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【1話】ちょっとは子ども達の心配をしなさいよ、薄情者。

「いけー!プテラノドン!頭突きしろ!」

 赤茶色の石畳に影を落としながら旋回していたプテラノドンが、建物の壁を崩しながら急降下してくる。重い水圧で木々は折れ、花びらは散り流れていく。プテラノドンを生み出した航輝《こうき》の服も髪も暴れるように乱れていた。

「ステゴ負けるな!弾き飛ばして潰しちゃえ!」

 どれ程の重量なのだろうか。ステゴサウルスの足元の石畳はひび割れていた。いつでも飛び出せる様に、生み出した海成《かいせい》の横で前傾姿勢になっている。

 下にいる敵一点のみを見つめて突っ込んでくるプテラノドンと、全く動じず構え上を睨みつけるステゴサウルス、どちらが勝つか。今、「ファイアードラゴンズ」と「ブルーサンダー」どちらが陣地を得られるか、熱き戦いが繰り広げられていた。辺りには崩れた建物と折れた木々。しかし地面には瓦礫が無い。

「航ちゃんやっちゃえー!」

「プテラノドンみたいなひょろいのが、ステゴに勝てるわけねーじゃん」

「は?なんだその言い方!ステゴざーこ」

 両チームのメンバーが自分達のチームに加勢するためやんやと騒ぎ、バトルの様子を見ている。

 プテラノドンの鋭い嘴がステゴサウルスの額に軽く沈んだ。

「ステゴ!地面に叩きつけろ!」

 ステゴサウルスはプテラノドンを振り払い、棘のついた尾を叩き込もうとする。しかしプテラノドンも簡単には負けず、急上昇しながら、また頭を大きく振りかぶり頭突きをしようとする。なかなか決着がつかない争いだった。


―――


スコーンがカタカタ小さく動き、皿の縁へと向かっていく。紫紺の髪の男は、落ちそうなスコーンに目もくれず、轟音の発生源を見つめる。

「今日のは随分と大きな生き物だね。知ってる?恐竜って言うらしいよ。もっと近くで見てみたら迫力がすごいんだろうな。」

「恐竜ねぇ。四足歩行の生き物ってみんな可愛らしいものかと思っていたわ。」

「なんでもあの子達の世界でだいぶ前に絶滅した生き物みたいだよ。男子の憧れの的らしい。」

「ふーん?男の子が筋骨隆々で逞しいものに惹かれるのはどの世界でも変わらないのね。まぁ、恐竜が絶滅したのも分かるわ。街が狭く見えるもの。生きづらそうな大きさね。神はあれになんの役目を持たせて誕生させたのでしょうね?」

「さぁ?子ども達の憧れになるために生まれてきたんじゃない?ま、何はともあれ今日も元気で何よりだよ。」

 若草色の椅子に座った、クラシックな装いをした男女が二人。バルコニーで各々の時間を過ごしていた。ここからでは子ども達がしているバトルなど到底見えるはずのない距離だが、二人には状況が手に取るように分かるらしい。紫紺の髪の男は聞こえてくる衝撃音を楽しそうに笑い飛ばしながら、勝手にサンドウィッチに手を伸ばす。ムーンイエローの髪の女は心配そうに目を細めながら、口元をレースの扇子で隠した。

「あんなに暴れて大丈夫かしら。崩れた建物の破片が降ってきたら怪我してしまうわね…。瓦礫が当たる前に消えるよう調整した方がいいかしら。」

「心配性だね、メディ。子どもは案外強いから平気だよ。それに、あの子達の世界に戻ったら怪我も何もかも無くなってるさ。」

「痛い思いをしたら可哀想だと言っているのよ、薄情者。貴方も面白がってないで、子ども達を心配するなり、守るなりしなさいよ。あとついでに、メディと呼ばないで。呼ぶなら名前のターナの方にしなさい。もう私には苗字は必要ないのよ。」

「今日も表情豊かでいい感じだね。ターナ。」

 相手にするだけ無駄とばかりにターナはため息一つついて、タルトを口にする。途絶えることなく、子ども達の勇ましく元気な声、建物の崩壊音、巨大な生き物らしい迫力ある足音と咆哮が聞こえてくる。優雅なティータイムからはかけ離れているが、これも子ども達が自由に元気に過ごしている証拠である。

「今日は太陽が出て晴れ渡っている。いい天気だ。雨の日もね、雨粒が波紋を作って楽しいけれど、晴れの日は光が降り注いできて別格の美しさだね。」

「まぁ、そうね。晴れだろうと雨だろうとここは水中なんだから関係ないけれどね。あっちと違って、ここは急に雨が降ってきても濡れないから助かるわ。」

「急に降られて濡れるのも一興だよ。何より、周りが雨に濡れまいと慌てて散っていくのを見るのも面白い。」

「ストレス無さそうで羨ましいわ。きっと長生きするわよ、シオン。」

 シオンが上を見上げれば無数の光が柔らかく、スポットライトの光のように降ってくる。上にいくほど、水が光を取り込み白く見える。逆に水面近くからシオン達がいる場所を見れば、どう見えるのだろうか。ここからはどんな色か分からないがきっと静かで美しい色だろう。水の煌めきをしばらくみていたシオンだったが、ぼそっと残念そうに呟いた。

「でも今日の太陽は体調が悪いみたい。梅雨が明けて久しぶりに顔を出したのにね。」

 ターナは特に構わず2個目のスコーンを割っている。シオンは椅子の後ろ足二本でゆらゆらしながら珍しく少し不機嫌そうな顔をした。

「いつもの太陽より今日のは力が足りない気がするんだよね。覇気がないというか。いつもは僕たちを包み込んでくれる感じがするのに、今日は抱擁力が足りない気がするなぁ。そんな感じしない、メディ?」

「抱擁力とかちょっと何言ってるか分からないわ。あと行儀悪くってよ。」

「太陽が薄布で包まれているみたいな?それともこの空間が薄布で包まれているのかな。どう思う?メディ。」

 シオンの薄黄色の目はターナの茶色の目を捉えるが、ターナは意に介さず、スコーンにクロテッドクリームとジャムをつけている。一口、一口と口に運び、ついでに紅茶も含んで堪能していた。

「このスコーン美味しいわね。私、スコーンが口に残る感じが好きなの。最後まで主張が激しくて。」

「そう?よかったね。」

 ターナの視線はスコーンだけに注がれていた。なかなか合わない視線を前に、シオンも頬杖をつき出す。卓上に映し出された袖口のレース越しに揺れる光を見つめるような空虚な時間。ターナは最後の一口を口に運び、紅茶も飲み干す。後味を味わうように目を伏せていた。そんな様子がまたしばらく続いたと思ったら、二杯目を注ぐのか、ティーポットに手を伸ばし始めた。

「ねぇ知っていて?最近の子ども達の流行。」

「子どもの流行りは移り変わりが早いからなぁ。この前、陣地取りやってる子達見たけど。ちょうど今もしているみたいだし。」

「そうね。陣地取りゲームの流行りはまだ続いているみたいね。この遊び、女の子達が特に可愛らしいのよ。私の洋館の一室とかにね、秘密基地を作ってるの。レースのカーテンとかで周りを囲って。入り口には自分達専用の場所ってことでお花のリースつけてたりしていたのよ。自分とお友達だけの秘密の場所ってドキドキそわそわするのよね〜。分かるわ。もう可愛いったら!」

 ターナは急に赤みがさした白皙の頬を指で包み、うふふと笑い始める。

「もう私、その子達がいじらしくていじらしくて、その一室には他の子が入れないようにしておいたの!女の子の友情は秘密が多ければ多いほど固くなるのよ。」

「秘密基地ってのは、他人に見つかった時に身を潜めたり、見つかった後どうするか作戦会議するのも含めて楽しいんでしょう。」

「あら。自分たちが作った場所を他人に見られたら興醒めじゃない。」

「まぁ人それぞれだけど。メディがやったことが、その子達にとっていいことだといいね。それで、陣地取りがどうかしたの?」

「あぁそうね。陣地取りの話じゃないのよ。最近の流行りはもう一つあるの。」

 ターナは話すモードになったのか、椅子の背中に体を預ける。シオンも足を組み直した。

「なんでも、白藍地域に最近幽霊が出るんですって。ガシャガシャと複数の足音が聞こえたり、呟き声が聞こえることもあるみたい。子ども達の中には骸骨が歩いてるって言ってる子もいたわ。」

「白藍地域なら西の水面近くだね。そこだけなの?幽霊が出るのは」

「今の所、子ども達が噂しているのは白藍地域だけね。」

「その幽霊はセンスないね。幽霊は水底に現れる方が恐ろしさが増すのに。僕なら水底に出る。」

「勝手に出て、さっさと成仏してちょうだい。まぁそれで、子どもって勇敢というか、好奇心に正直というか。その幽霊疑惑がある場所にわざわざ行くんですって。陣地取りの一環で、チームを作ったり、チームに所属することも流行ってるでしょう。そのチームに入るに相応しいかテストするといって、度胸試しに行くんですって。」

「遊びに全力でいいことだね。自分たちのチームは特別だって、入るのは簡単じゃないんだって、後から入るやつにいいたいんだよ。男子ってのは上下だの数値だのつけたがる生物なの。」

「男の子がすぐにあの五角形のチャートをつけたがるのはなんなのかしらね。私には気持ちがよく分からないけれど、まぁそれはいいの。あなた、幽霊なんて余計なもの創った?」

「創ってもいいねー、水に幽霊。完璧じゃない。しかも白藍地域は背の高い植物がたくさん自生してる。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね。こうなったら創るしかないんじゃない?」

「余計なことしないで。子ども達が怖がるでしょう。それにしても私たちが創ってないならガシャガシャなってる音はなんなのよ。」

「なんだろうね?子ども達が入団テストなるものをするために噂を創ったんじゃない?遊びで。」

 ―ターナは扇子を強く握りしめる。

「……あいつらが来てるんじゃなくて?あぁ本当に嫌。せっかくこの理想郷を作ったのに。」

「落ち着きなよ。それでこの場所の隠匿を強化したんだ。」

「そうよ。見つかったらたまったものではないでしょう。」

「仕事が早いね、メディ。流石だよ。まぁまだ確固たる証拠があるわけじゃないし、慌てず騒がずでいよう。」

「楽観的でいいわね。禿げなさそうで羨ましいわ。」

「メディが心配性すぎるだけさ。今はちょっと日の光が弱くなったくらいだからいいけど、守りを強めすぎて水中に影響を出さないようにね。」

「子どもは、何ものにも縛られず、自由でいるべきよ。でも大人は子供を守らなければならないでしょう。」

「もう少しゆったり構えればいい。そんな思い詰めてたらシワができるよ、メディ。」

 ターナの相手を斬りそうな鋭い目線を気にせず、シオンはパラペットを足掛かりに、屋根に飛び移った。既に興味は水底で遊んでいる子ども達のようだ。ターナは息を吐き、水面を睨みながらマカロンを口に入れた。カップがカタカタ細かく震えている。


―――


 ステゴサウルスが咆哮をあげ、航輝に向かって突っ込んでくる。なかなか決着がつかず、その場にはイラつきが溜まっていた。

「プテラノドン!あいつを持ち上げて落とせ!」

 恐竜を相手に向かわせるという反則技の応酬にまで発展したとき

シュゥゥゥ、ドォォォォン‼︎

 「ファイアードラゴンズ」のチームにロケット弾が飛び込んできた。風圧による円形の波が子ども達を圧し倒し、吹き飛ばす。「ファイアードラゴンズ」の一員である独歩《どっぽ》も吹き飛ばされ、石畳に二回、三回とバウンドしながら転がった。お尻が痛いし、腕を擦って痛い。あまりに痛いヒリヒリに涙目になりながら腕を押さえた。

 同じく膝小僧に擦り傷、頬にも怪我をしたファイアードラゴンズ副リーダーの聖《ひじり》が立ち上がる。

「おい!リーダー同士で決闘するって約束だったろ!」

「そんなのいつ言ったんだよ!何時何分?地球が何回回った日〜?」

 攻撃した倫正《りんしょう》は、ロケットランチャーを肩に担ぎ、得意げにふんぞり返る。

「はー?決闘前に言ったじゃん!ばーか‼︎」

 聖は大きく一回地団駄を踏む。怒りと悔しさを百パーセント表に出せず、もどかしげであった。

「約束破ったお前らの負けだろ!もう二度と話しかけんな!」

 リーダーの航輝も抗議をする。しかしその様子にブルーサンダーの面々は仲間同士でコソコソと耳打ちしながら笑ってきた。

「お先〜」

 海成を先頭に、2チームが争う理由だった古びた倉庫に入っていく。この倉庫はそこそこな大きさな上、入るためには手前にある小さな建物に入り、通路を渡る必要がある。手前の建物に門番を立てれば、自分たちが認めた人間しか入れないのだ。会員証とかあるとかっこいい。そんな妄想膨らむ場所を納得のいかない方法でブルーサンダーに占拠されそうになり、ファイアードラゴンズは黙っていられない。

「まじでくそなんだけど!」

 吐き捨てながら聖が大きな大きな、子供二人分ほどのサッカーボールをいくつも蹴り付ける。ブルーサンダーのメンバーの後頭部に直撃するボール、届かずあらぬ方向にいくボール、壁に当たり跳ね返ってくるボール、場はより混沌と化した。ボールに当たり転ぶ子、思わず近くの人を押す子、押される子。秩序のないドミノ倒しの様にこけていく。

「バーカ」

「バカって言ったお前がバカだ」

「じゃあお前もだろ」

「ビック爆発ロボ!あいつらに突っ込んでこい!」

 相手が体勢を立て直せない状況を逃さず、航輝が攻撃を始める。

「暴走機関車エジソン!轢いちゃえ!」

海成も負けじと応戦する。

チームを守る、仲間を傷つけた、そんなことより勝手な行動をする相手への怒りと自身のプライドで戦う。辺りは、猛スピードで向かってくるロボや機関車が怖くてあげる悲鳴や怪我が痛くて泣く声、敵を倒せと野次る怒声でなかなかの騒ぎだった。そんな中で、弾き飛ばされていた独歩は、この混沌の中自分がなにをすべきか分からない。とりあえずお尻と肘が痛いし、飛んできたロケット弾が近くに転がっていて怖かった。近くで8歳のメンバーが泣いている。助けて守ってあげなければとは思うが動けなかった。どうすることもできず、おろおろしながら喧嘩を見ている独歩だったが、そんな様子を年上の湊《みなと》に見られた。

「おいなにしてんだよ!あいつらムカつくなら倒せよ!さっさと行け!」

 正直、怖さと戸惑いが心を占拠していてムカつきなどないのだが、年上に逆らえず独歩は前線の最後尾に向かう。手裏剣、アームランチャー、ロケット花火。みんなそれぞれ創って攻撃している。自分の手には何もない。ブルーサンダーの1人が小躍りしながらなんか紙を掲げている。あれ、算数のテスト?…17点。ファイアードラゴンズのメンバーがそれを奪い取りに向かった。独歩の隣のメンバーが突然呻いた。見れば広辞苑を投げて、腕の筋を痛めたらしい。

みんな自由に創っている。でも独歩は何をどうやって創ればいいのか分からない。自分もファイアードラゴンズの一員だと認められたいし、どうにか仲間に混ざりたい気持ちはあるけれど、頭にいい物が何も浮かんでこない。停止した頭の中に焦りが流れ込んできたとき、目の端に泣いている子がまた映った。助けるために足を向けられたら自分はヒーローになれる。しかし頭の中には怒ってくる湊がいて何もできず、結局独歩も聖と同じサッカーボールを真似して創り、ブルーサンダーに制裁を加える。向こうからはまたロケット弾が飛んできた。

「えー!外してんのださー」

「お前らがちょろちょろ逃げ回ってるからだろ!お前らの方がダサいー」

 ロケット弾が当たり、木や石畳は木っ端微塵に弾け飛び修羅場になっていた。ビック爆発ロボと暴走機関車がついにぶつかり合う。ぶつかる衝撃で互いに爆発し先程までの轟音とは比べ物にならないくらいの衝撃が襲ってきた。それぞれの破片が飛び散る。子ども達は反射で目を瞑り、頭を抱えて守った。しかし飛び散った破片も音圧で壊れた建物の瓦礫も子ども達に降りかかる前に消えていく。一帯が気泡の花畑のようになり、先程までの喧騒が浄化されていくようだ。子ども達もスイッチが切れたかのように、ふわりふわりと地面に倒れ、泡沫のように消えていく。独歩の瞼が重くなってきた。ほんのり温かい泡が体にまとわりつき、パチパチと小さく弾けているのを感じながら、暗闇に包まれていく。——もう朝か。

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