鬼翼とエルフ英雄射手
ロウガ港湾地区。倉庫が建ち並ぶ一区画。港湾労働者を中心とした野次馬達の目線は、一見には何の変哲も無い大倉庫に向けられている。
その倉庫は屋根の一部が僅かに焼け焦げているだけで、失火から小火をおこした程度にしかみえない。
だが治安警備隊によって遮断結界を用いた非常線が張られ、周囲には薬が焼け焦げた刺激臭の強い臭いが漂っていた。
「隠し工房……それも非合法系か」
無事なのは倉庫を偽装した外観だけ。
二重壁になった内側は完全に焼け焦げてはいるが、焼け滓さえ残っていない状況に現場入りしたソウセツは、普段から深い眉間の皺をさらに歪ませる。
魔導工房内部で発生した魔力反応や、熱、音、振動等を外部に一切漏らさないように設置された結界防御壁が、皮肉にも外観だけは保つ効果をもたらしたようだ。
破損した通気口の一部から火が出ていなければ、下手したら今も気づかれていなかったかも知れないほどに隠蔽に優れた構造。
何せ防御結界はこの状況下でも健在。こじ開けるのに上級探索者のナイカがわざわざ出向かなければならないほどに強固であったほどだ。
だがこれだけ厳重かつ高度な魔導工房は設置が出来る区域は定められており、登録も義務づけられている。
しかしこの地区は対象外かつ、無届けの非正規工房。
明らかに後ろめたい事情を持つのは明らかだ。
「ナイカ殿。この工房でおこなわれていた実験を推測できる証拠は見つかりそうか?」
先に現場入りしていたナイカに尋ねてみても、ナイカはお手上げと首を振って返す。
「見事にないねぇ。イフリートでも召喚したのかってほどに燃え尽きて、蒸発してるよ。灰さえほとんどないほどさ。今若いのに、ここの所有者を表裏含めて裏取りさせてる……あちらの仏さんに聞けるのが一番早いんだけどねぇ」
ナイカが指さした先には、奇妙なオブジェクトが一つ。
炭化した丸太のようにもみえるそれから飛び出した枝には、探索者の証しである指輪がぶら下がっていた。
その指輪がこの者が何者であるかを証明する。
金属さえも気体化するほどの超高温下においてもかろうじて原型を保てるのは、天啓を得たことにより強化された肉体を持つ探索者であるからだ。
死体の主はこの隠し工房の主であろうロウガ評議議員の一人にして魔導ギルド長だ。
そして悪夢の島でおこなわれていた一連の違法行為の主犯とおぼしき者にして、ケイスが斬ろうとした人物でもある。
「死霊術による尋問も無理そうか?」
「首元に魂魄破壊術式を使った痕跡があったさね。支部のお偉方はそれを理由に自殺で、とりあえずの幕引きを願ってるだろうね」
死後に一つの情報も残さないよう、死体どころか魂さえも壊す術式を用いられていた。
自殺よりも口封じの他殺を疑った方がしっくりくる状況ではあるが、結界が健在で出入りは不可能な完全密室状態。
そして見つかった死体は一体のみ。
悪事が全て露見し処罰が下される前に魔導ギルド長は自ら命を絶った見る者は多く、渡りに船とばかりに全ての責任を押しつけようとする者達はさらに多い。
「ルクセライゼンやエーグフォランへの弁明としては弱い。魔導ギルド長に全てを押しつけるとしても、その下で動いていた者達もいる。関係者の摘発には時間がかかる」
「そこはあんたの名声だよりで時間稼ぎだろうね。ルクセ皇帝陛下のパーティメンバーである英雄殿の。協会としても大手派閥のギルド長が起こした醜聞案件よりも、伝説の英雄達の帰還として大々的に取りあげたいからね」
「ベザルート殿達の帰還に関しては今日正午に正式発表が決まった。祖父殿も中央から急遽戻ることになったと先ほど連絡が入った……取りなすのはかまわない」
これ以上状況をこじらせるよりも、清濁を併せ飲み、表面上は穏便に済ませるのはソウセツとしてはかまわない。
だが問題が一つある……ケイスだ。
「あの娘は俺ではどうにもならない。むしろこじれるぞ」
「そっちに関しちゃあんたの従兄弟殿に任せてるよ。2日経っても屋敷に引きこもってるんだから、引き留めには成功してるようさねぇ……まぁイド坊もよくつきあえるよアレに」
状況的に限りなく怪しいが自ら命を絶ったようだと、ケイスに伝えた時を思い出してナイカは何とも言えない同情的な顔を浮かべ息を吐く。
斬ろうとした相手が自ら命を絶ったと聞いて、獲物を逃したと激怒するならまだ判る。
自分が斬るつもりだと悔しがって悪態をつくなら、それもあるだろう。
だがケイスは違った。
いつも通り偉そうに『ん』と小さく頷いたかと思うと、小さく息を吐いて闘気を全開状態にして肉体修復を開始。
折れていた骨や傷を一瞬で治癒したかと思えば、そのまま戦闘装備に着替えると鍛錬をしてくると、不眠不休状態で剣を振り始めだした。
どうみても最大臨戦態勢にはいったとしかみることができない状態を維持している。
何を感じ、何を判断し、何を斬ろうとしているのか?
化け物の思考を読み取ることは、上級探索者であるソウセツ達でも無理だろう。
だが気づいている事は同じだ。
「……まだ何か起きる可能性が高いさねぇ。ロウガ全域に使い魔を放っておくかい」
「たのむ。俺は関係者と立ち入り先をもう一度調べ直させるついでに、全隊をロウガ各地区へ分散させて即時対応が可能にしておこう」
状況よりも己の勘を信じる。
人知を越えた死地をくぐり抜けつづけてきた上級探索者達にとって当然のスタンスは、偶然か、必然か、ケイスの行動理念と被っていた。




