剣士と悪夢
「フォールセン二刀流千仞灯火改技……千仞十華」
技として成ったと確信を持って、ケイスはその剣に改めて名をつける。
眼前へ迫っていた礫を打ち上げはじき終えると共に柄から右手を放し、空中へと刺突剣を置く。
礫をうけた長剣がはじかれ、角度を変え勢いよく刃が振り回された柄を左手で一瞬で掴みとり、その勢いを殺さぬまま軌道修正し、太ももを抉る角度で迫っていた礫を叩き斬り、即座に放しまた置く。
頭上から流星のごとき勢いで降り注ぐ礫群に対して、事前に頭上に投げていた幅広剣を右手で掴み打ち払いそのまま肩越しに背後へと置く。
地に落ちかけていた曲剣の刃を左足首を僅かに動かし打ち上げ、柄頭を噛み掴み首の力と、体裁きをもってして、心臓にめがけて迫る礫を打ち上げはね除け、またも曲剣を空中へ放り置く。
ケイスの周囲を覆うのは既に数え切れないほどに細かく切断され、粉砕され、それでも人を殺傷するには十分、いや過剰すぎる鋭さを持つ黒曜石の礫。
剣ではじき返すごとに、衝撃を受けた黒曜石の礫は割れ剥離しつづけ、無数の刃は加速度的に数を増しながら、魔法陣の中心部へ。
ケイスが立つ中央へと、ただただ盲目的に集おうと向かっていく。
対包囲戦集団防御陣練習用魔法陣。
本来はパーティ単位で使用する練習用魔法陣は、中央へと向かう引き寄せ魔術を施された物体による無限攻撃を、盾や己の武器を用いて一定時間防ぐ目的に使われる。
攻撃に用いられる物は、危険度のひくい綿を巻いたボールや木片で、よほど高度な練習でも金属球が用いられるのが普通。
その数もせいぜい10から多くても100に届かない位。
だがこの美少女風化け物に普通はない。
衝撃を受けるごとに剥離し増殖しつづけ、僅かな欠片であろうとも皮膚を深く切り裂く殺傷力を持つ黒曜石の刃は、既に浮塵子の群れのごとくケイスの周囲を覆い尽くす。
これだけの刃に囲まれれば、次の一瞬には全身を切り刻まれ、血みどろの悪夢を生み出す。
だが化け物は起こりうる悪夢を、さらに上回る悪夢によってかき消す。
無限の刃に対して、ケイスが抗う為に振るう剣は10刃。
始まりの宮にて打ち倒した迷宮主である大烏賊より、もぎ取ってきた爪こそがケイスの今の武器。
ケイスの周囲をめまぐるしく回り続ける剣達は大華刃を見事に咲かせ、絶対防御圏を作り出し、一歩も先に進ませない。
それは魔術では無い。
純粋なる剣技にして体技。
剣を振り空中に置き、次の剣を掴み振りさらに置き、時には肘で打ち上げ、指ではじき、噛み振る。
一瞬たりとも途切れることの無い無限連撃。
全ての動作が剣を振る為に研ぎ澄まされた所作であり、常人には理解不能な剣戟の極地がそこにはある。
己の剣だけで無く、全ての事象を、己の刃の元に組み伏せ蹂躙するための剣技。
それは悪夢。最悪の悪夢。
剣を志した者、剣士にとっての悪夢。
少しでも剣の才能があれば理解してしまう。
化け物が今振った剣は、自分が何千何万の習練を重ねた先でもまだまだ届かない先の剣であると。
その極地の剣が無数に、無限に連なり、悪夢を生み出す。
届かない、自分にはたどり着けるはずが無いと魂から理解してしまう。
自分は剣士だと厚顔無恥に名乗ることなど出来ないと、心が折れ、剣をおいてしまうほどの隔絶した技量がそこにはあった。
「人払いをしておいて正解か……ますますやばい領域に突っ込みやがって。ガキ共に見せられるかこんなの」
姪っ子が振るう剣を前に、遙か昔においてきたはずの剣士を志した者としての心の傷がかき乱される痛みを感じ、イドラスは息を吐いて不規則に蠢く鼓動を押さえた。
フォールセン邸には、館の主である大英雄に憧れ、剣を志す子供達がいくらでもいる。
その中には、フォールセン公認の剣技後継者にして史上最年少少女探索者という肩書きを持つケイスに、あこがれなどという幻想を見いだす者も少なからずいるだろう。
だがケイスの剣は憧れるという次元には無い。
本気で振るうその剣は、この世にケイス以外に剣士と名乗る者が存在することが許されない領域へと着実に上り詰めようとしている。
「フォールセン殿の剣技を改良しようとする者がいたら、あの時代なら不敬だと騒動になっていたな……どこまでの才覚があるのだあの子は。成長速度が早すぎる」
リハビリがてらの邸内散歩の途中で立ち寄ったベザルートは魔術師が本分であるためかアイデンティティを見失う心配はなさそうだが、ケイスが己の子孫だという実感が持てないのか冷静な値踏みをしていた。
一方でその横で消毒だと宣いエール酒をやけくそ気味にあおっていたドワーフ王ガナドは舌打ちをする。
10もの剣を空中に一時的に置き、次々につかみ取り、蹴り上げ、弾き上げながらとどまることのない連撃を振るう剣術など誰が想定できるものだろうか。
迷宮主からもぎ取ってきた頑丈すぎる素材である刀身はともかく、他のパーツはそれより遙かに耐久性に劣る素材だ。
本気を出せば指の力だけで、鋼鉄の表面をえぐり取れる化け物握力で何度も握られる柄にはうっすらとひびが入っている。
「ありゃ早いじゃねぇよ。異常だ異常……おい剣戟バカ! ケイスそこでやめろ! 柄が壊れる! 慣らしだっつってるだろうが! 鍛冶師泣かせの無茶するな!」
自分が武具を整備すればさらにこの化け物剣士の力を引き出せると、鍛冶師としての本能がつい騒いで、少し手を貸してやったのが運の尽き。
まだ体調も本調子ではないというのに、完全戦闘準備態勢に入ったケイスに駆り出されガナドは、本日15回目の柄修理と手直しをする羽目になった。




