76話「意識」
柚希と零は、約束どおり二人でランチに行った。
凛は「次の次で」と言っていたので、今回は欠席。
小さなカフェの席で、向かい合って座る。
最初は京都の話、仕事の話、どうでもいい話。
普通の延長だった。
だが、会話の合間に、小さな沈黙が生まれるたびに、空気が少しだけ変わる。
柚希は零の話を聞きながら、前より目を見てしまっていることに気づいていた。
(……やっぱり、いいな)
零は零で、柚希が笑うと、自分の話し方が少し丁寧になるのに気づき始めていた。
『柚希さん、最近は元気そうっすね』
「うん。みんなのおかげ。零ちゃんのおかげも、ある」
零が少しだけ視線を逸らす。
『自分は、普通に一緒にいただけっすよ』
「それが、大きかった」
短い言葉なのに、胸の奥に残る。
零は返事を選びきれず、水を口に含んだ。
帰りの道、並んで歩く距離が、以前より少し近い。
柚希が「また行こうね」と言うと、零は「はい」と即答した。
お互い、まだ名前はつけていない。
でも、意識はもう始まっていた。
その夜。
零のスマホに、凛へのメッセージを打つ指が動く。
『凛さん、次は二人でカフェ行きません? 空いてるときで』
送信してから、零は天井を見た。
柚希との時間が増えている。
だからこそ、凛との関係も雑にしたくない。
既読がつき、返信が来る。
『いいよ。今度の休みどう?』
零は小さく息を吐いて、うなずいた。
『空いてるっす。お願いします』
三人の関係は、少しずつ形を変え始めていた。




