
「………」
呼吸がさらに浅く早くなる。
《あの里のやり方なのです》
「………」
深い呼吸を意識する。
《可哀想だけどね……》
目を瞑り、恐怖と邪念を振り払う。
「……かよ」
《………》
上手く声にならなかったが、桃太郎の思考を察する従者達は押し黙る。
もう一度、大きく息を吸い込むと桃太郎は鼓舞するように言った。
「静観は、同罪じゃなかったのかよ!」
桃太郎は剣舞の黒い袴に素早く穿き替える。
きつく締めた帯には刀を差し、懐には鬼の面を忍ばせる。
板床に残る、桃色の組み紐を取り上げる手は微かに震えていた。
だが、それでしっかりと自分の髪を縛りあげた。
「行くぞ。嫌なら来なくていい」
桃太郎は土間で見守る仮の姿の従者達を振り向かずに言った。力強い足取りで凶悪な日差しの屋外へと踏み出していく。
その後には静かに美しい霊獣達が従った。
《乗れ》
白い毛並みを輝かせてだんごが言い、桃太郎の前にかしずくように姿勢を低くする。
《お供致します、どこまでも》
明け方の空のような、赤黄色い毛並みを風に靡かせ猿の暁が跪く。
《お供致します、いついつまでも》
夜の終わりのような、青とも緑ともとれる美しい羽をたたみ、昇る朝日のごとき赤い顔を下げる雉の旭。
三体を見渡して、また桃太郎は一つ身震いをすると、意を決してだんごの背に跨った。
一度深く呼吸をすると、真っ直ぐに不浄の柱を睨みつけ霊獣達に命じる。
「行くぞ、魔の向かう不浄のもとへ!」
桃太郎の声に応じて従者達は強く大地を蹴った。
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桃太郎を最後まで応援して頂けると幸いです




