【第十三話】
翌日もそのまま桃太郎は布団で過ごした。開け放たれた縁側から吹き抜ける風が心地良く、緩く覚醒しては微睡むを繰り返す。
〜〜〜
涼やかに、清らかに響く笛の音が聞こえる。
夢かと思ったが、目を開けてもその音は止まなかった。音のする縁側に目を向ければ、こちらに背を向けて座る少女の姿。
「鈴……」
桃太郎が呟くと笛が止む。
「起きた?桃太郎」
振り返って言う鈴が、縁側から桃太郎の方へとやって来た。
「来てたのか」
「うん。昨日、様子がおかしかったから……。大丈夫?」
「……何ともねぇよ」
桃太郎はそう言ってがばっと起き上がってみせた。
「腹減った」
起き上がるなり空腹を訴える桃太郎に、鈴がころころと笑う。
「お団子でも貰ってくるね」
鈴が母の居るはずの炊事場へと向かうから、桃太郎は布団を畳んで縁側に腰掛けて待った。
程なく戻った鈴と団子をつまむ。
「なあ……」
桃太郎は聞こうとして、やはり言葉を飲み込んでしまう。そんな桃太郎を察して鈴が口を開いた。
「知らないの」
「え?」
「私のおっ父とおっ母のこと。聞きたかったんじゃないの?」
「………まぁ」
鈴は自分の膝に視線を落とす。今は鶯の形をとる旭がそこで団子のかすを啄んでいた。
「物心ついた時にはね、もうおばあちゃん二人きりだったの」」
「今は何処に」
鈴は静かに首を振る。
「……分からない。おばあちゃんも里の人達も何も教えてくれないから」
膝上の鶯を軽く突く鈴の表情は柔らかい。
「でもね、一つだけ覚えてることがあるの」
「親のことか?」
「うーん、そうなのかな?違うかも……。りんちゃんって呼んでくれてた人がいたなぁって」
「りん……」
それからまた鈴は伏し目がちに言う。
「みんな、何でか私を遠巻きに見る。親しくしてくれる人も居ない」
「………」
「だからね私、桃太郎がはじめて出来た友達なの」
そう言って笑顔を向ける鈴に、桃太郎の心臓はうるさくなる。
「お、俺だって……、人の子と友達になるのは鈴がはじめてだよ!」
フイと庭に目を逃がせば犬と子猿の姿がこちらを見守っていた。
(別に…こいつらと友達ってわけでもねぇけど……)
桃太郎が思考した途端、白犬はタシタシとその豊かな尾を地面に打ち付ける。
「何か怒ってない?だんごちゃん」
「……仕方ねぇなまったく」
桃太郎は残りの団子を二体に向けて放ってやった。どちらも華麗にその口に収めてみせるから、鈴が楽しそうに笑う。ころころと、その名に相応しい笑い声を上げて。
「桃太郎!もう平気なら鈴ちゃん送っておいでー」
炊事場から母の大声が響いてきた。
「いいよ、まだ明るいし一人で……」
遠慮する鈴に桃太郎は大袈裟に伸び上がって見せる。
「ずっと寝っぱなしで体動かしてぇ。散歩だ散歩!」
桃太郎はすくっと立ち上がると屋内へと駆け出した。土間から草履に履き替えながら舞の刀を掴むと、縁側まであっという間に回ってきた。
「行くぞ」
「……うん」
二人の後には仮の姿のだんご達も付き従った。
桃太郎は、道中また不浄の靄に出くわさないかと不安がないでもなかった。そのせいか、大して意識しなくとも少しの緊張が軽い威嚇となって放たれる。
ふと、黒い霞が漂うのを認める。刀を握る手に力が入るが一定の距離を保ってそれが桃太郎達に近寄って来ることはなかった。
《ようやくか……》
呆れるように言うだんごの声が桃太郎の頭の中に響く。
(何だよ)
桃太郎は思わず思考を返す。
《威嚇の使い所を教えんでも、ようやく自分でやるようになったなと言ったのだ》
(そもそも、お前が俺を守るって言ったんじゃ、)
「桃太郎?」
勝手なことを言うを言うだんごに思考内で応戦しかけた桃太郎を鈴が不思議そうに見つめていた。
「どうしたの?難しい顔して」
「あ、いや……」
「やっぱりまだ調子悪いんじゃない?」
不必要な心配をさせてしまって桃太郎は情けない気持ちになる。もうここまでで良いと言いかける鈴に桃太郎は軽く舞の振り付けをこなしてみせた。
自分でも思った以上に動けることに桃太郎は驚く。昨日の今日でこの回復。それに限らず身体能力が格段に上がってる気がした。
どういうことだ……だ……)
桃太郎は戸惑うが、桃太郎の華麗な動きに鈴は手を叩いて喜んだ。
「すごい!桃太郎!」
「だ、だろ?」
つい、得意になってまた跳ねる。体が軽く、面白いくらいに良く動いた。夕日に伸びる影が桃太郎にその俊敏な動きも視認させた。
「じゃあな」
今日は問題なく里の入り口に到着し、桃太郎は鈴に別れを告げる。
「うん……。またね」
桃太郎は鈴の今日の話を思い出して、いつも通りの挨拶もどこか淋し気に見えてしまう。
里にはいっぱい人が居るはずなのに、鈴はそこに一人ぼっちだと思うと喉が詰まるように感じた。
「……りんちゃん」
「!」
そう呼んだら元気になるんじゃないかと思って桃太郎は言ってみた。
目が溢れるのではないかと思うほど鈴が目を見開く。
あまりの反応に桃太郎は急に照れくさくなった。
「ま、またな!」
思わず踵を返して走り出す。その瞬間、夕日に照らされる鈴の輝く笑顔が桃太郎の頭に張り付いてしばらく離れなかった。
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