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【5話】冒険には出会いがつきものです。

「お兄ちゃん、何してるの?」

飛び上がった。冗談抜きで二メートルくらい飛び上がった。慌てて振り返ると、小学生くらいだろうか、男の子が立っていた。薄黄色の目に、紫紺の髪の毛。ブラウスにサスペンダー付きの黒い半ズボンを身につけている。お坊ちゃんみたいな格好。

「えっ…。えっ、えっ……あの…」

「びっくりした?ねぇ!びっくりした?」

むふふと嬉しそうに笑っている。

「え…いや、あの、…」

「はい、僕の勝ちー!残念でした!お兄ちゃんここで何してたの?」

「えっ……と、散歩……」

なんだ?……本当になんなんだ?

「いいなー、僕も!森のお散歩、楽しいよね。なんかそわそわ、うずうずするしね。————幽霊も出るって言うし!」

男の子は目を輝かせ笑いながら、自分を見たまま一瞬も目を逸らさない。全てのことが意味わからなすぎて、頭に情報が入ってこない。

男の子はふと、独歩の手を指差した。

「ねぇお兄ちゃん。それ何を持っているの?」

「これは、なんだろう。今ちょうど見つけたところなん、だけど…」

「えぇ!何それー!見たい!見てもいいでしょ?」

そう言いながら、すでに膝をつき身を乗り出して覗き込む。

「なんだろうね、ボタンかな?あっ、なんか描いてある!」

男の子は汚いそれに触るのも厭わず、かざしながら見つめる。

「お兄ちゃん、これ何が描いてあるの?」

「分からないけど、タイヤみたいな感じかなーって。丸いし、なんとなくギザギザしてるし。」

確信も何もないので、後半はもう消えそうな声だったが、男の子はおー、とか言いながらまだ見ている。ギザギザな丸……。男の子は実験中の研究者みたいに角度を変えて眺めていると、突然顔を勢いよく上げた。

「それだよ!お兄ちゃん天才だね。んー、きっとこれはタイヤだ!ねぇ、お兄ちゃんお願い!これ欲しい、かっこいいから欲しいー!」

上目遣いで独歩を見てくる。小首を傾げ、両手を合わせた仕草はあざとかった。独歩も年上として、年下にいいところを見せたい。しかしこれは幽霊騒ぎを調査しに行ったという貴重な証拠なのだ。

「あげられたらあげたいんだけど、ちょっと持って帰らないといけないから、その、難しいかも」

「えー、欲しい欲しい欲しいー!」

腕にしがみつかれ、ガンガン揺さぶられる。

「ダメ?どうしても?お兄ちゃんもこれ欲しいの?」

「いや!僕が欲しいわけではないんだけど」

自分が欲しいから譲れないとか、なんか、カッコ悪い。

「ふーん。じゃあ、なんでダメなの??」

なんて答えればいいんだ。子ども相手に譲らなくても納得できるような理由、なんかないかな…?あれこれ考えて言い淀んでいる間も男の子の目は相変わらずこちらから視線を外さない。

「これは、…幽霊を怖がっている女子達に、幽霊は人間だったって証明するための証拠だから…」

「お兄ちゃんはヒーローなの?」

「ヒーローだよ……。」

こっち見てくる男の子の目を見られないぃぃぃ。

「そうなの!何色のヒーローなの?お兄ちゃん飛べるの?これ、幽霊の物なの?幽霊って人間だったの?」

やめてくれぇぇぇ。ますます目を見れなくなる。誰か助けて。

「まだ、何色かは決まってないかも…。幽霊のことは、……ボスから口止めされてて。」

「いーなー。僕もボスに会いたい。あっ!見てよ、僕も幽霊の落とし物持ってる!謎の石!かっこいいでしょ!」

男の子が見せてきた石にはよく分からないものが刻まれている。カクカクの線で描かれた鳥みたいな絵の上に記号みたいな文字。独歩が見つけたボタンらしき物よりよっぽど謎な物だった。

「ね、ね、僕ねこの石、もう友達に見せちゃったの。だから新しい幽霊の証拠欲しい!交換して?」

目をうるうるさせてこっちを見てくる。なんか交換しないこっちが悪いみたいな気持ちになるのは何故だろう。……でも、こっちの方が幽霊探しの証拠として満足してもらえるかもしれない。正直、ボタンより余程欲しい。しかし自分から子供に欲しいというのも恥ずかしい。どうやって答えれば大人っぽく見えるか。

「…これ、君の宝物じゃないの?くれるっていうなら交換とか全然いいけど。いいの?」

目線を彷徨わせながら言うも、既にボタンを手に乗せて差し出していた。

「いいよ!お兄ちゃんも大切なのにくれるんだし。男同士の契約ってやつだね!」

男の子は嬉しそうにボタン掲げる。独歩もこれで一安心だった。

「ね、お兄ちゃんがここに来るまでに誰かに会った?」

「特に誰にも。なんで?」

「僕も幽霊探ししてたから!あっ、あとさ、男同士の契約をしたついでに、お兄ちゃんのお名前なんて言うの?」

「今野独歩だよ。」

「独歩お兄ちゃんね!やった、初めてのヒーローのお兄ちゃんだ!ねー、独歩お兄ちゃんはまだここにいるの?いないなら僕と一緒に帰ろ?僕、渦潮広場まで行くの。」

独歩はまだ子供と話す戸惑いはあるものの、勢いに押されてうなづいた。


………ん?森に入っていくんだけど。

手を握られ、ぐいぐい連れ込まれる。

「あの、渦潮広場は逆方向……」

「そうだよ?」

そうだよ?

「え、あの、帰らないの?」

「まだ遊んでないよ。なんで帰るの?森があるのに。」

さっき帰るって言ったのは誰なのか。

「僕、ヒーローのお兄ちゃんと遊びたーい!」

そう言いながら、こちらを気遣うこともなく全力で走り出す。身長差もあるしすっごく走りにくい。しかも転びかけながらも必死に着いていったのに、あの木登りたーい!なんて言いながら手を離された。えぇ……。

男の子はスルスル登っていく。なかなか高いところで枝を足に挟み、ぶら下がり始めた。

「お兄ちゃんは登らないの?」

そんなこと言うけど、こっちは男の子が落ちないか不安で仕方がない。え、これってもし落ちて怪我とかしたら僕のせいになるのかな?訴えられたりするのかな?

急に不安になって、そういえば親は近くにいないのかと周りを見ていたら、

「僕、かくれんぼしたい。お兄ちゃん早く隠れてよ。」

目の前に男の子がいた。瞬きするたびにいる位置が変わっているのは気のせいではない。

「よし、60秒ね!早く隠れて!数えるよ?いーち、にー、」

助けてぇぇ。今どうなってるんだ。地球儀を思いっきり回した時ぐらいの速さで状況が変わっていく。とりあえず隠れた方がいいのか。見つけやすいところの方がいいのかな?見つけられないとあの子泣く?でも手加減しても泣く?小さい子と関わる機会が無さすぎて分からない。一旦大きな岩の裏に隠れることにした。

「ごじゅきゅ!ろくじゅう!もういいかい?」

「もういー…」

「いいよね?いくよ!」

男の子は走り出したかと思えば、大きなうろを見つけて頭を突っ込む。僕そこ入れない。木の間を縫うように走り、また木に登る。かと思えば、何を思ってか石をどけて、土を掘り始める。あれ?僕、忘れられてる?かくれんぼだよね?

こっちが困惑していてもお構いなしに、今度はどんどん森の奥に入っていった。この場合はどうしたらいいんだ…。独歩は自分が小さい頃の母を思い出してみたが、そもそも自分はこんな動き回らなかった気がする。何も参考にならなかった。

でも、とりあえず遭難とかまずいよね?

遊びの趣旨が変わった気もするが、こっそり男の子をついて行ってみる。あっちへふらふら、こっちへふらふらしながら、どんどん森の深いところまで進んでいく。もう止めた方がいいかな…そう思ったところで、ボロい小屋があった。錆びついた、今にも倒れそうな小屋。男の子は興味を惹かれたのか窓から中を覗き込んでいた。この世界は綺麗な建物ばっかりなのに。珍しい。

独歩も気になって、木の陰から半身乗り出して覗こうとしていると、男の子がくるっと振り返って目が合う。

「独歩お兄ちゃん、みーーっけ!そんな分かりやすく隠れるとか、僕のこと舐めてるでしょ!」

君も僕のこと見つける気無かったでしょ……とは言えず、乾いた笑いしか出なかった。


―――


やっと、森の散策が終わり、ようやく広場に帰れる!と思っていた道中、湖の周りを走り、水中を覗き込み、家々の周りを歩き回る。その様子を誰かに見られていたならば、いくら子供でも流石に不審な目を向けられていただろう。その間も男の子はずっと「あの幹に掛かっている苔、なんかクッションみたい。ふくろうのお家の玄関マットだ。」とか「今度湖にボート持ってきて寝ようかな。日光に当たっといて損はないよ。」「あれ?なんで湖ってみずにうみって言うんだろ。海水は水じゃないってこと?」なんてずっと話していた。ちょっと理解が追いつかなかったし、返し方も分からない。男の子は途切れることなく話していたため、独歩からの会話の切り口が見つからず、なぁなぁになりながら着いてきてしまった。休憩したい。小学生って若い…。


「独歩お兄ちゃんが疲れてるー!今夜はベットに入った瞬間ぐっすりだね!しっかり食べて、しっかり寝てね。」

ここまで疲れさせた犯人が何か言っている。言い返したいけど、もう脳が働いてくれなかった。

「お兄ちゃんはこの後どうするの?」

「友達のところに戻ろうかな。」

「ボスのところは?」

「その…友達もボスも…同じところにいるから」

嘘つくのってやっぱり苦しい。この子が目を輝かして聞くから余計に。

「僕もボスに会いたい。ボスってかっこいいよね!僕も将来ボスになりたい!」

流石に基地に連れて行けない。絶対、誰?ってなるし、なによりこの子の前で笑われたりするなんて絶対に嫌だ。

「えーっと……ボスは怖い人だから、会えないかも……?」

「やっぱりボスって怖いんだ。僕もね、将来はハードボイルドな男になるんだ。」

この子がハードボイルド?

今日1日の様子を思い返してみても、どうしてもドッグランで大はしゃぎしている犬でしかなかった。

「ねぇ、お兄ちゃん。僕はお兄ちゃんのハードボイルドなボスに勝ってみせる。」

何かを企んでいそうな笑顔で宣言された。

「僕があげた石持ってる?出して出して。」

会った時から掴めない子だったけれど、話すたびに不思議さが増していく。

「必勝!!」

男の子が石を包むように握り、声を張り上げた途端に石に刻まれた鳥の上に小さな竜巻が現れた。

「ただの石だったのに!なんか出てきた!」

「すごいでしょ。僕の特技なんだ」

小さな竜巻はくねくね踊っているようだった。水中で、指をぐるぐる回し、水中竜巻を作っているのをテレビで見たことがある。でもそれとは比べ物にならないくらい速く渦巻いている。

そのうち消えるかと思ったが、しばらく見ていてもなかなか消えない。

「え、なんでこれ消えないの?どうやってるの?」

「凄いでしょ。しばらくそのままだよ。」

「なに?魔法?まさかじゃないけど君が幽霊じゃないよね?手とか繋いでたけど…」

「違うよ。幽霊になってみんなを驚かせてみたいけど、まだ成れてないから違うよ。」

「でも普通、なんか作ってもしばらくしたら消えちゃうよ。こういう現象?とかはすぐ消えちゃう。」

「僕の特技だって!絶対にそれ、ボスに見せてね!絶対だよ!――それじゃ、独歩お兄ちゃんじゃあね!」

あれだけ走り回ったのに、また元気に去っていった。



薄黄色の目をした子は、大きな嵐みたいに独歩の思考も一緒に飛ばしていった。あまりの唐突さに疲れも忘れてしまう。

呆然としているとフニャーっと噴水の縁に座り込む。なんだか体から芯が抜けたようだ。

手を後ろについて見上げれば、空には水面の波紋がスィーっと広がっている。

何も思い浮かばないんだけど、心は空っぽではない。小波が建物に当たる音も、遠くから聞こえる汽笛の音も軽やかに耳を通り抜け、背中に飛んでくる水飛沫も爽やかなものに感じられた。独歩も一緒になって振り回されたのは初めてのことかもしれない。上手く着いていけなかったけど、置いていかれなかった。勢いをつけて立ち上がり、ぐーんと大きく伸びをして脱力すれば、足も軽くなった気がする。この石はよく分からないが、せっかくだしチームの人に見せてやろう。

……でもこれ、どうやって持って帰ろう?手とか怪我したりしないよね?

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