【第十二話】
膝をつく桃太郎に従者達が駆け寄った。
《大丈夫!? 桃太郎!》
雉の旭が肩に止まれば、また更に呼吸が楽になる。
「うん……。何とか、……ぅえっ」
そう言いながら、胃から込み上げる不快感を桃太郎は吐き出した。
《しっかりしろ》
「んなこと言ったって……うぅ」
《舞はなかなかでしたぞ》
「あそ……うっ……」
しばらくそうして、吐き出すものがなくなるとようやく立ち上がった。だが、足はふらつき頼りない。
《はあ、仕方ない。暁》
言ってだんごが姿勢を低くする。暁が心得たと、桃太郎を担いだ。
「わ!ちょっと待って、無理!今だんごに乗るの無理だから!」
《つべこべ言うな!桃太郎の足では本当に日が暮れてしまう!》
《わしが支えて差し上げますから》
「………」
支えられようと、突風のようなだんごの走りに今は耐えられそうになく、桃太郎は押し黙る。
《走らぬから安心しろ》
桃太郎の思考が伝わるのか、呆れるようにだんごは言った。
「…………分かった」
桃太郎が頷けば、暁は軽々とだんごの背に飛び乗る。つい最近の従者達は前ほどの強引さは弱く、桃太郎の意思を尊重する様子がみられるようになっていた。
「なあ、鈴の婆さまって、あれ人間?」
桃太郎はだんごの背に揺られ、暁に自分の背を預けながら誰にともなく聞く。
《種族で言えばそうだろうな》
《呼吸し、心の臓は動いておりましたから》
《桃太郎はどう見えたの?》
「………化け物……鈴には悪いけど」
不浄は清め祓うべきものだと桃太郎は思っている。父の舞がそうであったから。
「不浄をあえて側に置いてるように見えた」
《あやつは常に世の摂理に反しおる》
「なんで……」
《……さてな。我々のような存在にはあのような者の考えは分からぬ》
体の揺れに気を付けながら静かに歩くだんごはそれから何も言わなかった。桃太郎も他の従者もまた。
体を強く揺すられる感覚で桃太郎は意識がはっきりとしていく。だんごの歩みと暁の温もりが心地良く、いつしか眠ってしまっていたらしい。
「桃太郎! どした!? おい!」
父の焦るような声がする。目を開ければ、暗くなり始めた空を背に自分を見下ろす父の顔。
「おっ父……?」
「犬っころ達だけ戻って来たから心配して来てみれば……。立てるか?」
目を開けた桃太郎に安堵して、父は息子を助け起こす。だが、疲労で桃太郎の脚はしっかりしない。
父はふらつく桃太郎の前にかがむと広い背中を差し出した。
「おぶってやっから」
「………うん」
父におぶってもらうのは久々で桃太郎は少し気恥ずかしかった。それと同じくらい嬉しい気持ちもあって、父の背に体重を預ける。「よっと…」と言う父の掛け声と同時に、ぐらりと世界が低くなる。
「重たくなったなぁ……」
「………」
しっかりと踏み出す父の足元には、仮の姿の従者達も付いてきていた。
「何かあったか?」
優しい声だ。父がこの声の時はいつも、答えがなくても構わないと言ってくれている気がする。
「…………」
「……いっぺぇ動いたから、疲れたんだべな」
「……」
「少し熱もあるな。帰ぇったらすぐ寝ねばな」
「……鈴の、婆さまって」
ざっ、ざっ、としばらく父の草履が立てる音が響く。
「……会ったのか」
「うん」
「あの人が里長だ」
思わず父の首に回す腕に力が入る。
(あれが、大事なものを流す人……)
「あの人、ちょっと怖ぇ……。鈴には悪りぃけど」
「……んだな」
また父の足音だけが響く。家が近くなってきたが、微かに藁が上げる煙の香りが漂っていた。
「鈴も怖ぇか?」
父のその問いには桃太郎はしっかり首を振った。父の顔は見えないが、柔らかく笑ったのが分かった。
「それで良い」
「……うん」
「親は親、子は子だかんな。これからも仲良くしてやれな」
「うん」
そうして家の敷地に辿り着いた。煙の香りが更に強まる。
「桃太郎! どしたの!?」
父におぶさるから母が心配して駆け寄ってきた。何となく恥ずかしくて父の背に顔を埋めて隠れる。
「鈴の前で張り切りすぎて疲れたんだべな、痛って……」
適当な事を言う父の肩に桃太郎はドンと拳を当てた。
「熱もあるみてぇだから、寝かせてやっぺ。布団敷いてやってけろ」
「……はいはい」
仕方ないという雰囲気の母の気配が遠ざかる。
「変な事言うなよ」
「間違ってはねぇべよ……痛てっ」
顔を上げて抗議すれば、懲りない父にまた拳を当てる。
「焚火?」
桃太郎は視界の隅に炎と煙が上がっている事に気が付いて聞いた。
「迎え火だ。今日からご先祖様達の霊魂が戻ってくるから、家はここだぞと教えてやんのさ」
「霊魂……たましい?」
「んだ。でも、悪いもんも来るかもしんねぇから気ぃつけんだぞ」
悪いもんと言う言葉に、桃太郎は夕日に照らされるあの老婆が頭に浮かんだ。
不浄に成り果てた女達ではなくて。
「送り火ん時、一緒に舞うべな」
「送り火?」
「ご先祖様達がお帰りになる時に焚く火だ。あの世までの足元が明るいように」
「舞う時、袴も穿く?」
「当たり前ぇだ。袴も面もちゃんとせねば失礼だべさ」
送り火や霊魂よりも、桃太郎は正式な舞が舞える事に浮き足立った。思わず父に縋る腕に力が入り、脚もばたつかせてしまう。
息子の様子に父も顔を綻ばせていた。
「んだから、さっさと寝てさっさと元気になれな」
「うん!」
「布団の準備出来ましたよ」
そこに母も戻って来て、桃太郎は父の背を下ろされた。
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