表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/140

86話「全て」

エントランスの下っ端たちは、最初こそ二人を止めようとした。

だが、樹里と美園の動きは、昔と変わっていなかった。

無駄がなく、速く、容赦がない。

派手な乱闘にはならず、前に出た者から順に沈んでいく。

『通る』

樹里の一声で、残った者たちも道を空けた。

奥の部屋の扉を開けると、中には組長と沙月、そして拘束された陽菜がいた。

『……総長』

陽菜の声は掠れている。

樹里は一瞬だけ彼女を見たあと、組長へ視線を固定した。

組長は椅子に深く座り、冷静に口を開く。

「日高樹里。お前が突き付けてきた約束を、破った落とし前は、どうつけるつもりだ」

樹里は前に一歩出た。

『この身一つで、責任を取る。好きにしろ』

組長は、がっかりしたように長く息を吐いた。

「……それだけか。あの場での交渉を忘れたか。それで済むと思っているのではなかろうな」

樹里は遮るように、続ける。

『だが、大切な妹を傷つけたことは、別だ。覚悟しろ』

その目は、交渉の場の目ではなかった。

殺意に近い、静かな怒りだった。

組長の眉が、わずかに動く。

「俺に手を出すか。それこそ本家が黙っていないぞ。

お前の会社ごと潰されかねんが、それでもいいのか」

樹里は一瞬も揺らがなかった。

『関係ない。会社よりも、親よりも、命よりも、美園と陽菜は大事なものだ。私の全てだ』

部屋に、重い沈黙が落ちる。

陽菜は目を見開き、美園は何も言わず樹里の横に立っている。

沙月は、その言葉を興味深そうに聞いていた。

しばらくして、組長が短く笑った。

「……やはり、お前は面白い」

椅子の肘を叩き、手を振る。

「構わん。その小娘を連れて帰れ。今回の落とし前は、それでいい」

沙月が小さく息を吐き、樹里を見た。

「やはりお前は、組長が認めるに足る女だ」

樹里は礼も言わず、陽菜の拘束を外した。

『立て。帰るぞ』

『……はい』

三人は、誰にも止められず事務所を出た。


夜の道。

ビルを離れた路地で、樹里は急に足を止めると、振り返りざまに陽菜の頬を一発、思い切り殴った。

乾いた音が、夜に響く。

陽菜はよろめき、何も言えない。

痛いとか、すみませんとか、そのどれもが、喉で止まる。

顔を上げると、樹里が泣いていた。

初めて見る涙だった。

怒りの形をした、守りきれなかった者の涙。

『……馬鹿野郎』

それ以上、言葉にならない。

美園が二人の間に立ち、静かに言った。

『帰ろう。三人で』

樹里は袖で目元を拭いもせず、先に歩き出す。

陽菜は遅れながらも、その背中に続いた。

美園がバイクを押しながら最後に並ぶ。

夜風が、三人の影を長く伸ばした。

破られた約束は、今夜、別の形で閉じた。

だが、三人の間に残ったものだけは、簡単には乾かない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ