84話「乗込」
陽菜は、美園にも樹里にも告げなかった。
理由は、自分でもうまく説明できない。
沙月から全部聞いたあと、頭では「終わった話」だと理解している。
なのに足が、勝手に組事務所の方角へ向いていた。
今更、何をしに行くのか。
謝りに行くのか。殴りに行くのか。確認しに行くのか。
わからない。
ただ、止まれなかった。
古いビルの一角。表札は出していない。
陽菜は玄関の男に、短く言った。
『組長に合わせろ』
「はあ? 誰だお前」
『Rose girlsの、元副総長だ。そこをどけ』
最初は笑われた。
次に、制止された。
その次には、手が伸びた。
陽菜は避けるでもなく、振りほどくでもなく、正面から出た。
一人、また一人と、前に出た男たちをその場に沈める。
だが、人数が違う。場所も違う。
やがて腕を掴まれ、足を払われ、膝をつかされた。
暴れた時間は、体感より短かった。
『……くっ』
「動け。奥だ」
陽菜は拘束されたまま、奥の部屋へ連れて行かれた。
しばらくして、扉が開く。
年齢を重ねた男が入ってくる。
場の空気が、一段変わる。
沙月も後ろにいた。
男が沙月に目配せすると、沙月は淡々と告げた。
「当時のRose girlsの女です。副総長だった櫻井陽菜」
男——組長は、陽菜を上から下まで見た。
「ほう。あのときの副総長か」
陽菜は顔を上げたまま、何も言えない。
来た理由を、言葉にできない。
組長は椅子に座ると、沙月に言った。
「中村美園の店に電話しろ。日高の番号は知らん」
沙月は短くうなずき、番号を押す。
【Rose】の閉店前。
美園のスマホが鳴った。
『……はい』
受話器の向こうで、低い声がした。
「中村美園か。そっちの元総長はな、自分が消える代わりに、一切手を出すなと交渉してきた。
なのにどうだ。手を出してきたのはお前らの方だ。
元副総長が、うちに乗り込んできた」
美園の血の気が、引く。
『……陽菜』
「どう責任を取るつもりだ。日高樹里にも伝えろ。今すぐだ」
電話は、一方的に切れた。
美園はカウンターに手をついたまま、すぐに樹里へ発信する。
『陽菜が組に行った。捕まった。今から取り戻しに行く。乗せていけ』
樹里の返事は、短かった。
『すぐ行く』
夜が、一気に赤くなった。




