82話「対面」
報告を受けた、さらに翌日。
樹里は終業後、一人で会社を出た。
陽菜には「先に用事がある」とだけ伝えてある。
裏通りに差し掛かったところで、歩みが止まる。
向かい側の壁に、桐生沙月が立っていた。
「早いな。日高樹里」
樹里は距離を詰めても、表情を変えなかった。
『用があるなら、早くしろ』
沙月は笑った。敵意の薄い、観察者の笑い方だ。
「用というほどじゃない。美園には伝えた通りだ。
組長が認めた女が、今どう生きてるか、見たかった」
『見ただろう。普通の会社員だ』
「普通には見える。でも、美園の反応も、今のお前の立ち方も、普通じゃない」
樹里は短く息を吐いた。
『観察は自由だ。ただし、周りには触れるな』
「陽菜と美園か」
『含む』
沙月は肩をすくめた。
「今は触らない。興味の対象は、主に向こうだ」
そう言って、樹里の方を顎で示し、続ける。
「当時、組長はお前を気に入った。潰すより、生かす方がいいと。
その判断が正しかったかどうか、私はまだ結論を出していない」
『お前の結論など、必要ない』
「そうかもな。でも、結論が出るまで、時々顔を出す」
沙月はそれだけ言って、夜の通りへ歩き出した。
樹里は追いかけなかった。
スマホが震える。陽菜からだった。
『総長、どこ? なんか変な感じする』
樹里は短く返した。
『何もない。すぐ戻る』
本当に何もないわけではなかった。
だが、今はまだ、何もないことにしておく。
沙月との再会は、静かに成立していた。




