97話「先に」
神谷が返信に気づいたのは、昼過ぎだった。
コンビニの袋を下げたまま、画面を開く。
『私も神谷さんと行きたいと思っていました。ぜひご一緒したいです』
足が、止まった。
一度閉じる。
もう一度開く。
送信者は、日高樹里。
「……え」
周囲の音が、遠のく。
人が避けて通っても、気づかない。
(日高先輩が、行きたいと思っていました、だと……?)
昨日まで、未読のまま放置される未来しか想像できなかった。
それが、こうして返ってきている。
神谷は駅前の柱に手をついた。
「やった……」
声が、裏返る。
すぐに佐藤へ転送しそうになって、やめる。
まずは自分の胸の鼓動を落ち着かせないといけない。
その日の神谷は、信号待ちで何度もスマホを見返した。
文面は変わらない。
なのに、見るたびに新しく見えた。
(……花火、一緒に行ける)
舞い上がっていた。
完全に、舞い上がっていた。
一方、その頃。
柚希は自室のベッドに寝転がって、零とのトーク画面を開いていた。
『花火大会、よかったら一緒に行きませんか』
下書きは、もう三時間前にできている。
送れない。
(これ、友達として? それ以上として?)
送ったあと、零がどう受け取るかが怖い。
断られたら、今の距離すら壊れる気がする。
指が送信の上で止まる。
また戻る。
『……無理』
一度、画面を閉じた。
その直後だった。
通知が、短く光る。
零からだった。
『柚希さん、三週間後の花火大会、空いてます? よかったら一緒に行きません?』
柚希は、画面を見つめたまま動けなくなった。
一度読む。
二度読む。
「……うそ」
声が、小さい。
下書きで迷っていた側から、先に来た。
しかも、零から。
嬉しさが、胸の奥から一気に溢れる。
驚きと、安堵と、好きという気持ちが、同時に頭を上げる。
柚希は顔を赤くしたまま、ベッドの上で小さく転げた。
(……零ちゃんから、来た)
返信の文章は、すぐに決まった。
『行きたいです。ぜひ』
送信したあと、柚希はスマホを抱きしめるようにして天井を見た。
夏の予定が、また一つ、静かに埋まった。




