問題児と保護者呼び出し
「ノエラ殿。ベザルートお爺さまの精神体からの赤龍魔力除去はまだかかりそうか?」
己の先祖、五代前のルクセライゼン皇帝ベザルート・シュバイツァー・ルクセライゼンの容態を観察しながら、ケイスは背後のノエラレイドを見上げて尋ねる。
ベザルートは薄い藍色の髪が特徴的な二十半ばの外観。実年齢は四十過ぎぐらいだったか?
年齢的にも血筋的にも祖父の祖父とは、とても見えない風貌だが、百年以上時間停止空間に閉じ込められていた上に、不老長寿の上級探索者がそこそこ身内にいるケイスには、外観が釣り合わない親族程度は、今更のことで気にもしない。
寝かされたベザルートの周囲の地面には、ノエラレイドによる魔力吸収魔法陣が広がり、淡い光を放ち、微かに息を荒げ全身から汗をびっしょりと流しながら苦悶の表情を浮かべてるその精神体から赤龍魔力を除去していた。
「ドワーフ王よりも、至近距離でナーラグワイズと接していたから純粋に量が多い。その上に嬢と同じくラフォス殿の血脈で青龍魔力を本人も宿している。執念深いナーラグワイズの性格と同じくしつこく抵抗を続けている赤龍魔力と絡み合っていて、より分けが手間だ」
凶悪無比な龍の魔力は、魔力を浴びた存在を変化させるだけでなく、生物であればその精神さえも浸食し、変質させてしまう。
肉体も精神も変わり果てた末が、人類種への敵意に支配され、己の肉体が滅びるまで破壊と殺戮を尽くす龍憑きの赤竜人となる。
幸いベザルートは赤龍魔力と対極をなす青龍魔力の持ち主なので早々変質することは無いが、己の中で互いを喰らおうといがみ合う双龍の魔力による激しい負担と、赤龍魔力に抵抗するための魔力生成による消耗で意識が取り戻せるレベルまでは達していないようだ。
「ふむ。現実側は大丈夫なのか?」
「あちらも問題はない。二人とも龍と死闘を繰り広げたわりには思ったより肉体損傷が少ないのに加えて、嬢の仲間達が即座に神術治療を施し、今も適切に状況に合わせて対応しているようだ」
「ん。しかしほとほとナーラグワイズはしぶといな。私が一度斬り潰してやったというにまだ存在するか」
「空間的に遮断されていたから同位別存在のような状態であった。魔具内に残っていた現実の奴の残存魔力は、ラフォス殿が押さえている間に、俺が喰らって完全消滅させたのであとはこちらの残り滓。それとあの島から転血石として切り出された物がいくつかあるかも知れんな」
「ふむ。ならばどこかで見かけたら斬るか。ナーラグワイズの魔力を喰らったのだノエラ殿の肉体再生成を少しは出来る程度になったのでは無いか?」
「とうてい足らぬよ。せいぜい鱗十枚程度だ。ラフォス殿からは兜の装甲板として顕現させる案が出ているがどうする?」
「むぅ。基本回避するから十枚程度では防げる範囲は狭いので却下だ……ふむ。セイジ殿の火鱗刀を習うか。投擲ダーツとしてそれぞれの鱗を用いて、ノエラ殿の感知範囲と精度を上げる形とする。周辺の環境把握能力をあげつつ、手元に戻る帰還能力もつけた特殊魔具とするか、物理的なワイヤー接続とするかは、ウォーギンと要相談するとしよう……んとりあえずはこのような形状であろうか」
新しい武具を脳裏に描き手元に顕現させてみたケイスは、新しいおもちゃを得た子供の顔で無邪気に笑う。
じつに上機嫌だ。この上なく楽しげだ。
事情を知らぬ者が見れば、それは心を和ませ安らぎをついつい覚えてほっとしてしまう微笑ましい光景に映ることだろう。
想像から生み出した赤い鱗の投擲ダーツを持って笑っている違和感はあるが、絵画の中から抜け出してきたような圧倒的な美少女ぶりと、邪気を感じさせない無邪気すぎる笑顔という、問答無用の反則兵器が、化け物の本質をこれでもかと覆い隠すのだ。
実際今のケイスに悪意など一切存在しない。
新しい武器やそれに合う戦術を考えるのは楽しい。
早くベザルートが意識を取り戻さないかと待ちきれずいるのも真意だ。
このあとケイスの予測通りなら、ベザルートも目を覚ますと同時に近くにいる火龍ノエラレイドの気配に気づき戦闘態勢に入るだろう。
なにせベザルートの意識上では今まさにナーラグワイズとの決戦中。とどめを刺したかどうかの確認も出来ていないのだから、ガナドと同じ臨戦態勢を維持しているはずだ。
その状態で話をするよりも、一度戦闘してから落ち着いてもらう方が話がしやすくなるはずだ。
ガナドも一度刃を交えたあとは、落ち着いてイドラスからの話を聞いてくれたので最善の一手だったと、ケイスは自分の行動を自画自賛する。
もっともガナドは精神状態が落ち着いたというよりも、戦闘を続けられないほどの混乱の極みにたたき落とされたというのが、この世の絶対真理。
しかしあまりに異常すぎる精神構造により他人の心情など察することが出来ないケイスの心に浮かぶのは、今度はベザルートと戦う事が出来る喜びだけ。
しかも近接戦闘を専門とする戦士であるガナドと違い、ベザルートは遠距離攻撃を得意とする魔術師タイプ。
遠近全く違う戦い方となる二人の上級探索者と、本気で刃を交えられる。
「うむ。ノエラ殿。ベザルートお爺さまの意識が戻ったら大きな空間を取ってくれ。あと障害物として柱を乱立させてくれると、より長く楽しめるから頼むぞ」
強者との戦いを至上の喜びとせず、どうして剣士を名乗れようかと、ケイスは調子に乗っていた。
そう調子に乗ってはしゃぐ幼子とかしていた。
「おい。イドラスとか言ったな……あれ今度はベィの字とやり合うつもりだぞ」
龍達の精神世界だという、霧が立ちこめどこまで広がっているのか見通せない非常識な地下空間。
巨大な池のほとりでそこらに転がっていた大岩を椅子代わりに、自分の記憶の中から呼び出した酒を樽ごとがぶがぶとやけ酒を煽りながらガナドは、少し離れた場所で盟友の目覚めを待つ理解不能生物を指さす。
いいのかと目で問いかけると、簡易だがガナド達が封印状態になってからの大まかな世界事情説明を続けていたイドラスが深々と頭を下げて謝罪をする。
「申し訳ありませんガナド様。あの状態で私が止めにはいるとこっちが標的になります。現実なら動けない程度に叩きのめして叱れば良いのですが、精神世界だとケイネリアの意思次第でいくらでもダメージ回復しますので、無限に続きかねません」
「……厄介すぎる。今の常識はどうなってやがる。ルクセライゼンもどういう教育してんだ。いくら邑源流だからって首を飛ばしても心臓をさしても反撃してくる化け物を生み出すなんぞどうなってやがる。俺はしばらく嫌だぞ。あんな疲れる化け物の相手は」
自分たちの戦いのあと、赤龍王を無事討伐し、それなりの平和な時代が過ぎていると聞いて安心したはずが、暗黒時代よりも不安が勝っている気がするのは錯覚だろうか。
記憶から呼び出した樽酒は味はともかく、まやかしの存在なので酔うことは出来ない、
それでも少なくとも精神安定剤にはなるので、新たな酒樽を呼び出したガナドも、ケイスの相手はごめんだと自分が止めに入る気は無くしていた。
「あのバカの戦闘能力と、うちの流派を一概にしないでほしいってのが一族全員の願いです。現実でその変態技をやったって聞いた時、うちの陛下が体調不良でしばらく休養状態になられたので、当世でも非常識存在の極みです」
「仮想技じゃ無くて現実にやらかしてるのかよ……子煩悩なベィの字が、化け物だろうが一応子孫のあれとそんな戦闘をやり合ったら、まじでしばらく使い物にならなくなる。どうすんだ」
ベザルートは全ての妃を平等に愛し、彼女たちとの間に一人以上を子供をもうけた子だくさんであり、四十人以上の子供達を全員かわいがっていた事は今の時代にも知られている。
実力的にケイスのみやられて一方的になるが、可愛い子供達の末と血みどろの死闘を強制されかねない盟友に哀れみを覚えるほどだ。
「申し訳ございません。それについては私達も憂慮しています。しかたありませんのでラフォス様にご助力を戴き援軍を招集することになりました。ノエラ殿も今は時間稼ぎで覚醒を引き延ばしています」
ガナドからの苦言の洪水に対してイドラスは平謝りで恐縮然りだ。
何せ反論できることが一つもない。
ガナド達を助け出した功績を秤に掛けても、反対側に乗る迷惑行為で秤ごと破壊する勢いで、ケイスの問題行動が加速度的に増加している。
保護者一同が、それこそこのバカをどうにかしなければと、種族の垣根を越えて心を一つにするほどに。
今この空間にラフォスはいないが、ケイスにはカイラの体内魔力の流れを整える為に離れているとごまかしている間に援軍を呼びにいっている最中だ。
やはりケイスのいい考えは碌なことが無い。
いろいろ複雑に絡み合った切迫した状況のただ中だと理解しながらも、最優先することが強者との戦いであるのが性質が悪い。
「前深海青龍王ラフォスか……ルクセライゼン建国神話に出てくる邪龍って話だが、全く別物っぽいな。迷惑程度なら嬢ちゃんのほうが邪龍でしっくりくんぞ」
イドラスもつい同意しかねない愚痴をガナドがこぼしていると、不意に周囲を漂っていた霧が薄れ水面を割ってラフォスが顔を覗かせた。
「待たせた。あのバカ娘はまだ動いてないな?」
「ご足労をおかけします……突然の呼び出し申し訳ございません皇太后陛下。我らの手には負いかねまして事態収拾のためお力をお貸しください」
ラフォスに礼を述べてから、その首の下に現れた三人を見たイドラスは、その真ん中に立つ透き通るような水色の長髪を丁寧に結い上げた老女に対して膝をつき、最上級の礼を示す。
「気にしなくて良いです。貴方に苦労ばかりさせて心苦しいくらいでしたので。それにウェルカ様とのお茶の時間でしたので、ちょうど手は空いていました。ベザルートお爺さまにはわたくしもお会いしたかったので……ミュゼ。わたくしはガナド陛下にまずはご挨拶を。それにあの子の祖母として謝罪が必要でしょう。お説教は任せます」
現ルクセライゼン皇帝フィリオネスの生母にして皇太后オセラニア・メギウス・ルクセライゼンは柔和な笑みを浮かべイドラスをねぎらうと、右背後に控えていたメイドの少女へと指示を出した。
「畏まりました…………」
小さく一礼して女主人に答えたメイド少女は、イドラスの横を通り過ぎる一瞬視線を向けて、皇太后様の前なんだからいくら現実で変装しているのだしても、精神世界でならもう少し小綺麗な格好をしてと目で怒っていた。
ケイスがそれに気づかなかったのは、ひとえにラフォスの力だ。
戻ってきたラフォスが己の気配で隠していたので、さしものケイスでも背後にたたれるまでその存在が現れた事を察知できなかったのだ。
生まれた頃から慣れ親しんでいる姉の気配に。
「うむ。下手に距離を取ると大規模魔術の隙を生むな。ならば近距離で小刻みな」
「楽しそうですねケイネリア様。是非わたしにもお話を聞かせていただけますか……正座で」
慣れ親しんだ声が発した最後の姿勢指定に瞬時に怒られるとケイスは悟る。
その一言が出たら叱られる未来が確定したと、過去の所行から嫌なほど思い知らされているからだ。
「ミ、ミュゼ!? まて!? 誤解があるぞ! 私は悪いことなんてしていないぞ!」
確定した未来に少しでも抗おうととっさの自己弁護という言い訳を繰り出しながら、背後を振り返る。
どうしてこの場にいる? 等の疑問が浮かぶよりも、先に防御にでなければならないと、何が起きてもいつも泰然としているケイスが焦るほどだ。
「わたしの聞いてたお話とちがいますね。ですからお話ししましょうね。”いろいろと”」
自分と似た容姿と同系色の黒髪から僅かに覗かせる尖った耳を覗かせた従姉妹にしてお付きのメイドにして姉ミューゼリア・レディアスが、にこりと笑いながらも、言い訳は一切許しませんよとお説教モード全開で降臨していた。




