姪と叔母
(いつもいつも言っているが……もう少し思慮を持って動け。娘へ恨みを持つ者がただでさえ多すぎるというのに、さらに増やす気か)
(なるほどこの気配はナーラグワイズか。あれはほとほとしぶとい。迎撃に出なくていいのか? 嬢にしては珍しい判断だな)
「うむ」
額に赤龍鱗サークレット。膝には羽の剣。
封印解除された内容量増大ポーチをミルカから受け取ったケイスは、いの一番に取り出した愛用の武具であり、保護者ポジションの龍達へと意識を繋ぐ。
サークレットに埋め込まれた赤龍鱗に宿るノエラレイドへと離れていた間の出来事や、これからの計画の詳細を脳裏に描き出して伝えつつ、他の武具も確認していく。
龍は人とは比べものにならない情報処理能力を持つ上位存在。
数千数万も幾重にも重ねる複合思考速度が可能な化け物であるケイスには及ばずとも、その意思を読み取ることは十分に可能。
己の一部と自認する武具達と伝えたい内容を一気に共有できるので便利ではある。
だが言葉を介さないやりとりを察知できない周囲から見れば、ひたすら無言で武具をいじり何を考えているのか理解不能。さらにその直後には行き当たりばったりで無謀としか思えない行動を起こす異常者だ。
「あ、あたし封印中の管理はしてないからね? 無くなった物とか無いよね? 渡されたポーチを運んできただけだよ」
「落ち着け。今のところすぐに動ける位置には置いていない敵意の無い証拠だ」
姪っ子が美少女風怪物だと嫌なほど知っているイドラスは、周囲を気にせず剣に没頭する幼いときと変わらない平常運転過ぎる行動は慣れた物。
もっともその突飛な行動に慣れている実の叔父からしても、黙り込んでいるときの複雑怪奇な思考を予測するのは不可能だと割り切っているので、野生魔物を観察するときの距離感や、警戒心で対応する以外にやれることはない。
一見無造作に置いているようにみえても、意識的か、無意識的かは判らないが、全ての武具を包帯をつけていた右手側に多くおき、左手も攻撃までにワンテンポ必要なつかみづらい配置で置いているのは、臨戦態勢を解除している証だ。
しかしそれなりの付き合いはあっても未だケイスの物騒な気配には慣れない上に、本に没頭しているときに、何度か斬られそうになった事のあるミルカからすればたまった物ではない。
ミルカがこの世で一番苦手で怖い龍の気配を強く醸し出す羽の剣や龍鱗サークレット。それを身につけたケイスは、ミルカが幼いときに殺され掛けた龍そのものだ。
その周囲に並べられていく異常なまでの量の武具は、ケイスの……龍の宝物。
幼くとも気品を漂わせる外見と丁寧に仕立てられたドレスを身に纏う深窓の令嬢然とした姿絵からそのまま飛び出してきたような美少女然とした怪物は、周囲には気も向けず自分の宝物に夢中だ。
最初に出した龍の精神が宿った剣とサークレットは身につけたあとは、ドレスの裾にしわが寄るのも気にせず、床にあぐらで直接ぺたんと座り込むと、ポーチから次々に武具を取り出して床に無造作に並べていく。
始まりの宮の迷宮主であった大烏賊からもぎ取ってきた爪で出来た、10本の多種多様な刀身を持つ黒剣。
斬る、潰し斬る、削り斬る、削ぎ斬る、抉り斬る、貫くなどそれぞれの斬撃特化型。
貫きつつ毒を注入する、逆に貫いて相手体液や血液を排出させる注射器のような特殊型。
内部に前後に動く重し石のような部位を含んだ衝撃特化型。
複数の棘がつきだした茨のような形状で攻撃を絡め落とす攻勢防御型。
主要なメイン武器だけでもそれだけあるのに、サブウェポンとなるともっと多種多様雑多となる。
重量や重心に微妙な誤差をつけ投擲距離ごとに適正な補正を施した投擲ナイフ類。
蜘蛛糸を織り込んだワイヤー収容機構をナイフ側、腰ベルト側用途別にそれぞれに仕込んだ投擲ナイフや、ワイヤーに薬品を染みこませる事が可能な亜種。
周辺に魔力吸収物資をばらまく爆裂ナイフや、刀身に魔力吸収液を纏わせたり、塗布が可能な対魔術用短剣シリーズ。
一時的に回復術でも再生不可能な傷を負わせたり、魔力阻害効果により一時的に魔術行使を不可能にするまがまがしい装飾の呪術短剣が少量。
櫛状になった分厚い刀身が特徴のソードブレイカーや、相手を絡め取ったり、関節を拘束する折れ曲がった返しの付いた防御短剣の類い。
その数は優に百を超えて、駆け出しの探索者がもつには高品質すぎかつ特殊すぎる装備の数々は、武器のみに限ればそこら辺の中級探索者”パーティ”を凌駕するほどの質と量を兼ね備えている。
逆に防具のほうは質はそこそこだが、それこそ駆け出し初級探索者がそろえるようなオーソドックスな物が最低限度でそろえてある程度。
軽量化外套や魔術遮断仮面などいくつか特殊な防御魔具も所持しているが、剣の類いと比べて、明らかに偏りがみえるラインナップだ。
「剣に関しては俺ごときじゃ何も言えないが……せめてオジキの事考えてもう少しは防具にも金を掛けてくれ」
あまりに偏った構成に、ケイスが幼いときに防具の重要性を説いたはずなのに、全く無意味だったことを改めて思い知らされたイドラスはあきらめの吐息を吐くしか無い。
ケイスの実父である現ルクセライゼン皇帝フィリオネスの娘を思う辛労を考えれば、もう少し己の身の安全に注力しても罰は当たらないだろう。
絵画から降臨したような美少女と、無骨な実用性一辺倒で使い込まれた武具。
属性的には相反する両者が同時に存在する光景は、普通なら違和感を感じるだろうに、これ以上無いほどにしっくり来るのは、ケイスが持つ異常性故。
世界最大のルクセライゼン帝国現皇帝唯一の実子にして、世間からは隠されし皇女。だが帝国皇女程度の生い立ちなど、その特性を語るには些少過ぎる事実の一端でしか無い。
剣の類いはこの狂気的な量と質でも十全に使いこなせる、むしろこれですら足りない恐れもある。
それが剣の申し子ケイスの底など無い無限の才能にして、最も重要視せざるべき得ない資質。
ふとケイスが手を止めると、ポーチを左手に持つとゆっくりと立ち上がる。
全て確認し終えたのかと思えば、小さく深く息を吐いて、気を改める。まるで強敵に今から立ち向かうような気の入れよう。
「少し下がるぞ。あれは大物で場所をとるだろ」
ケイスの行動の意味を察したイドラスは、ミルカの肩をたたいて一緒に数歩下がる。
イドラスの注意にミルカも最後の一本に思いあたったのか、ケイスへの恐怖は抜けきっていないながらもへにゃりと少し嬉しそうに笑う
「……ま、また見られるんだ。もう無理だと思ってた」
ミルカの笑顔にイドラスは僅かにもやっとした感情を覚え、いつか自分が見つけてやるとミルカに見栄を張った過去の言動を思い出す。
姪っ子に対して僅かなりとも嫉妬を覚えた自分の未熟さには、苦笑するしかない。
とうの昔に折り合いをつけたはずの感情を覚えるのは、それが特別だからだ。
「……ふむ」
気を整えたケイスは左手で掴んでいたポーチを空中に投げ、空となった左手をポーチに突っ込み、一気呵成に左手を引き抜いていく。
高速で持ち手を掴み放しては繰り返すケイスによって深紅に染まる長大な柄が姿を現す。並の槍ほどの長さの柄が引き出され、初めてその刀身がようやくみえてくるほどに長大。刀身だけで古の単位で十尺をもつ長巻と呼ばれる刀剣。
深紅の柄とその長刀身から【紅十尺】と呼ばれるかつて大英雄にして双剣の一人、邑源雪の愛刀にして伝説の武器。
超重量と超長刃に破格の切れ味によって、龍すら両断する龍殺しの剣。
「むぅ……ここではさすがに振れぬか。鍛錬して使いこなせばならぬのに、なかなか機会が訪れぬな」
伝説の剣をその手にしたケイスは不機嫌そうに眉を顰め、その不機嫌さを表す不穏な空気が一気に広がる。
いくらフォールセン邸の書斎が広いと言っても、さすがに全長で6ケーラを超えるほどの長身刀剣では、少し動かしただけで室内を傷つけることは間違いない。
狭い室内で刀剣を振り回さない常識というかそれぐらいの理性はあったかと、イドラスが変に関心している横で、ミルカは紅十色から目線を外せないほどに見つめながらも、息も出来ないほどの恐怖を感じていた。
英雄フリークであるミルカの原点。
故郷である森を襲った龍によって死の間際にあったミルカを救うために振るわれた、深紅の剣がそこにある。
伝説の宝剣をまじまじと見たいという願望と、怒る龍が目前にいるという絶望。
今ここはまさに龍の宝物庫。一歩足を踏み入れれば龍の怒りを買う死地……
「ケイネリア。おまえの気配で息も出来ないほど怯えたミルカが死にそうになってる。チェックがすんだなら武具をしまえ」
床に落ちていたポーチを拾ったイドラスが、ケイスに近づいて頭をポンと軽く叩くと、呼吸もままならないほどに張り詰めていた空気が一瞬で霧散した。
イドラスの提案に小さく頷いたケイスは差し出されたポーチを行儀悪く口にくわえると、紅十尺を筆頭に無事な左手で足下に広がっていた武具を拾い上げて、次々に放り投げてしまっていく。
美少女の眼前を数多の刀剣が勢いよく落ちていくという、周りが辛労を覚える恐怖体験を気軽に繰り出した化け物は、羽の剣と赤龍鱗サークレットだけを残してしまい終え、可憐なドレス姿にも関わらず、そのまま全く合わない無骨な腰ベルトとともにポーチを身につける。
今もし敵襲を受けたら、恩人達がせっかく贈ってくれたドレスだろうが気にせず引きちぎり戦い始めるだろうと、限りなく正解な予測をするイドラスから目線を外したケイスが、ミルカをじっと見る。
先ほどまでケイスから感じていた恐怖心が霧散しているが、それでもじっと見られると普段の行動を思い出すと怖い。
「わ、私は持ってき」
「うむ。叔母様、私の武具を一切の欠如無く運んでいただき感謝します。ありがとうございます」
怯えるミルカの様子は一切気にせず、ケイスは深々と頭を下げて感謝の意を示す。
傲岸不遜、唯我独尊、誰が相手でも基本的に偉そうなケイスが、極々限られた人物へとみせる最上位の敬意をミルカに対して繰り出す。
あまりのギャップにむしろ恐怖を覚えたミルカが涙目でイドラスを見上げると、
「あーやめろやめろ。おまえにそれやられると怖い事になるから、ミルカの胃が持たなくなる。そこそこの警戒心をむけてた今まで通りにしてやれ」
「むぅ。失礼だぞ叔父様。ミルカ叔母様がミュゼの母親であるならば、私が警戒心を向けて良い道理があるわけ無いぞ……それ以前にこれまでの行いをミュゼに知られれば……叱られるかもしれないではないか……ミュゼもミュゼだ。秘密と言わずに私に叔母様の名前や住んでいる街ぐらい教えてくれれば、それなりに察して対応をしているというのに」
イドラスに抗議の声を上げたが、ミルカに対する己の所行を思い出したか、すぐに困り眉になって怒られるのが嫌そうな表情を浮かべたかと思えば、蚊帳の外にされたのが気にくわないのか、ふてくされて頬を膨らませた。
完全に身内に対する扱いに一瞬で変わったようだが、イドラスはそのケイスが向ける最上級の好意こそが厄介だと知る。
「おまえ……これから先もしミルカが困ってたらどうする気だ?」
「斬るぞ。叔母様の敵であるならば私が全て切り捨ててやろう。ん、もちろん叔父様が妻子を護るために戦うというなら敵は譲ってやるし、助太刀もするぞ。気にせずいつでも頼れ」
「だ、そうだがミルカ。そこまで必要ないと自分で言っておかないと、こいつ勝手に判断して喧嘩売り出して動くぞ。ちなみに最低基準でも昔お気に入りの小間使いをしつこく口説いていた騎士を細切りにしてる」
「身分差を笠にきて妾にしようとしていた者だな。顔も見たくないというので斬っただけだぞ」
どうやら自分も龍の宝物の一つに数えられたと嫌なほどに悟らされたミルカは慌てて首を全力で横に降って、全自動警護対象を辞退する。
「だ、だいじょうぶ、いらない、あ、あたしも下級探索者だから自分の身は自分で守れるし、守れないとだから」
「ん。そうか。さすがは私の叔母様でミュゼのお母様だな。ミュゼも昔、同じようなことを言っていたぞ」
とっさに出た言葉だったが、それはケイスの琴線に触れたようで鷹揚にそれでも見ほれるほどに大輪の花を咲かせる。
自分で身を守れる自信は無いが、自分で身を守れるようにならないと、いつ最終報復兵器の引き金が引かれるか判らないなんて恐ろしすぎる。
この美少女風化け物の側仕えとして、従姉妹として世話をしていた愛娘の辛労を察しながらも、これからは読書の時間を減らしてでも鍛錬に力を入れようと、ミルカは決意するしか無かった。




