81話「報告」
沙月が【Rose】に来た、その翌日。
終業後、樹里と陽菜は美園に呼ばれて店へ向かった。
カウンターに三人が揃う。美園は水を出しながら、簡潔に切り出した。
『昨日、女が一人来た。桐生沙月。
潰しに来たわけじゃない、興味があるだけだ、と。
日高樹里に伝えておけ、とも』
樹里の目が、静かに冷える。
『……沙月』
『知ってる相手だろ』
『当時の、窓口だ』
陽菜が身を乗り出す。
『窓口? 何の』
樹里は即座に視線を向けた。
『お前には関係ない』
『関係ないわけないでしょ。』
美園が間に入る。
『相手の目的は、観察。組長が認めた女が、その後どう立ち回るか見たいらしい』
陽菜の眉が寄る。
『認めた女って、総長のことでしょ。
じゃあ、その組長とか、当時の話を——』
『するな』
樹里の声が、短い。
『深入りするな。接触もするな。店に来ても、相手にするな』
『またそれだ。何も言わないで、止めだけする』
『それでいい』
陽菜は歯痒そうにグラスを握った。
『美園さんは知ってるんだろ』
美園は否定しなかった。
『知ってる。でも、話す側じゃない。総長が決めること』
沈黙が落ちる。
樹里は酒に口をつけず、ただ言った。
『沙月は、敵というほど単純じゃない。だからこそ厄介だ。
陽菜、お前が先に動くと、相手の観察材料になる』
『……わかった。でも、いつまで隠す気』
『必要になるまで』
陽菜はそれ以上押せなかった。
樹里の目が、もう議論を閉じていたから。
店を出る前、陽菜が美園にだけ小さく言う。
『美園さんも、味方なら、いつか話してほしいな』
美園は答えず、ただ背中を見送った。
一人残され、美園は天井を見る。
『……観察される側に、また戻ったか』
樹里の過去は、沙月が来た翌日から、三人の間で確実に共有され始めていた。




