剣士と選択肢
「んぐっ……私があの島で発見した設備は、人造転血石の製造工房だ。ナーラグワイズの転血石に加工を施して、人が使えるようにしていたのだろう。お爺さま。私の記憶から抜き出して皆に見せてやれ」
苦い。どろどろしているくせに、所々ざらざらもする。
喉にべったりと張り付いてきて飲み込みにくく、舌にも損失無くきっかり苦みの痕跡を残して後を引く。
鼻孔に抜ける青臭さは虫臭いし、冷めるほどにその芳香は強まるので、早めに飲み干したいが、胃が拒否をする。
一口ずつ舐めるように、ちびちび、こくこく、少しずつ飲んでいくしかない。
「看守の一部が持っていた転血石がそれであろうな……にゅぅっ……ただ赤龍の魔力を人でも使えるようにはしたが、奴の意思の発現までは押さえていたわけでは無い。ベザルートお爺さま達が施した結界が要であるのに、赤龍転血石を掘り起こして、掘削したことでバランスが崩れたのであろう」
空腹時は狩ったばかりの迷宮モンスターを生で囓る悪食のケイスでさえ辟易するほど、主従契約魔術効果を一時解除させる特製薬草茶はまずい。
祖母は原液を五重蒸留してどうとか言っていたが、記憶に残っている味よりさらに鮮烈になっているのでさらに抽出が繰り返されているのかもしれない。
幼い頃はもっとマシな味だった。
しかしケイスが年齢を重ねるごとに魔力を爆発的に増加させ魔力抵抗力も強まり、解除効果が無効化、解除効能増加に濃縮のいたちごっこの末がこの始末だ。
今の自分は魔力を捨てたのだから、最低濃度でも十分効能があるのではと思うが、解除効果よりお仕置きとしての比率が強いと判断して、口には出さない。
祖母に伝えた瞬間、にこりと微笑んで二杯目が並々と注がれるに決まっている。
「むぅっ……そこに私が看守から奪取した剣へ闘気を込めたことが呼び水となり、奴の意識が完全覚醒したというところであろう。しかし人を操ろうとしたのはつまらん手であった。まともな技法も振るえぬくせに。直接対峙した際は龍の戦いをしてきたので少しはマシであったが、やはり肉体が無いと少し物足りぬ」
少し舌をつけて一口含んで、苦さでびくっと震え、あまりのまずさに泣きそうになりながらも、何とか次の一口へと。
まるで小動物のような愛らしさを醸し出すケイスだが、保護者達が向ける目線は概ねどん引き一択だ。
ケイス見せる可愛げな仕草とは、正反対の頭のおかしい事情説明と頭上に浮かぶ水鏡が原因である。
鏡には、近接戦闘しか出来ない癖に、数万の虫を圧倒し、よみがえった火龍ナーラグワイズのブレスに真っ正面から飛び込み、脱出するためとはいえ未知の迷宮に嬉々として飛び込んで、巨大な迷宮主を食い尽くしていく化け物の視覚映像が次々に映し出される。
悪夢の島での一件を含めてケイスしか知らない事を事情聴取しようとしても、忘れる事が無く、さらに非常識な常識と既知の外をゆく倫理観を持ち合わせた化け物に、いちいち細かく問いただしていては、時間がかかる上に尋問役の精神が持たない。
ならケイスの説明を聞きながら、見聞きした記憶を直接呼び出した方が早いと判断したラフォスの好意によって、行われる上映会だが、その非常識すぎる行動を直接目撃させられた被害者がただ増えただけな気がしなくも無い。
彼らの心によぎる感想は概ね一つ。
なんでここまで無茶に無茶を重ねて、五体満足で生き残ってるんだこの化け物は。
確かに何が起きたのか、何を見たのかは判りやすいが、立て続けに起きる異常事態のオンパレードは、精神異常な悪夢をみせられているような気分になる。
心の平穏をごりごりと削られていく幻聴までしてくる始末だ。
保護者達が心の安寧を奪われていく様には一切気づかず、気にせず、ケイスは少し離れたところで待機している龍達に抗議の意思を向ける
『始母様。なんでミュゼとニアお婆さまを連れてきた』
二匹の龍の足下には、年の頃は30過ぎの涼やかな透き通った青色の双眸と同系色でゆらゆらとたゆたう衣を纏い人外の雰囲気を醸し出している美女が一人
彼女はルクセライゼン皇家始母にして現深海青龍王ウェルカ・ルクセライゼン。
精神世界なのでかつての姿である人間体として現れているが、その本体はケイスの故郷でもある離宮龍冠の直下に広がるがる大迷宮【龍冠】の奥底の地下湖で佇む巨大青龍である。
『わたくしは父上からの要請に応じただけです。呼び出しを受けた時刻は、丁度オセラニアからルクセライゼン各地の報告を受けていたところでした。ミューゼリアも側仕えでいましたのでタイミングが良かったですね』
しれっと責任をラフォスに押しつけたウェルカは目を閉じ傍観モードに戻る。
ルクセライゼン皇太后の役目は離宮龍冠に居を移し、国の平穏、発展への祈りを捧げる事だと公式には認識されている。
だがその実態はルクセライゼン大陸全土に年に一度天からの恵みをもたらす春の大嵐【春嵐】のコースやもたらす雨の量を、ルクセライゼン皇家始母にして深海青龍王ウェルカに伝える事にある。
本来であれば大海から大きく離れたうえに険しい山岳が連なるルクセライゼン大陸中央部は、千年単位で雨など振らぬ砂漠が広がる不毛の地であるのが自然の姿だ。
だが大陸中央に鎮座する水を司どる深海青龍王が大嵐を召喚する事により、養分が豊富に含まれた慈雨が降り注ぎ、大陸全土は変貌する。
張り巡らされた水路や運河によって大陸全土に広がって、広大な森林地帯や穀倉地帯は維持されるが、その効果は大地だけで無く、河川や近海は流れ込んだ栄養豊富な水によって豊かな漁場を生み出していく。
だがウェルカはあくまでも基本的に傍観者。
呼び出された精神体は微笑むだけで一言も発する事無く、子供達からの頼み事を聞き、その通りに嵐を呼び雨をもたらすだけの存在……ケイスという規格外が誕生するまでは。
『現実世界の状況的に、説明をあまり長引かせるのは良くないと思ったのだが、娘の記憶をみせたのは逆効果だったか』
『ラフォス殿の手が一番有効なのは間違いない。嬢の冒険譚を口で説明されても、俺は理解できる気がしない。青龍の鎧を身につけていたので防御が出来たのは理解するが、我らがいたのならばともかく、ナーラグワイズの火球を剣技で真正面から食い破ったのは、この目で見ても未だ理解不能なほどだ。起こった結果だけを受け入れるしかないだろう』
たとえどれほど信じられなくとも、現実でやっているので、妄想や空想の類いでは無い。
偶然でも運が良かったでも無く、純粋な剣技であり、ケイスがやろうと思えばいくらでも再現可能。
圧倒的な才能を持つ常識外生物の、剣技、いや近接戦闘技術を、常識内生物が理解しろというのが酷な話だ。
ケイスの武具として、短期間で数多の戦闘に引きずり込まれているノエラレイド達でさえも理解が追いつかず、理解を諦める事を理解することでしか、平常を保てない。
そういう怪異か異常現象だと思った方がマシなレベルの人外、いや生物外生物と呼んだ方がしっくりくるだろうか。
だが諦め程度で済むのはまだマシ。
龍達は人の世からは隔絶した世界に生きる者達。
人の世の理で生きている者達はそうはいかない。
なんせ歩く暴風雨はひたすら気軽にトラブルを呼び込みそこら中に被害を出して行く上に、敵対者には容赦なく牙をむく。
「ケイネリア……お前が探索者になってしまったのはもう仕方ないが……たのむからおとなしく探索者をやってくれ」
イドラスの心からの頼みに対して、ケイスは不思議そうに眉を顰めて首をひねる。
「? だからちゃんと新しい迷宮群を発見したと報告したでは無いか。無論ロウガにだけ報告する考えもあったが、私の代役をやっていたカティラ・シュアラや私の仲間を狙ってきたのはロウガ評議会魔導ギルド派閥の長でもあるギルド長である可能性が高い。狂乱結界により魔力耐性の無い私を狂わせ、仲間達を殺戮させようとしたのは、おそらく火龍の呪いで人への恨みを募らせ錯乱していたことにし、私がもたらした呪いの島の情報の信頼性を下げるのが目的であったのだろ。ならばロウガのみで無く、周囲の国家や管理協会支部も動かざるえない情報をあたえて、隠蔽など出来ない様にする必要がある。相手が私のみを狙うならともかく、私の周囲の者まで疑い巻き込もうとするのだ。自衛手段として当然であろう。それにおとなしくしているではないか。普段ならもう斬りにいってるぞ。今回は仲間達の安全確保を最優先したので自制したのだぞ……うむ。だがそれもようやく終わりだ。ルディ達の尽力によりベザルートお爺さまや、ガナド殿は結界魔具から救出された。だから叔父様、ルクセライゼンとして、その恩にむくいて功労者である私の仲間達をあらゆる政治的要因から護れ。私がロウガ評議会の重鎮を斬り殺しても、仲間は無関係だとして保護しろ」
一方的に語り、断言し、命令するケイスは、ちびちびと茶をなめながらも淡々としている。
既にケイスの中で全てが確定した事例で有り、これからの行動方針も全て決まっているのだと。
美少女風化け物の厄介なところをまじまじと見せつけられた周囲は、黙るしか無い。
状況に興味なく暴れているならまだいい。
状況を知らず、ただ反射的に力で対抗しているならまだ理解できる。
「あー一応進言するぞ。周辺国家を巻き込んだんだから、いくらロウガの重鎮でも証拠が出てくればいいわけは出来ない。ましてや今回は英雄と謳われた二人を救出もせず、禁忌とされる火龍魔力制御に利用していた疑いもある。本人はもちろん関係者にも死罪ってなる可能性が極めて高い。すこし時間はかかるがこっちも処罰を後押しする。ケイネリアが不利益を被るよりは、政治的方向での決着はどうだ?」
「? あれは私の敵だぞ。私どころか、私の仲間達を狙ってきた者だ。私が斬るのは当然であろう。無論ロウガ支部がギルド長を庇い立てするなら斬るし、管理協会本部が擁護にでてきても斬るぞ……本部まで出てくるならば上手くすれば上級探索者も出てくるやも知れぬな。うむ楽しみだ」
それのどこが上手くいけばだ。管理協会全体を敵に回すなど最悪の結果でしかない。
しかしそれが名案だと言わんばかりに実に楽しげに笑って見せた美少女風化け物の思考は、誰にも理解が出来ない。
イドラスは娘に無言で目線を飛ばすが、ミューゼリアは静かに首を横に振った。
姉的存在であるミューゼリアでも、これは説得は不可能と判断した。
ケイスは幼く可憐な美少女の外見をしているが、その本質は龍である。
自らが愛でる仲間(宝物)に手を出した者達を、龍が許すはずが無い。
無理にでも止めようとすれば、それこそ敵認定して、止めようとした相手を殺さぬまではいかずとも行動不能となる程度には斬ってくる。
となればだ……
「ならこっちはこっちで勝手に落とし前をつけさせてもらうが良いか? 皇帝陛下を利用されたうえに、処罰もしないまま被疑者死亡となったら面子が丸つぶれだ」
「もちろんかまわぬぞ。ベザルートお爺さまやガナド殿。英雄への扱いに義憤を覚えるのは、私だけでは無いであろう。だが私が誰よりも先に斬るぞ。あと私の行動を阻害するために、ルディ達の安全確保をわざと遅らせたらいくら叔父様達相手でも怒るぞ。ルディや関係者の安全確保は最優先だ……父様に、私が世話になった恩人達だ。娘によくしてくれた者達に、父親として返礼をするという当然の行為を合法的に礼を果たせる機会だと伝えてくれ。父様は率先して動くであろう」
イドラスの提案に鷹揚に頷いて了承したケイスは、珍しく甘えてねだるような顔を浮かべると、父親であるルクセライゼン現皇帝フィリオネスへの伝言を依頼する。
娘に甘いというか、たった一人の愛娘を溺愛しているフィリオネスが、名目は違えど、娘の恩人達へと謝礼をする機会を見逃すわけがない。
これがケイスの恐ろしさだ。
全ての事情を読み取り、推測し、状況に対して対応する術を幾万も考えた末に、最終結論が、結局自らが斬りにいくという一つの答えにしかたどり着かない。
他者からみてほかに良案や妙手があろうとも、この化け物はそこに価値を見いださない。
斬るか斬らないか。
それでしか世界をみていない何よりの証左である。
どう対応すべきかイドラス達が顔を見合わせる中、救いの手は予想外の所から繰り出される。
「娘。意気込んでいるところ悪いが、その者は自殺したようだ。ナイカというエルフの娘が予定より遅れてきたのは、その対処の為のようだ」
深々と息を吐いたラフォスは、ケイスの機嫌が著しく悪くなる情報を伝えてきた。




