隠匿皇女と家族会議
ラフォス達を手放し、闘気による肉体強化も無い素の状態での己の感覚だけを研ぎ澄ます。
はっきりと対象人物を個別判断して、その体勢や歩法から予測する技量を脳裏に描けるのはせいぜい室内と廊下まで。それ以上の範囲外は難しく、誰かがいる程度ならともかく察知能力は段違いに落ちてしまう。
離れていてもはっきりと判るのは、龍の血を引く親族、もしくは龍が宿る愛用の武具達。
フォールセン邸内に感じる反応は四つ。対面に腰掛ける叔父。野外鍛錬所に三つ。叔母の手によって運ばれた羽の剣、赤龍鱗サークレット。そして未だ意識は戻っていないが待機してるカイラだ。
「叔父様。従姉妹殿のお気に入りの剣戟師であるそうだがカティラ……いまはカイラか。場合によってはこのあと斬り殺すぞ」
ケイスなりに熟考を重ねた上での行動指針を伝えると、だらっとソファーに腰掛け手酌で酒をちびちび飲んでいた叔父は深いため息をはき出す。
結論から入るな。せめて相談ぐらいしろと如実に語っている目を浮かべ、杯をローテーブルの上に置き背筋を伸ばし纏う雰囲気を変える。
飲んだくれの不良中年探索者から、皇帝直属の極秘情報機関の長の顔へと。
「ケイネリアとこちらの認識が違うかも知れないので一応聞くが、問題視しているのは、カイラから突如として龍の血を感じ龍殺しの一族と察知して、密偵の類いではないかと疑っていることだな。私は同族で無いのは判るが、種別まで判別できない。だけどケイネリアの判断は深海青龍系ルクセライゼンの血だと」
龍は他の龍を感知する。縄張り意識が強いためか、それとも周辺環境すら容易く変えるほどの強力な魔力を宿す故の警戒心からか。
同族に対する違和感と、他種族に対する違和感は大きく異なるが、その種別まで判断できるのはかなり上位で他種族の龍を多く知る龍に限られるという。そして龍を倒し、その血肉を食らった龍殺しは同様の探知能力を得る。
数多の龍殺しを重ねその血を多く取り込んだ龍殺しの血脈はその多くが、龍由来の超常の力と強い魔力を生まれながらに持ち合わせる。ケイスやイドラスが生まれながらに龍殺しの血を覚醒させ超常の感知能力を宿すように、
「うむ。私も父様系の力を感じたし、ラフォスお爺さまにも確認した。間違いなく始母様からの血脈の末とのことだ。ただ隠されていたのか、それとも活性化していなかったのか不明だ。だからまだ斬っていない」
火龍の龍殺しの血脈を継ぐイドラスには、カイラは別種の龍殺しとしか判らないが、異なる龍種、双龍の血を継ぐケイスは、カイラが己の片方の血と同じ同族だと断言する。
なにより反則に近いが龍殺しの一族ルクセライゼン皇族の血脈の大元であり、ケイスの愛剣かつお目付役の前深海青龍王ラフォス・ルクセライゼンが、ケイスの判断にお墨付きを与えていることだ。
「あれだけの魔力と気配の濃さ。何より高魔力の影響で瞳が青色に染まっている。血は濃いようだが……身辺調査でカイラの出自は調べたが、彼女の母親は地方周りの女性剣戟師の私生児で父親は不明だった。母親も幼いときに亡くなり、その後は母親の所属していた剣戟劇団で育っていて不審な経歴は無し。これ以上の追跡調査は不可能だと判断した」
龍の血はその血脈が薄くなればなるほど、力は弱くなり、ある程度まで薄まれば、瞳の色も変わり、龍の気配を発することも感じる事ができなくなる。普通の人へと戻るといえば良いだろう。
血や力を維持するために。親子、兄弟親族間での近親相姦を重ねて、濃い血を継承しながら龍殺しを続ける傭兵一族もいれば、ルクセライゼンは紋章院という血脈を管理する組織によって、皇族さえも抗いづらい強権によって婚姻統制を行い無秩序な血の拡散を防ぎつつ、主家となる皇族は皇位継承戦によって迷宮に挑む世代最強の力を持つ者による龍殺しを行い、新たに力を取り込んでいく形もある。
「表の仕事の関係上、少し前までカイラとは日常的に接触してたが一度も龍の気配を感じたことは無い。カイラ自身も魔力変換障害持ちで体内魔力は極々少ない。舞台演出用魔具の残存魔力影響を受けないように、特製の魔力遮断用舞台衣装を使用していたが、現皇帝の姪であり大公代理メルアーネ女公爵閣下所有の劇場所属の剣戟師。劇場関係者による暗殺計画や情報漏洩対策で警備は厳しい。龍の気配を絶つほどの高位魔具持ち込みは事実上不可能だ。所有していないと断言しておく」
「魔具による隠蔽という線は無し……魔術による封印か、未活性状態からの覚醒のどちらかであるな。ならばどちらにしろ私が心打ちを打ち込んだ事がきっかけであろうな……従姉妹殿の肝いりの剣戟師であったな。実は従姉妹殿の隠し子で、叔父様達にも隠しているということはないのか?」
「公式で把握されていない血族に対しては紋章院が介入する事態となる。陛下が見過ごすことはあり得ず、本人も伝えないわけが無い。あとケイネリア……メルアーネ閣下本人の前でそれは絶対に口に出すな。機嫌が悪くなって手がつけられなくなる。あと出来たら叔母として目上として扱ってくれ」
「隠し子を疑うのは従姉妹殿の名誉に関わる話題ではあるな……判った。だが従姉妹殿は従姉妹殿だ。私が従う道理は無い」
メルアーネはイドラスの姉でありケイスの母親リオラとの関係を重視し叔母と姪であると主張する一方で、ケイスは父である現皇帝フィリオネスを主体に見るので、従姉妹だと言い張る。お互い頑固で絶対に譲り合わないあたりは、強い血のつながりを感じさせる。
「なるべくで良い諍いを起こしてくれるなよ。愚痴られるのは私なんだ。ケイネリアが疑っているのは理解した。だが普段の行動を観察していた限り、カイラ自身が自分の出自や能力に気づいていた節や、外部への情報漏洩も無いと私は判断している」
「しかしカイラは私の素性を知っている節があったと、お爺さまが言っていたぞ」
ルディア達と会話していた際に僅かなつぶやきだが、ケイスの話になった際に、聞いていた通りだと感想を漏らしていたとラフォスは証言していた。
ケイスの指摘に、イドラスは頭痛が増したのか眉間を揉みほぐしてから、
「はぁ、それか……先に言っておくが怒るな。カイラが極秘の剣戟修行の為にトランドに渡る前にケイネリアについての最低限情報を伝えたのは私たちだ。陛下の許可も戴いている。カイラがいくら隠してもリオラ姉様の剣戟剣術がその下地にある以上、おまえは絶対その剣のルーツを見破る。何も情報も無いままおまえに関わって、師事していた事を隠していたら、下手したらカイラが始末されかねないと判断した」
「むぅ……理解した」
父母の名誉のためにも隠し通さなければならない自分の出自について伝えていたと聞いたケイスは当初は機嫌を損ねていたが、その理由を聞いて不承不承ながらも納得する。
出自を隠すことも重要だが、大好きな母親から誇りと生きた証である剣戟剣術を習っておきながら、それを否定する恩知らずを生かしておく気など無いのは確かだ。
「メギウス家以外の血脈だとして、隠している必然性が無い。剣戟師カティラは若手トップと評判だった。剣戟師に関わらずあそこまでの名声を得たなら、むしろ積極的に自分の血脈を誇る風潮がルクセライゼン貴族社会の習わしだとケイネリアも聞いたことはあるか?」
「母様もそうだったと語っていただいたことがある。カヨウお婆さまの名声が高すぎて、引退するまで隠そうか判断に迷ったと笑っておられた」
「そうだな。レディアス家はその活躍が、舞台の題材になっているのも数多い。特にカヨウ母様は致し方ないな」
皇帝位継承の絶対条件の一つが上級探索者であることから判るように、武を貴ぶ気風の強いルクセライゼンでは、圧倒的な技量を持って武を魅せる剣戟師は花形職種の一つ。
親や実家の七光りと呼ばれるのを嫌って、駆け出しの頃には隠していることはよくあるが、ある程度の大劇場に出るようになれば、むしろ自らの血脈を誇り、その家風に合わせた剣戟を魅せるのが剣戟師の誇りである。
大英雄カヨウ・レディアスの娘だった母はその案配が難しく、名実ともにトップ剣戟師と認められるまで舞台用仮面で名も顔も隠していたと聞いている。
実際に、今回訪問団の一人としてロウガに訪れているミアキラも最近評判を上げている、男装剣戟師でありルクセライゼン準皇家の一つシュバイツァー大公の内孫であるとここ一年ほどで正式に名乗りだした、ケイスが気配を感じ取れる顔も知らぬ親族の一人である。
若手剣戟師の中で最も功名を得ているカティラが、己の出自を世間一般に隠す必要性は無い。
だがつい先日までケイスすら血族だと存在を認識できないほどに薄い血の繋がりがあったか、魔術的な隠蔽が施されていた可能性が高い。
血を隠して、母に近づき、ルクセライゼン現皇帝である父の身辺を探ろうとしたのか?
その場合、最優先調査対象筆頭は他ならぬ、隠された皇女であるケイス、ケイネリアスノーの存在だ。
敵であるならば、母の剣戟剣術を継承する者であろうとも、いやだからこそ……
「ともかくケイネリアの懸念は理解した。カイラが意識を取り戻し次第、おまえも同席した上で事情聴取をしたい。どうにかそれまで斬るかどうかは待ってくれると、私達は助かるのだがどうだろう?」
「……承知した。叔父様の判断に従おう」
カイラに対する不信感はあるが、叔父が提案した妥協案はケイスも納得が出来るものだ。
セイジや大火厄災少女のように、少ない情報からの憶測と状況だけで先走って、斬らなくて良い者まで斬ろうとした、斬ってしまった事は剣士の恥。
目の前で剣を切り結ぶならともかく、情報だけで敵味方を判断するのなら同じような後悔をしないために慎重に吟味して動くのは必然。
「問題はその機会をどう得るかだ。邸内の関係者であろうとも内密にしたいが、メイソンさんに協力してもらってもすぐには難しいか。魔具に閉じ込められているベザルート元皇帝陛下、ガナド元国王陛下とも公表前の事前情報共有も必要となる。ケイネリアの見た目が雪叔母上とうり二つとなればお二人が見間違える可能性も高い。リスクは下げられるだけ下げたい」
ただでさえケイスが関わると、隠さなければならない情報は加速的に増加していく。
話し合いが行われたという情報さえも隠匿しなければならないとなると、時期や会場もかなり限定され、調整が難しいとイドラスが頭を悩ませていると、ケイスが一つ頷いた。
「ん。それなら私につきあえ叔父様。良い考えがある。魔具解放後にベザルートお爺さま達に面会できるように、すぐに場を整えてくれとラフォスお爺さまとノエラ殿に頼んである。絶対にばれない場を作れるぞ」
ケイスの提案にイドラスはどうにも不審な顔を浮かべる。情報漏洩が起きる可能性を考慮しているのではない。
どういう手段を考えたか予測できないがケイスがあげた龍達の名前に、何をしでかすつもりだと警戒を覚えたからだろう。
しばし無言で腕を組んで考えていたイドラスが覚悟を決める。
「……同席させてもらう。何か準備は必要か?」
「ん。よって潰れたふりをしてくれた方が自然だ。それで良かろう」
「判った。評判が悪くなりそうな事以外問題はねぇな」
それとなくケイスの思惑を察したイドラスは、肩の力を抜き、口調も偽装する傭兵中級探索者イド・ラスティへと戻して、杯を再び手に取り、ちびちびと飲み始める。
「しかしそうなると問題はあっちの儀式の方だな。かなりむちゃくちゃな陣を敷いていたが上手くやれるのか?」
「うむ。心配するな当然であろう。私の仲間達が中心でやってくれているからな。ウォーギンが……」
イドラスの問いかけに我が事のように語り始めたケイスは、自信満々と誇らしさで満ちた年相応、いやさらに幼い少女が自分の宝物を自慢にするように、仲間達について語り出す。
ウォーギンは探索者としての戦闘能力は皆無だが、魔具に関する魔導技術はすごくて、自分でも理解できないほどに高度で先進的、そして独自性に満ちている手法で、今と技術体型が異なる緊急避難魔具を開封する術をこの短時間で構築した。
ウィーは普段やる気はあまりないが、近接戦闘に限ればケイスよりも上の実力があって、さらに聖獣と神格化される獣人一族で他者の魔力さえ自在に操る術を持っているの今回の救助の要だ。
ファンドーレは口は悪いが、迷宮に対する深い知識や探求心もあり、大英雄妖精光リンドレイ由来の高等医療神術の使い手で、ケイスが公私ともに世話になっている神術医療師レイネと共に瀕死の重傷を負っているであろうベザルート達の医療を担当する事になっている。
「うむそれと、ルディはお説教は多いが私の頼みに協力してくれて、薬師としていろいろな薬も作ってくれるだけでなく、パーティリーダーとして周囲との橋渡しや、わっぷっ。なんだ叔父様? なぜいきなり頭を撫でてきた」
いきなり頭を撫でつけてきた叔父に対してケイスは邪魔をするなと頬を膨らませる。まだまだ語りたいことはいくらでもあるというのにと、不満げなケイスに対して。
「あー。いくらでも聞いてやる聞いてやる、だから怒るな。どんだけ自慢したいんだよ。オジキ達にも伝えてやるから安心しろ……ケイネリア。パーティメンバーは大事にしろよ。おまえに付き合えるなんて、マジで貴重で有能な連中だからな」
「当然であろう私のパーティーメンバーだぞ。ルディ達には絶対の信頼をしているぞ……どうだ。叔父様も感じたであろう。成功したようだ。うむさすがだ」
胸を張ったケイスが答えた瞬間、まるで真昼のように一瞬だけ窓の外が明るくなり、複数の新たな龍の気配が鍛錬場に沸き立つが、すぐに事態は収拾されたのか、邸内には静寂が戻る。
今の一瞬で何が起きたのか把握したケイスは破顔一笑すると、自分の唇をかんで血をにじませると、左手の人差し指と中指で作った剣指で唇にそっと触れ血を塗布する。
「では叔父様、ベザルートお爺さま達への挨拶とカイラの聴取にいくぞ。お爺さまの精神世界へ付き合え」
「ケイネリア。せめて状況をもう少し把」
事態が動き出した瞬間に即断速攻過ぎる行動を起こす姪に対して、言っても無駄とは思いつつ当然の注意をしようとしたイドラスの意識は、ケイスの血が付いた剣指が眉間に振れた途端、深い水の中に引き込まれるように遠のいていった。




