【21話】証拠か給食か
布団を蹴飛ばし、飛び起きる。
時計の針はいつも起きる時間の40分前を指していた。
急いで顔を洗い、制服に着替える。
布団なんて畳まなくていい。どうせ母さんは今日も遅いのだから。
起きたばかりなのに深夜テンションの時みたいに興奮している。
一刻も早く図書室にいかなきゃ。
ミニキッチンにはいつもの如く食パンと母からのメモが置いてあった。
メモは後で回収すればいいや。
靴を履きながら家を出る。
なんとしても、起死回生の一手を見つけ出すぞ。
――――
新幹線のように走って、ようやく昇降口に着いた。
靴を履き替えるのが煩わしかった。
1秒でも早く行きたいのに。外履きをロッカーに突っ込んで、目指すは三階奥の図書室。
この3年間で一度でも、こんなに全力で階段を駆け上がったことがあっただろうか。
いつもいつも自分だけ重力が人の10倍になったかと思えるくらい足が重かったのに。
図書室の扉一点のみを見つめながら、廊下を走り抜けた。人がまだいなくてよかった。
跳ね返ってくるくらい強く扉を開ける。
司書室にも先生はまだいない。
とりあえず理科系の棚?工作系の棚?
多分ここら辺だろう。
カメラの作り方……。なんて調べよう。
ちゃんと授業聞いていたら分かったのかな。
カメラといえばレンズとか。レンズなら反射とか?反射なら光かな。
理科の授業で反射角とかやったけど、そんな記憶遥か彼方に飛んでいった。
ヒントがあることを祈り、光についての本を1ページ1ページめくっていく。
「おはよう。朝早くからお疲れ様!」
っわぁ!
きゅうりを見た猫のように飛び上がってしまった。
「あらま、ごめんね。驚かしちゃって。」
「っすぅ。おはよ、ございます……。」
「はーい、おはよう。先生司書室にいるから。何かあったら声かけてね。」
「っす。」
びっくりしたぁ。
あれ、どこまで見たっけ?
心臓がドキドキしながら、若干震える手でページをめくる。
あっ、フィルムの現像方法について。
昭和は暗室で、液体つけて、現像?
なんだこれ。
カメラじゃなくて、写真にする方法……かな?
自分が欲しい情報じゃなさそう。
うーん。次の本。
あっ、カメラ!
[レンズで光を集め、絞りとシャッターで光の量を調節し、イメージセンサーで−−]
はぁ……。分からん。中学生ができることじゃない。
やっぱり無理なのかな。
[【コラム】カメラは手作りできる!]
天から光が差したみたいだ。神様ありがとう。
ダンボールを用意して、中を黒く塗る。
トレーシングペーパー……?
昔、図工の時に使った写し紙みたいなやつだよね?あっ、半透明のビニール袋もいけるんだ。
これは分かる。
スーパーにあるし。
あとは、感光紙もしくはフィルム。
なんだろうこれ。
とりあえず、カメラについて載っていたこの本を小脇に抱え、辞書コーナーに向かう。
自分は今、テスト勉強よりもちゃんと勉強してる。
えぇっと、感光紙、感光紙。
[光に反応する薬品を塗った紙]
うへぇ。薬品とか無理すぎる。無理無理。
フィルムは……。
[合成樹脂などの高分子成分などを薄い膜状にしたもの]
????
呪文かな?
なにかを膜状にしたものらしい。
分からない。分からなすぎる。
背に腹はかえられない。
コンピューター室に行くか。
でも、パソコン苦手なんだよな。
前に授業でパソコンをいじった時に揶揄われた。
大文字にするために、シフトキーと文字のキーを
「せーの」で一緒に押していたら笑われた。
同時に押さないといけないって思っていたんだから仕方がないじゃないか。
隣のやつ、ゲラゲラ笑って……。
再び悔しさと恥ずかしさが込み上がってくるが、証拠を撮るため。証拠のため。
行く前にまずはこの本を借りることにした。
コンコンコン。
「すみません。本借りたいです。」
「はいはーい、ちょっと待っててね。」
先生は読んでいた新聞を畳み、のそのそとカウンターまで来る。
あっ、その前に貸出カードを出さなくちゃ。
「はい、ありがとうね。今野くんね。朝から理科の勉強してたの?偉いじゃない!」
「っうぇ、あは、えへへ…」
褒められちゃった。
大人から褒められるなんていつぶりだろう。
頭の中で「偉いじゃない」が響き渡る。
嬉しいけど、恥ずかしかった。
また時間があるときは図書室に来ようかな…。
「はい、返却期限は2週間後ね。忘れないでね。」
「あっ、はい!ありがとうございます。」
この先生なら聞いても笑わないだろうか。
さっきの「偉いじゃない」が勇気をくれる。
よし。
「あの、フィルムって知ってますか?」
「フィルム?昔音楽とか聴く時に使ったやつ?今の子ならチェキとかのフィルムかしらね?」
チェ、チェキ?
「なんか、写真撮る時に使うやつぅ、です。」
「あぁ、そっちの。知ってるわよー。どうしたの?」
先生の顔をチラッと見る。
よかった。笑ってない。
「フィルムってどんな見た目ですか?」
「そうねー。普通の紙より分厚くて、硬めね。プラスチックでできているからツヤツヤしていて、光に当たると虹色に照るわよ。あぁ、そうだ。雰囲気は下敷きに似てるかもね!」
下敷き!下敷きなら学校で配られたのを持っているから知っている!
もしかしたら、僕でも創れるかも……。
希望が湧いてきた。
「ありがとうございます!」
「あら、もういいの?」
「うん!」
これで、コンピューター室にも行かなくて済んだ。
なんて太陽が眩しい。
良い朝だ。
カラカラカラ
ドアを思いっきり開け放ちたいのをグッと堪えて、そっと開け、教室に向かう。
「あっ、今野くん!貸し出しカード……」
フフフッ。足が軽い。
――――
「ここで大事なのは、√ の中の数をそのまま計算しないこと。例えば、√12 は――」
ええっと、ダンボールをテープで組み立てるってあったけど、そもそももう組み上がっているダンボールをイメージすればいい。
下部分はもう切れ込みとかない一枚続きにすればいいし、前部分は四角く切れた箱を……。
バランスよく描くの難しいけど、まぁこんな感じ。
内側は黒く塗るか。
じゃあ既に黒いのを考えとけばいいな。
次はお昼の時間となる3時間目。
独歩はノートの端にカメラの作り方をずっと考えていた。
穴開けるときは大きさがポイントね。
画鋲の芯くらいか……どうしよう。
あっ、これくらいでいいんじゃない?
独歩の爪には縦線が入っている。
ちょうどその縦線の幅くらいの穴を想像すればいいだろう。
いけるぞ。
もう仕組みも理解し、頭の中には水中ユートピア用の用意する物までイメージができていた。
実践は家に帰ってからかなぁ。
早く試したくてうずうずする。
次はお昼。そのあと、5・6時間目?
遅すぎる。
ここまで考えたのに!
……授業サボっちゃう?
保健室行って、寝てれば良いんじゃない?
熱とかなかったら親にも連絡行かないよね。
ふっと母さんの顔が浮かんでくる。
でも、でも!中学は授業料も教科書代もタダだし。
自分が授業を受けないことで、母さんが受けるデメリットとかないし。
不安がドカ雪のように溜まっていくけれど、それ以上に早く成果が欲しくてたまらなかった。
給食の後だと、食べるだけ食べて休む卑しいやつだって思われるかな?
でも、さすがに給食はお金がかかっているし。
給食だけ…食べて、……あっ!5時間目の途中で先生に休むって伝えよう。
これなら授業を受ける気はあったって思われるし!
名案だ。
どんな顔すれば具合が悪いって思われるかな?
例えば、眉を顰めて、気合いでこう顔全体をグッタリさせて、口元は下げて、こ……こんな感じ?
こうして顔の調整をしていたら、いつの間にか時間が経っていた。
「はい、授業終わります。今野ー、ちょっとこっちおいで。」
なんだ?今日寝てないし……
「はい?」
「今野、授業中に顔が辛そうだったけど大丈夫か?無理せず保健室に行きなさい。」
ラッキー!名俳優になれるかも!もう一押し。
「だんだんお腹が痛くなってきちゃって。」
「お腹のどの辺?」
「この辺……」
「胃のあたりか。給食は無理せずに、もしなんだったら保健室に行きなさい。」
えっ、給食は……食べなきゃ。
お金もったいないし、お腹空いているし。
でもここを逃すと保健室行きにくくなるかな。
「………はい。」
「独歩具合悪いの?」
席に戻れば、空が声をかけてきた。
「……うん、ちょっと、お腹がね……」
あぅうぅぅ。どんどん給食が遠ざかっていく。
「保健室着いて行こうか?」
「いや、大丈夫だよ。」
「なに、独歩。腹いてーの?うんこじゃね?」
「ち、違うよぉ」
下痢だと思われるのは恥ずかしすぎる!
「漏らさないようにな!保健室行ってら。」
「だから違うって!」
僕の背後に給食を食べる道がない……。
仕方ない、もう保健室行くか。
――――
廊下にはコンテナから漏れ出る給食の匂いが漂っていた。
いいなぁ。今日の給食、きのこハンバーグが出たのに。
給食は家で食べられないご馳走が食べられる1日の楽しみ。
迂闊だった。
自分が名俳優すぎたばかりに……。
保健室のドアの前に立つ。
ここを開けてしまえば、今日の給食とは永遠におさらばだ。
給食とカメラ。天秤がずっと揺れ動いている。
ハンバーグのこと、メンバーのこと、宝石探しのこと、そして[号外!歩く骸骨現る!]の文字。
きょ、今日だけは!給食を諦めるぞ……
心の中では決意しつつも、泣きそうになりながら扉を開ける。
「あら?どうしたの?」
「あの、3年4組の今野独歩です。お腹が痛くて、休ませてください。」
「あらあら、泣きそうな顔して!そんなに痛いの?」
「うーん……」
ここで痛みの加減を間違えたら、大惨事だ。
親に連絡行くかも……。
「まぁ、とりあえず寝ましょう。熱はどう?」
「熱は無さそうです。」
「咳とか喉の痛みはどう?」
「それも無いです。」
「じゃあお腹の痛みだけかな?こっちどうぞ。」
窓側のベッドのカーテンが開けられた。
未だに、給食を食べられない虚しさに襲われてよろよろとベットに横たわる。
「布団かけるからね。」
「寝れなさそうだったり、起きたら先生に声をかけてね。」
「はい……」
ショックだ。
心が萎れていると、体も萎れてくる気がする。
もう強制的に寝ようと目を瞑っていたら、いつの間にか眠っていた。




