ルクセライゼンと紋章院
空位時代もしくは後宮時代。
暗黒時代終焉期からトランド復興初期をまたぎ、約三十年にわたるルクセライゼン皇帝や帝位継承資格を持つ皇太子不在の時代を後の歴史家達は評する。
数百年にわたる度重なる赤龍や迷宮モンスター群との激戦の中で、命を落とした青龍の龍殺しは数えきれぬほど。
今の時代よりも遙かに凶悪凶暴なモンスターが跋扈した上級迷宮へと、帝位継承のために必須となる四宝探索に挑み帰らぬ皇族もまた多数。
長く続く戦乱のなか激減した皇族、準皇族の血脈は細り、時の皇帝ベザルートさえも命を散らすほどの狼牙攻略戦役のはて、大英雄達が赤龍王を討伐し暗黒時代の終焉を迎えたとき、帝位を継ぐべき皇帝の子達は数多くあれど、その長子ですらまだ齢3つと幼い皇子、皇女ばかりであった。
南方大陸統一帝国ルクセライゼンは、かの暗黒時代に迷宮から無限にわき出してくるモンスター達に対抗し人類の力を集中する為にという名目で、当時のルクセライゼン王国が大陸内の他国23カ国を併合して、大陸統一を成し遂げた経緯を持つ。
継承可能な次代の皇帝候補はおらず、権力の座が空白となったルクセライゼンは大きく割れる。
暗黒期は過ぎ去ったのだからと旧王国王室の復興と領土回復を望む帝国解体派閥。
帝位継承戦を廃し、ベザルートの異母兄弟皇族や上級探索者である準皇族から新たなる皇帝を選出しようとする派閥。
はたまた大公家当主達による合議制を主張する派閥。
暗黒期終焉にむけ多大な犠牲を払い、数多くの貢献をしたルクセライゼンがその功績に見合った成果を求めるのは当然の権利であったが、何を求めるかで派閥ごとに分かれたルクセライゼン国内は大きく揺れる。
数多の派閥、議論の中で最も支持を集めたのは、赤龍王討伐パーティの大英雄にして元ルクセライゼン皇子【双剣】フォールセン・シュバイツアーのルクセライゼン皇帝就任要請であった。
だがこれは当の本人の強い意志により辞退されている。
曰く自分は、国を護るべきルクセライゼン皇族としての責務を捨て、己の意思で一人の探索者となった身。
その証拠に長い探索者としての戦いのなかでも四宝の一つを得る機会はついぞ訪れず、帝位継承の資格が無いことは明確。
また皇帝ベザルートが同じシュバイツアー大公家の血筋であり、二代続けて同じ家門が帝位を継承することを禁じたルクセライゼンでは、大公家間の不和を生み、それはようやく希望が見えてきた世界の平和を乱すことにも繋がりかねないと。
ただフォールセンも祖国の窮地をただ傍観したわけではない。
幼き皇子達が成人し、次世代の皇位継承戦が可能となるまで、暗黒期を戦い抜いた数多の英雄達と連名で後見人として立候補し、皇子皇女達や残されたベザルートの皇妃達の保護を宣言する。
並行してフォールセンの盟友、緑帝ミウロ・イアロスや竜獣翁コオウゼルグは復興途上のトランド大陸で探索者の育成と迷宮資源の収穫を管理運営する互助組織を立ち上げ、世界各国へとその収益を分配する体制を確立し、各国との調整を開始する。
この互助組織が暗黒期前より迷宮へ挑む者達を手助けしていた迷宮神ミノトスを信奉するミノトス神派と融合を果たし、世界各国で影響力を持つミノトス探索者管理協会へと変貌していった。
英雄達の庇護の元、皇妃達は夫が命がけで得た平和な時代を護るために、次代につなげるために後宮派として一丸となり、時には自分の実家からの圧力もはね除け、皇子、皇女達の教育に心血を注ぐ。
その成果が花開くのは数十年後。
迷宮に挑んだ10人の皇子達全員が上級探索者へといたり、そのうちの一人がついに皇位継承の証したる四宝杖を獲得し新皇帝として即位。
9人の兄弟は我が事のように喜び祝意をしめしたのちに、臣下として新皇帝を補佐し、半壊していた帝国各軍を立て直して、ルクセライゼン各地の治安を改善しながら、いまだ迷宮モンスターの被害に苦しむトランド大陸の新開拓地防衛に貢献していく。
また数多の英雄達を師として教育を受けた他の皇子、皇女達も婿入り、嫁入りした各大公家に新たなる強き青龍の血、工学知識、魔導技術をもたらし、今も続く世界最大の大帝国ルクセライゼン黄金期を築き上げていった……
「フォールセン様達英雄の守護のもと、当時の皇妃全員が、お爺さまが愛し、お爺さまを愛する一つの家族として、ご実家やご兄弟からの脅迫や懐柔もはね除け、平和な次代を作り護るために尽力なさいました。わたくしの父様達の代はファルゲルンの叔父様が杖を得て帝位を継がれたあとも、最後までご兄弟の仲がよく、特に上級探索者となった叔父様達を指して、ルクセライゼンには10人の皇帝が存在すると謳われておりました」
自分の孫だと名乗る老貴婦人が物静かながら誇らしげに語る妻子達の話に耳を傾けながら、ベザルートは何とも微妙な顔を浮かべ息を吐く。
子供達の活躍を喜ぶべきか、それともどうしてこうなったと苦悩すべきか?
妻子達が自分がいなくなった後も、家族として、国を護り育ててくれたのは素直に喜びを覚えたのだが、問題は……その後だ。
「オセラニア殿でしたね。貴女は私の息子レドリックの娘で、今のルクセライゼン皇帝の実母である皇太后を務めていると……ちなみに貴女が生まれた時のレドリックの年齢を覚えていますか」
参考資料としてテーブルの上に置かれた家系図を指さしながら、ベザルートは確認する。
「はい。たしか……97才ぐらいでしたかと。父様がお年をめしてからの末娘となります。あぁでも上級探索者でしたのでまだまだお若く見えました。一番上の腹違いの姉様がわたくしと60ほど離れておりましたが、よく可愛がっていただきました。わたくしが自分の孫みたいで父様の方が息子にみえると笑っておられました。ふふ、懐かしい話です」
「……それであちらで半泣きでお説教を受けている雪殿に似た少女が……貴女の孫で、現皇帝の唯一の娘だと」
「お恥ずかしながら……後でちゃんとご挨拶させますのでお許しください。お説教だけですめば良いのですが、あまり聞き分けが悪いようでしたら少しお仕置きも必要でしょうか……少し長引いていますね。ちょっと様子を見て参ります。失礼いたします」
少女達を眺めたオセラニアはおっとりした顔を少し困らせると、優雅な仕草で立ち上がり一礼してから席を外した。
「……顔色悪いぞ。大丈夫か。ベィの字」
オセラニアが席を外すと、酒をちびちびと飲みながらも無言を貫いていたガナドが小さく尋ねる。
ガナドは何故とは問いかけない。ベザルートも何故かは答えない。
原因は一目で判ったからだ。
「血が濃すぎる……濃くなりすぎている。どう見るガナド王」
「龍殺しの血族じゃ近親婚は珍しくないって話だが、俺らの知るルクセライゼンはここまでじゃなかったよな。何せ家門の数が24家もありゃ自然とばらける」
資料として出された家系図がおかしい。
親子、夫婦関係を表す線があまりにも複雑に絡み合い、近親婚がここ4世代で何十、何百と繰り返されている。
息子、娘達の子世代、従兄妹、従姉弟間の結婚等序の口。叔父、姪、叔母、甥、祖父、外孫、祖母、ひ孫と、いくつかの養子縁組を繰り返して判りづらくなっているが、ルクセライゼン24大公家内で交差する血の交差があまりにいびつに収縮されている様が映る。
その原因は不老長寿の上級探索者となった一族だけで無く、準皇族でもやけに長寿の者が増えていることだろうか。
その為重婚が許される皇帝の後宮には、姉妹で渡り嫁ぐ者もおり、準皇族の上級探索者が後妻として実姉妹の娘を迎えている例も珍しくない。
実際オセラニアも家系図を見るに実年齢は100才近いはずだが、外見は60を過ぎた程度にしか見えない。
無論ここは精神世界であるので、現実と見た目が違う可能性はある。
だが確実におかしい事実が一つある。
今のルクセライゼン皇帝はベザルート当人から数えて五代先の子孫。男子継承であるルクセライゼンではつまりは孫息子の孫息子だ。
しかし今の皇太后であるオセラニアはベザルートの孫娘であり、ベザルート達を助け出したという娘もオセラニアの孫娘に当たる。
孫の孫、五世代先の子孫が、親子となっている歪な構造がそこに浮かび上がっていた。
しかしオセラニアはこの関係がおかしいという自覚がまるでみられない。当然のことと受け取っている。
どうにも気落ちの悪い感覚を覚えベザルートはこの家系図を差し出したイドラスへと目を向ける。
「レディアス家の子息だったな……これは当たり前のことだと、何もおかしくないと貴殿も思っているのか?」
レディアス家は皇帝宗家に代々仕え、皇帝直属近衛騎士団団長たる守護騎士を幾人も出した名門家系。しかもあの大英雄の一人邑源華陽の息子だという。
もしこの男までこの異常事態を見過ごしているのだとしたら……
ベザルートからの問いかけに、イドラスはしばし答えに迷う。
どう答えるべきかとしばし思考を回してから試す事にする。
「……ルクセライゼンにおける婚姻は今も紋章院によって管理承認がされて計画的に行われています。特に血が細くなった暗黒期の後は皇族、準皇族家に対してはより血脈の強化を優先しているとされます。全てはルクセライゼン国体の維持と繁栄のために」
表向きの説明に対して、二人の表情は変化はない。だがイドラスの戦闘勘が、僅かな空気の変化が今の答えにたいして二人が警戒度を高めたと導き出す。
問題ばかり起こす姪っ子の所為でいろいろ巻き込まれているが、これ以上は無いほど間諜の心配が一切無い場を設けられたのは喜ぶべきことだろうか?
今から話す情報はどうしても気が重くなるので、冗談めかして考えてみても気が晴れる訳がない。
晴れていいわけがない。
ルクセライゼン帝国が隠すべき、ケイスの存在に匹敵する秘匿情報であるからだ。
「紋章院の理念によって、私の叔母である大英雄【双剣】邑源雪様は謀殺されました。フィリオネス陛下の御子様を身ごもったために、おなかのお子様と共に……陛下と私の父母は、雪様と御子様の敵を取るためにルクセライゼン皇帝となり、今現在も紋章院と暗闘を繰り広げております」
目を僅かに驚愕で見開いた二人がしばらくしてやりきれないと同時に息を吐き出す。
「……酒がまずくなった。本当にどうなってんだ今の時代は」
「我が国ながら……業が深い」
古の英雄達はイドラスがもたらした情報が真実であると察したのか、苦虫をかみつぶしたかのような表情で天を仰いだ。




