エルフ英雄射手とエルフ司書
手伝いをしていた孤児院の子供達やフォールセン邸の従者達も、既に深夜帯であるのと、開封時に起きるであろう赤龍魔力浸透の危険を避けるために、厳重に結界を張った屋内へと待避している。
魔法陣を設置した野外演習場に待機するのはケイスを除いたパーティメンバーとハグロア一座の現役探索者達だけ。
特製魔法陣は既に完成しており、開封の下準備は完了し、成功の鍵を握るカイラも未だ意識不明の状態ではあるが、運び出したベットに寝かせて、補助魔法陣の中央に配置し、その身からあふれる魔力を周辺となじませている状態だ。
あとは万が一の事態が起きた際に、火龍を討伐できる後詰めとなるナイカの到着を彼らは待っていた。
「悪いねトラブルがあって遅くなった。その関連でちょっと面倒なことになりそうなんで、ケイスの嬢ちゃんがここにいるって証人になれるお偉方も連れてきたよ」
今日中に戻ると告げていたナイカが謝りながら、フォールセン邸執事メイソンの先導で帰還したのは、日付が変わってから2時間ほどが過ぎた深夜深く。
そのナイカの背後にはソウセツの孫に当たるロウガ王女サナとその護衛であるセイジが同行していた。
「証言者として連れてきたって……立場的にどうよ。失敗したときにまずいだろ」
今回の特製魔法陣作成者のウォーギンは疲労感の色濃く出ている顔に、さらに渋い顔色を上乗せして難色を示した。
英雄かつ他国の皇帝と王救助作戦は、成功したならともかく、失敗して死亡させた、もしくは既に死亡していたとなれば、面倒なことになるのは火を見るより明らか。最悪の時は無かったことにして隠蔽した方がマシなぐらいだ。
しかしそんなウォーギンの心配を、ナイカは一笑する。
「はっ! 暗黒期の探索者を舐めんじゃないよギン坊。溶岩で焼かれたぐらいでくたばるようなら、火龍の巣に突っ込むまえに黒焦げになってるよ。恩を売るのが王女ならむしろリターンが大きいと考えな」
「あのナイカ様……お爺さまからはケイスさんが滞在している証言をしろとしか聞かされておらず、今ひとつ状況が飲み込めないのですが」
明らかに特殊な魔法陣や、その上に掛けられた大型の櫓を見渡すサナは困惑の色を隠せない。
周囲は儀式魔術直前特有のあまりに濃く重い魔力に満ちており、耐性が低い者ならば即座に体調不良を覚えてもおかしくないほどの濃度だ。
「……説明してないのかよ」
過去の遺物である緊急避難魔具に大量の龍魔力含みという特殊状況に併せて。速攻で組み立てた術式と魔法陣は、龍魔力に対抗するため、相殺効果優先で最大効率時間が極々僅か安全マージン少なめピーキーな短期決戦仕様。
開封自体は一瞬で終わり、失敗の正否もすぐに出るが、とりあえず開いてみなければ判らない博打仕様で、魔導技師でも理解に苦しむかなり無理矢理の設計だ。
これを見て今から何が起きるかを察しろは、もはや嫌がらせレベルであろう。
「外で出来る話じゃないからね。事前に情報が漏れたら、政治的にも技術的にも面倒なのは、ギン坊も承知だろ」
確かにそうだが、下手すれば命の危険もある修羅場に、説明なしに一国の王女を連れてくるのは勘弁してくれ。
技術者として真っ当な感想がウォーギンの脳裏をよぎるが、散々ケイスがらみの厄介案件にサナ達も関わっているので、正論を口にするのも馬鹿らしくなってくるほど今更だ。
当のサナもケイスの被害を大きく受けて慣れが出ていているのか、明らかにただ事ではない現場を見舞わしてから、深く息を吐いて、後ろに控えていたセイジに向かって手のひらを差し出す。
サナの無言の要求に対して、後ろで控えていたセイジも心得た物で、ケイス被害者御用達のルディアの丸薬を二粒取り出し、一粒はサナに渡しつつ、自分も口に放り込みかみ砕いて飲み込む。
ケイスの帰還からこっち、ほとんどの情報は隠蔽され、ケイスと親交のあるサナ達ですら面会さえ出来ていないほどに隔離されていたのが一転これだ。
ようやく噂では無く、ケイスの容態が判るかと思えば、明らかに面倒ごとの策謀の中心にいきなり巻き込まれたサナが戸惑うのは当然といえば当然。
しかしケイスに関わる頻度が多くなればなるほど、非日常は日常になる。なってしまう。
そして……人は慣れるものだ。良くも悪くも。
「ケイスさんがらみは何が起きても、驚くつも……受け入れますが、ご本人は?」
対ケイスがらみ最終結論。どのような驚きがあろうとも現状を受け入れあきらめるという境地へと至っているサナは、そのケイスの姿を探す。
どうせ巻き込まれた時点で後戻りが出来ない泥沼に嵌まっているのはいつものことだが、せめて無事かどうかぐらいは一目確認させてほしい所だ。
「元気だよ。ただこれが終わるまで屋敷に引っ込んでもらってる。敵対的でちょいとやばい魔力にさらされる事になるかもしれなくてね。いくらあのお嬢ちゃんが化け物でも、魔力変換障害者である以上は魔力対策が必須のこの場所はまずい。今からやる事は口で説明するより実際見た方が早いね。詳しい話は終わったときにまとめてするよ。ギン坊始めな」
多種多様の思惑が絡んだ複雑怪奇な現状を一から説明するより、状況を確定させてからこれからの行動指針を説明した方が早いとナイカは判断したのか、ウォーギンに開始を促す。
「判った。遮断していた魔導線を開いてくれ。だれか準備が出来たってケイスに伝えて武具を取ってきてくれ。配置したらすぐに始め……」
「なっちゃん! お、お願い早く受け取って、こ、怖くて落としそう!」
サナ達よりもだいぶ前に対ケイス最終結論へと至っていたウォーギンが全体へと指示を出していると、恐怖で青ざめ震えた半泣きのミルカが、従姉妹のナイカに救援を求める
ミルカの手にはふにゃりと折れ曲がった羽の剣と赤龍鱗サークレットが抱えられていた。
龍の気配を色濃く残す龍由来の武具はミルカには恐怖の対象そのもの。ここまで落とさずこれたのは、それよりも愛用の武具を傷つけられた際のケイスの怒りの方が怖いからだろうか。
「……ケイスのお嬢ちゃんが武具を預けるって事は、相当に懐かれたんだから大丈夫だろ。斬られる心配が少しは減ったんじゃないのかい?」
「……もっと怖いことになってる。なっちゃんも鍛錬つきあって、あたしになんかあったら、死体の山が出来そうなんだよ。自分の身ぐらい守れないと、おっかないことになるよ」
武具を預けた瞬間、安心と共に心身共に力尽きたのかへたり込んだミルカはピイピイと泣きながらも、ナイカに修行をつけてくれと頼み込んでくる。
自他共に認めるインドア派で、戦闘なんてほぼほぼ不向きな性格のミルカからの珍しすぎる頼みに、ミルカを知る周囲の者が目を丸くするが、従姉妹のナイカは頭痛を覚える。
これはケイスに気に入られすぎたと、そしてその理由にも何となく気づく。気づいてしまった。何においても自分の庇護対象に入る身内判定されたのだろうと。
その引き金はミルカ達が長年ナイカには隠していたつもりの爆弾が、この最悪のタイミングで炸裂したのだと。
こうみえて故郷の次期女王候補の一人であるミルカと、ルクセライゼン重鎮の子息であり大英雄の血を引くイドラスとの関係と、その間に生まれた隠し子の存在は、故郷内での勢力バランスや周辺国家との戦力バランスもふくめてなりまずい国際問題となりかねないトラブルの火種。
二人はナイカにも隠しているつもりではいたが、あいにく上級探索者の調査能力や、他人には明かしていない情報源も数多に渡る。
根の元締めである今のイドラスならともかく、昔の二人が隠そうとした時期にナイカがロウガを離れていたとしても、子細に知ることもさほど難しくない。
その子がトランド大陸から離れて南方のルクセライゼンにいることも僅かに感じる血脈魔術により把握しており、二人の当時の精神状況もあって若気の至りだと、国元にも報告せず見て見ぬ振りをしてきたが、どうやらその火種が、さらに大きな火種に繋がっていたようだ。
「あーまぁ自業自得さね。うちの隊員共を鍛えるついでにみっちり鍛えてやるから安心しな。ギン坊こっちは任せるよ。この子を泣き止ませないと五月蠅くてかなわない」
「うぅぅっ酷いよなっちゃん、迷宮は怖いけどがんばるつもりなのに」
泣きながらも珍しく前向きな発言をするミルカの頭をなでながら、どうしたものかとナイカも頭を悩ませる。
さすがにこれ以上は、ミルカの母親である現女王の叔母にミルカ達の隠し事を報告しないにも限度がある。
何せ事はケイスがらみ。
いつどこからどんな騒動を起こすか判らないトラブルメーカーに、ミルカが身内判定されたのだから、そのうち故郷も巻き込まれるのは必然で、美少女風化け物に合わせた対策も必須。
というか心構えも、覚悟も無くアレの起こす騒動に巻き込まれたら、比喩抜きで国が滅ぶ。それぐらいケイスが周囲に及ぼす影響力は日に日に増している。
「……そろそろあたしも婿取りして引退かねぇ」
上級探索者として他国で働いている事を問題視している氏族達もいる事も考慮して、政治基盤の強化を兼ねた政略結婚も視野に入れるべきだろうか。
だがその前に自分が抜けるロウガ防衛隊の戦力維持や引き継ぎに関して諸々差配しなければならない事が多い。
自分もケイスという巨大な渦に巻き込まれたのだと、ナイカは改めて自覚していた。




