96話「返信」
土曜日の昼。
【Rose】の店内は、椅子とテーブルが仮置きされたまま散らかっていた。
美園が新しいテーブルセットを入れたのだ。
陽菜と樹里は、その入れ替えと簡単な模様替えを頼まれて、昼から店にいた。
『右、もう少し』
『わかってる』
重い天板を支えながら、三人で位置を決めていく。
汗を拭い、床を拭き、古いセットを奥に退ける。
一通り終わった頃、美園がスマホを操作した。
『ありがとう。本気で助かった。お礼に出前取る。寿司でいい?』
『いいね』
『何でもいい』
出前が届き、新しいテーブルの上に皿が並ぶ。
まだ営業前の店内で、三人は適当に箸を取った。
そのとき、樹里が自分のスマホの画面を見た。
未読が、一つ。
昨日の夜に届いたままの、神谷からのメッセージ。
『日高先輩、お疲れ様です。三週間後の花火大会なのですが、もしよろしければご一緒できませんか』
樹里は画面を眺めたまま、特に表情を変えない。
陽菜が鮪を口に運びながら、何気なく聞く。
『誰から?』
『神谷だ。花火大会に行かないか、らしい』
そう言って、樹里は返信も打たずにスマホをしまおうとした。
次の瞬間、陽菜が身を乗り出す。
『貸して!!』
『あ——』
陽菜は樹里の手からスマホをひったくり、画面を開くと、すごい速さで打ち込んだ。
『私も神谷さんと行きたいと思っていました。ぜひご一緒したいです』
送信。
店内が、一瞬静まる。
樹里の声が、低い。
『……お前、何してる』
『総長が迷ってるから、私が決めてあげた』
『勝手なことをするな。返せ』
『もう送ったもん』
樹里は怒っている。
文句も言う。
だが、いつもの「本気」ではない。怒りが引くのがいつもより早い。
追及が、少し早い段階で力を失っている。
美園が寿司を噛みながら、その様子を横目で見ていた。
陽菜も、樹里の反応を見て、口元だけを緩める。
(……この引き方、行きたかったな)
美園も同じことを思っていた。
『まあ、行ってきたら?たまには』
『お前ら……』
『拒否するなら、今から訂正すればいいじゃん』
陽菜がそう言うと、樹里はスマホを取り返したあと、しばらく画面を見た。
訂正の文面は、打たれなかった。
樹里は小さく息を吐き、スマホを裏返す。
『……勝手すぎる』
『愛だよ、愛』
『愛じゃない』
美園が笑って、お茶を注いだ。
新しいテーブルの上で、三人分の寿司はまだ残っている。
神谷の通知は、すでに「既読」になり、返信までついていた。
本人の意思より先に、夏の予定が一つ増えていた。




