【3話】独歩の入団試験
真っ暗闇に身を任せ、心地よく揺蕩っていると……なんか冷たい。腰回りが。やってしまったかと飛び起きれば下半身が水に浸かっていた。上も下も見渡す限り青と白。ここは海なのかなんなのか。遥か向こうにようやく水平線があるほど広かった。辺りは何もないけれど、自分が辺りと一体になりそうな風景。しかし独歩は周りに目を向けず、足元、いや足元の遥か下に意識を向ける。なんとなくそこに行きたいような気がして、濡れるのも構わず歩を進める。腰まで浸かり肩まで浸かり、もうすぐ顎まで濡れそうになっても、呼吸の心配などもせず、ただただ足を進めた。息できる場所がもうすぐ待っている。
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目を開けば、色が飛び込んできた。ビクッと瞬きをしてしまう。ピンク、青、オレンジ。反対を向けば紫、黄色、赤。壁一面が一色で彩られた家々が、ずっと先まで連なっている。そんな色の暴力に負けじと、ベランダや道の至る所に花が咲き誇っていた。この地域は水深が浅いのだろうか、水はエメラルドグリーンに見え、一帯に南国のような印象を覚える。こんなにたくさんの色を見たのいつぶり…?現実では中々見られない景観をこのまま見たくもありながら、落ち着かず逃げたくもなる。そんな目も意識も忙しい場所で、独歩にはとりあえずやらねばならないことがあった。
近くの家のドアノッカーを見る。違った。
ファイアードラゴンズの名にふさわしい赤い家のドアノッカーを見る。これだ。
その赤い家だけはドアノッカーに龍の顔がついていた。やっぱりここは夢の中。毎回目覚める場所は違うけど、大抵すぐに目印を見つけられる。とりあえずここで探してみることにした。整然と並んだブロックを、赤い家の前から順々に一個ずつ踏んでいく。左足を軸に円を描きながら踏んでいけば、ちょうど扉の真正面、角が欠けたブロックが赤く淡く光った。光ったブロックを三回踏んづける。するとドラゴンの紋章が現れた。ファイアードラゴンズを象徴する紋章である。雄々しい角と牙が生え、口からは火を吹き、翼は体長と同じくらいある、強くて悪そうなドラゴンだった。今日はドラゴンが右を向いている。それに合わせて右を向けば、手前から一気に赤く光り、一本の道ができていった。この先にファイアードラゴンズの基地がある。独歩はその目印を追っていく。色の暴力を受けて、ドラゴンの紋様を追ってと目が足りない。
クラクラしながら、カラフルな通りを抜け、円い広場に出た。見慣れた場所にようやくほっとする。中央にある噴水上部の看板には「渦潮広場」。ここは5つある通りの真ん中に位置しているため、子供達は大抵ここを待ち合わせ場所にする。独歩もよくここを通るが、大体通り過ぎるか、噴水の縁で座って待つかだけだった。あんな看板あったんだ。
通りの入り口に立つ街頭に目を向ければ、看板には「大河通り」。独歩が今まで歩いていた通りは「大河通り」だったようだ。ドラゴンの印は「滝水通り」へとまだまだ続いている。目印に従い、右は左へ。細い路地を曲がるたびに暗い通りに出る。コンクリート壁にはスプレーで「kick ass」。「キックアス、キックアス」…忘れないようにしないと。最近、学校で密かにスラングを使うのが流行っている。一度先生に使っているところを聞かれ、使うなと注意されたのだが、修斗なんて懲りずに挨拶みたいにスラングを使う。どこであんなに沢山覚えてくるのか。また怒られるって分かってはあるけど、いけないことをコソコソするってなぜこんなにも心がくすぐったいのだろう。「kick ass」の文字を見ただけでニヤついてしまうのを堪えながら、さらに歩けば、印が無くなった。ふっと見上げれば壁に大きくドラゴンが描かれた高い建物が聳え立っていた。この世界は来るたびに目を覚ます場所が違う。しかも建物自体は変わらないが、建物の位置は動くらしい。毎度毎度、基地に辿り着くのが大変なのだ。何はともあれ無事に着いた。「大河通り」ではそわそわと小さくなっていた独歩だったが、この巨大な建物には何も思わないのか中に入っていく。2階まで階段を登り、目の前にある一番端の扉を開く。そこには一澄が椅子の上で体育座りをしていた。
「あっ!独歩ちゃん久しぶり!」
「すみくん久しぶり!」
「待ってたよ、一昨日のサッカーの試合見た?もう、話したかったのに昨日来なかったから」
「ごめん!サッカーも見れてないわ」
「凄かったんだぜ!相手の選手がさぁ」
「待って待って!ネタバレしないで!次来るまでに絶対見るから」
「えーどうしよっかなー」
一澄は笑いながら腰を上げる。
「あれ?もう見張りはいいの?」
「多分独歩ちゃんが最後だと思う。もういいでしょ」
一澄は独歩より3つ年下ではあるが、チームの中では一番仲がいい。二人は並び、話しながら、入ってきた扉と向かい側の扉を開けて外渡り廊下に出る。この先にファイアードラゴンズの本拠地がある。
「今日も半袖半ズボンだね」
「俺これだけで冬でもいけるし」
だらだら話しながら、一澄が本拠地の扉を開ける。
「任務完了。独歩ちゃん来たー」
「ご苦労。独歩おせーよ!」
中にはもうメンバーのほとんどがいて、リーダーの航輝を囲んでいた。
「ごめん!今日は遠くから来たから」
「もう作戦会議始めてるぜ?」
「何かするの?」
「俺らはブルーサンダーよりでっかい事をする!幽霊を捕らえてやるんだよ!」
「幽霊?噂になってるやつ?」
「そう。足音とか声が聞こえるって噂になってるだろ?でも思うんだよ。幽霊なんているわけねーじゃん!」
航輝がいきいきと話している。
「幽霊とか非科学的なもの、この世にいないの!みんな死んだら灰になって終わりなの!だから噂の幽霊だって見間違えとかに決まってる!」
「幽霊は実は人間ってこと?」
「絶対そうだって!あと、さっきの会議で出た意見なんだけどな、何度も足音とか聞こえているってことは誰かの悪戯かもしれないって推理が出てきたんだよ。悪戯なら余計にとっちめないといけないって話になった。」
独歩と一澄は顔を見合わせる。
「だからみんなでその幽霊捕まえにいくんだ。」
独歩は幽霊なんて見たことがないけれど、怖くて苦手だ。ホラー映画とか絶対に見れない。独歩は無意識で一澄に半歩寄った。
「あっ!それかさ、俺いい案ある!」
急に声が挙がった。航生ではなく隣に座っていた湊だった。
「今日遅刻してきた独歩に行かせようぜ!今日遅刻したし、この前のブルーサンダーとの戦いでサボってたじゃん。」
「え⁉︎遅刻はわざとじゃないし、この前だって参戦した!それにもう作戦だって考えてるんでしょ!」
独歩は急に矛先を向けられ心臓がすくみ上がり、体に力が入って固くなる。頭には「自分悪くないのに。何を言えばいい⁉︎どう証明すれば自分は悪くないっていえる⁉︎」だけだった。幽霊は怖い。けれどそれ以上に自分を悪く言われ、みんなに悪く注目されるのが怖かった。
「独歩がこのチームに所属するにふさわしいって、幽霊見つけてきたら認めるてやるよ」
湊は楽しそうに笑いながら行っている。周りのメンバーも同調するように笑っていた。
「いいじゃん!独歩行ってこいよ!」
「頑張れー」
「行ってら」
もう行くことが決定したような雰囲気になっている。一澄はいつの間にか独歩より後ろにいた。その場は笑い声で溢れている。その悪意のない笑い声がより独歩を断れなくした。断ったら空気の読めないつまらない奴と思われないだろうか。泣いたら変な奴と思われるんだろうな。
「えー…しょうがないな。行ってきてやるよ」
独歩の口元も目元も力が入ってしまい、歪さを自覚する。上手く笑えただろうか。なんだか教室みたいだ。




