表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/92

91話「閉店後」

凛がバイトを上がり、青柳も帰ったあと、店には美園だけが残っていた。

最後のグラスを下げ、レジを締めようとしたところで、ドアが開く。

佐藤だった。

『あ。……ちょうど閉店時間だよ』

佐藤は入り口で足を止め、深く頭を下げる。

「そうですよね。すみません、改めます」

そう言って踵を返そうとした瞬間、美園が声をかけた。

『ちょっと待って。少し話さない?』

佐藤の動きが止まる。

「……いいんですか」

『いいよ。座って』

美園は店の看板を「閉店」に変え、鍵をかけ、カウンターの内側から隣に回る。

二人はカウンター越しではなく、隣り合わせの席に座った。

佐藤は背筋を伸ばしたまま、手元を見ている。

緊張が、肩に出ていた。

美園は水を二つ出してから、静かに話し始めた。

『私ね、昔は色々やんちゃしてたんだ。

そのあと、この仕事を長くやって、色んな人を見てきた。

そうすると、大体わかっちゃう。人の心の内とか、下心とか』

佐藤が顔を上げ、必死に否定する。

「僕は、下心なんかで美園さんに近づいたりしていません。本当です」

美園は短く笑った。

『わかってる。佐藤さんは優しいし、真面目だよ。

てか、島川不動産の人たちは、みんないい人』

その言葉に、佐藤は少しだけ肩の力を抜いた。

だが、次の言葉が続かず、また黙ってしまう。

沈黙が、優しく長い。

美園が先に立ち上がった。

『……そろそろ、帰り支度しようかな』

「あ……遅くまでお話ししてもらって、すみません。失礼します」

佐藤は慌てて礼をし、ドアノブに手をかける。

その背中へ、美園の手が伸びた。

肩を引かれる。

振り返った佐藤の唇に、短く、確かな感触が触れた。

一瞬だけ。

深くもない。長くもない。

でも、逃げられないほどはっきりしたキスだった。

美園が先に顔を離し、いつものトーンで言う。

『じゃあね。おやすみ』

佐藤は何も言えず、ドアを開け、夜の空気に出た。

店の灯りが消える。

彼は歩道に立ち、自分の唇に指を当てた。

残っている。温度も、距離も。

空を見上げる。

星は少ない。

なのに、今夜の空だけは、ひどく近く感じられた。

(……夢じゃない)

佐藤は一人、長く息を吐いた。

閉店後の数分が、彼の中で一日より重く残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ