78話「連絡」
神谷は、樹里の番号を登録したまま、三日間何も送れずにいた。
画面を開いては閉じ、文章を書いては消す。
「お疲れ様です」
硬い。
「先日はありがとうございました」
何の?
「良ければ、またご一緒に」
何を?
深夜、やっと送ったのは、それだった。
『日高先輩、お疲れ様です。業務以外でも、連絡してしまって失礼します。また、ご飯やお茶、ご一緒できたら嬉しいです』
送信した瞬間、スマホを裏返した。
(……何を書いたんだ、俺は)
既読は、すぐにはつかなかった。
翌朝。
樹里は通勤中にそれを見て、短く返信した。
『お疲れ様です。日程が合えば』
それだけ。
神谷は駅の改札前で立ち止まり、画面を見続けた。
(……日程が合えば、って、いいってことか?)
希望と混乱が同時に来る。
社内で樹里を見かけても、いつもどおり業務の話しかしない。
樹里も、メッセージのことは特に触れなかった。
陽菜だけが、神谷の様子を見て察した。
給湯室で、樹里にだけ言う。
『神谷さんから、連絡来たんでしょ』
『業務連絡だ』
『嘘つけ。顔に書いてあるよ、神谷さんの方は』
樹里はカップを置いた。
『日程が合えば、と返しただけだ』
『それで相手は舞い上がるタイプだもん。わかってて言ってる?』
『……わかってない』
陽菜は呆れたように息を吐いた。
『総長は本当に、恋愛だけポンコツだね』
樹里は否定しなかった。
ただ、スマホの履歴に残った「日程が合えば」の四文字を、少しだけ見返していた。
その夜、神谷は佐藤に報告した。
「返信、来ました。『日程が合えば』です」
佐藤が目を輝かせる。
「先輩、前進ですね」
「前進、なのか……?」
「少なくとも、既読無視よりはいいです」
神谷はビールを傾けながら、何度も同じ文面を思い返した。
小さな一歩。
それでも、彼にとっては大きな一歩だった。




